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〈11〉 婚活クルーズへの誘い

八月十一日過ぎた頃。

いつものようにシャングリラに鞠子から手紙が届いた。

手紙の内容は誕生日プレゼントのお礼。夏子が「パパから」といって渡しているプレゼント。

友雪は、あげてもいないプレゼントのお礼を読むたびに「来年こそ大賞とって、俺がプレゼントする」と闘志を漲らせていたが今度ばかりはそんな気持ちにはなれなかった。

自分史上最高傑作が一次審査さえも通らなかった。

どうして自信が持てるだろうか?

友雪は鞠子からの手紙を見て思った。

〈俺に出来ることは、このまま鞠ちゃんの手紙のやり取りに付き合うことが精いっぱいなのかもしれない。大賞をとってプレゼントするなんて夢のまた夢。いったいいつになったらそんな日が来るのか全く見えない。その前に鞠ちゃんも気づく。俺がパパでもなんでもない実体のない存在に過ぎないということに。鞠ちゃんのままごとに付き合うだけのただの架空の存在ということに……〉

 奈美は意気消沈したまま手紙を眺めている友雪を見て、声を張って元気よく友雪に尋ねた。

「なんて書いてあった?」

「いつもの誕生日プレゼントのお礼。といってもこっちは何もあげてないんだけどね」友雪は苦笑した。

「大賞とってあげるんでしょ」奈美は友雪が元気を出すよう力強く言った。

「そうなればいいとずっと思ってるんだけどね」

 奈美は友雪のショックの大きさを感じ、思わず竜司に目配せした。

「どうした。プロになるの、辞めるか?」

「辞めるつもりはないです」

「栄治さんに言われてるんだろ」

「知ってるんですか?」

「純子さんから聞いた」

 友雪は少し黙ってから言った。

「親父はこの時を待っていたんです」

「この時って」

「俺に罵声を浴びせるために、五年間、ずっと我慢してこの時が来るのを待っていたんだ」

「そんなことあるわけないじゃない! 友ちゃん歪んでるよ!」

「昨日、親父に言われたんだ。今から東京に戻ってちゃんと就職しろって。こんな田舎より求人はあるし、もうシナリオは辞めて東京で働けって。要は俺を厄介払いしたいだけなんだ」

「そんなことないわよ!」

「いや、そうなんだよ」

「やっぱ歪んでるよ」

友雪は何も言わなかった。

栄治もまた純子と同じように友雪の落胆ぶりをまじかで見ていた。

栄治は友雪がプロのシナリオを目指すことがとても友雪の幸せに繋がるとは思えなかった。

何度やっても、叶わぬ夢をこれ以上やり続けても叶うという保証はない。シナリオだけが人生ではない。夢を追い続けることだけが人生ではないし、シナリオライターになることだけが夢ではない。幸せはそれだけではない。

栄治は友雪にシナリオではない新しい人生を探してほしかった。新しい生きがいを見つけてほしかった。そのためにはこんな片田舎の実家に引き籠った生活をしていてはダメだ。

栄治は夢を諦めろというのは自分の役目だと思っていた。

たとえ嫌われてもそれをいうのが父親としての自分の役目だと思って、それとなく友雪に言った。

しかし、鬱屈している友雪に、そんな栄治の親心を慮ることは出来なかった。

友雪は、栄治も結果を出せない息子をただの恥知らずと思っているだけだとしか思ってなかった。厄介払いしたいとしか思えなかった。

そんな根詰めている友雪をみて竜司は言った。

「どうだ! ちょっと環境を変えてみないか?」

友雪は顔をあげた。

「環境?」

「仕入れ先の跡取りが嫁探しに婚活クルーズに行ったらしいんだ」

「婚活クルーズ?」

「自治体が主催しているお見合いイベントだよ」

「自治体がそんなことしてるんですか?」

「ああ。カップル成立して結婚してこの県にとどまれば色々、助成金とか受けられる。特に第一次産業の担い手になれば補助金もかなり出る」

「そうなんですか」

「ここだって跡継ぎがなく耕作放棄地になった田畑はある。行政も、もうなりふりかまっていられないんだよ」

「……」

「どうだ。お前も行ってこないか?」

「俺に農家の跡取りになれってことですか?」

「違うよ。色々経験してきたらどうだって言ってるんだよ」

「……」

「栄治さんもお前に色々経験して、その中で何か掴んで欲しいと思ってるんだよ。別にシナリオライターになるのを辞めろって本気で言ってるわけじゃない。もっと他も見ろってことだよ。それにどうせ辞めろって言われてもやるんだろ」

「やります」

「なら気晴らしに婚活クルーズに行って来いよ。ここで煮詰まっているより海に出てリフレッシュするのもいいだろ」

「……」

「栄治さんはお前の将来のことを心配してるんだ。婚活クルーズに行って、彼女作って、栄治さんに紹介すれば、将来のこと考えてるんだな、と思うだろう。違うか?」

「彼女が出来なかったら?」

「そんなの行ってみないとわからないだろ。それに面白いドラマを書きたいなら、そういうイベントに顔を出さないのは消極的なんじゃないのか? 面白そうなことには積極的に顔を出して経験した方がいいんじゃないのか?」

「そうね。一理あるわね。ドラマ書きなら面白そうなことには前のめりになった方がいいんじゃない。引っ込み思案じゃ、面白いドラマなんて書けないし、第一、何事も経験よ。良いか悪いかなんて行ってみないとわからないんだから」

「確かに」

「ほんと、そこで結婚相手が見つかったら栄治さんも純子さんもきっと安心すると思うぞ。幸運が幸運を呼ぶ、というかシナリオの方にもいい影響を及ぼすかもしれないし、やって損はない。いや、失うものは何もない」

「でも、それって男は参加費が高いんでしょ?」

「三万円」

「安い! そんな安くていいの」奈美が竜司に尋ねた。

「目的は、いかに結婚して県にとどまってくれるかだからな。でも安い。民間なら十万はくだらないだろう」

「二十万ぐらいするわよ」

「そんなにか?」

「三万円なら絶対行くべきよ。行って損はないでしょう。良い出会いがなくても面白い体験をしたと思えば安い」

「……」

「私なら行くな。私は何かそういうことがあると必ず思うの。行かないで後悔するより行って後悔しようって。それで行って後悔した覚えはないわ」

「お、前向きだね」竜司が奈美を褒めた。

「動かなきゃ、何も始まらないでしょ」

「友雪。婚活クルーズ、いいんじゃないか? 少なくとも無人島で一泊、気分転換にはなる」

「……」友雪は答えなかった。

とりあえず、シャングリラで回答は出さず家路についたが歩いていると自然と婚活クルーズのことを思い始めた。

〈そうだな、このままウジウジしていても何も変わらない。何も得るものはない。気分転換のつもりで婚活クルーズに行ってみるのも悪くないかもしれない。奈美さんの言う通り、何もしないで尻込みするのは良くないな。ダメでもともと。気晴らしに無人島に行ってくる。それでいいのかもしれない〉

家に着いたとき友雪は婚活クルーズに参加することを決めていた。



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