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〈10〉劣化

 十一月。

 友雪が応募したテレビ局のシナリオコンクールの最終審査の結果が発表されると同時に受賞者のシナリオも掲載された。

 友雪は来年二月の締切に向けてシナリオを書いていたが、自分の自信作が落ちたコンクールの受賞作がどんな作品か気になりHPに掲載されているシナリオを読んだ。

「なんだこれは⁉」

 それは友雪がシナリオを読み終わった後の第一声だった。

それは感嘆ではなく失望の一言だ。

 ドラマは青春群像とはいうものの実のない人間模様の会話劇。ドラマ性も乏しければこれといった見せ場もない。意外性のオチもない。奇をてらったところのない真っすぐに若者を丁寧に描いた作品といえば評価できるのかもしれないが、あまりにも浅い。

 総評では軽快なトーク、特に作者のワードセンスが秀逸で、キャラが個々に描き分けできている、とあった。

キャラの描き分けは兎も角、ワードセンスは友雪がドラマを作るうえで考慮していないものだった。

「ドラマってワードか? そりゃ作品の代名詞になるような決め台詞はあるにせよ骨太のドラマもなければただの今どきの若者のセリフに過ぎないだけじゃないのか?」

 友雪は首を振った。

「カタルシスもなければ、当然、感動もない。感情の起伏がまるでない。審査員はこのドラマのどこに刺さったというんだ? 一体、何が評価対象なんだ? ドラマの面白さは評価対象にはならないのか?」

 友雪は悩んだ。

来年の二月の締切まであと四か月を前にしてこの悩みは辛かった。なぜなら友雪の描いているドラマはドラマ性の高い内容だった。そのドラマ性を生み出すために奇をてらった設定を用いた。

それがこの受賞作品を見る限り、いいか、わるいか、わからない。いや、誰にもわからない。なぜならドラマにこれといった正解はない。確かな解答があるテストなら落ちても答え合わせで納得できる。

しかし、確かな解答がない審査員、自らの判断で評価するコンクールには納得がいく解答はない。もし納得のいく解答があるとすれば選ばれた受賞者がその後、活躍することで後日、納得することは出来るだろう。

しかし、往々にして活躍することなく消えていく受賞者がほとんど。

それほど審査員が出した解答は不確かなものということ。

根本的に人が人を見るというのはとても難しいことなのかもしれない。

もし人を見る目があるとしたら人に裏切られることもない。適材適所に人が配置され、世の中は今よりもっとましな世界になっていてもおかしくない。

しかし、今の友雪はそこまで思いを巡らせる余裕はない。

「自分の方が、大賞作品より面白いドラマを描いている」

友雪は、とても自分の作品が大賞作品に負けたとは思えなかった。シナリオライターを辞める気には到底なれなかった。

「自分はしっかりドラマを書いている。面白いドラマを書けば岩をも穿つ。きっと受賞することが出来るはずだ」

友雪はこのまま二月締切のシナリオコンクールに向けて創作に没頭した。

十二月三十日に二十九歳の誕生日を迎え、正月に鞠子と夏子から年賀状が届いた。

友雪はその年賀状を見て俄然やる気を滾らせて作品を磨き上げ二月のシナリオコンクールの締切に応募した。

〈落選で受けた傷は、受賞することでしか癒せない〉

「今度こそ、この傷を癒してみせる」

 友雪には自信しかなかった。

自信を持ったまま一次審査発表の七月を迎えた。

まさかこんなところで落ちることはない、と思いながらもHPで自分の名前があるかどうか確認した。

そこに今井友雪の名前はなかった。


悪夢再び。


友雪は絶望感に襲われ、体が震えた。

視界が段々狭くなっていくような気がした。

昨日まで見えていた希望は今はもう見えない。

友雪の悪夢は友雪の傍にいる人々にも陰ながら及んだ。

純子も竜司も奈美も友雪に言葉一つかけることが出来なかった。

友雪が自分で自分自身を自己修復しない限り傍にいる人は何も出来ないのだ。

友雪は再び片田舎の大自然に身を置いて自分を治癒した。

「この傷を癒すには作品を書くしかない。もっと面白い作品を書くしかないんだ」

 友雪は心に受けた傷も癒えぬうちにまたドラマ創作に向けて走り出した。

たとえ歩みが遅くとも、牛の歩みも一歩は一歩、と自分を鼓舞して前に進んだ。

 そして八月、鞠子から手紙が来た。

渡してもいない誕生日プレゼントのお礼の手紙。

友雪は自分の無力さを痛感しながらも、今度こそ大賞をとって鞠ちゃんにプレゼントを渡す、と心に火をつけた。

鞠子からの手紙で友雪は奮い立つ。

 この八月に届く鞠子からの手紙は友雪にとっても、友雪の傍にいる人にとっても救いの手紙だった。

十一月、シナリオコンクールの結果発表と受賞作をネットで読む。

友雪は自分の自信作を破った受賞作がどういうものか受賞作を読むもまたしても負けたとは思えなかった。

ましてや来年の二月に応募する作品は今までの作品より更に面白いものを書いたという自負がある。

友雪は闘志をむき出しに二月の締切に向かって作品を磨き上げた。

そして、翌年の二月のシナリオコンクールの締切前に応募した。

しかし、友雪の自信などシナリオコンクールの主催者であるテレビ局は知ることなく友雪はまたしても七月発表の一次審査で落ちた。

まさに地獄の無限ループ。

自信満々の作品を応募するも一次審査さえ通過できず。

結果発表で受賞作を読むも全く負けた気になれない。

負けた気になれないからまた創作を続ける。

それを友雪は五年繰り返し、友雪は三十二歳、鞠子は小学三年生になっていた。

鞠子からの手紙は今も来ていた。

あげてもいない誕生日プレゼント、クリスマスプレゼントのお礼や学校で何があったか、話したいことを手紙にしたため、小学生になってからは学校で百点取ったプリントを同封してご褒美を求めてきたこともあった。そのご褒美やプレゼントは全て夏子が応対していた。

鞠子からの手紙は片田舎に籠って創作活動という孤高の闘いをしている友雪に時の流れを教えてくれる。

 友雪は鞠子が八月十一日に十歳の誕生日を迎えるお祝いの手紙を書きながら思った。

「そうか。鞠ちゃんももう十歳か。子供はどんどん成長するな。それに比べて俺は何だ。全く成長してない。プロになるどころかずっと一次審査落ちだ。一体どうなってるんだ? まるで一人、ブラックホールに堕ちてるみたいだ」

友雪は心底、嘆いた。

実家に戻って五年、地獄の無限ループから一向に抜け出せず藻掻いていた。

三十二歳という年齢的にもいい加減、結果も欲しかった。

少しでも希望が持てる成果が欲しかった。

しかし、毎年判で押したように一次審査落ち。

友雪にとって一次審査は鋼鉄の冷たい分厚い壁。その壁に自信作を抱いて挑んでも無情にも跳ね返される。跳ね返されるどころか自分の自信も一緒に木っ端微塵に打ち砕かれる。

 近頃の友雪はシャングリラに飲みに行っては愚痴をいうようになっていた。

「あのドラマには工夫がない。一体何が売りなのか、売りが見えない。ただイケメンとヒロインが青春っぽくはしゃいでるだけ。あんなのタレントのファンしか見ないよ」

「でも、工夫なんてなくても面白ければいいんじゃない? ファンはそれを望んでるんでしょ」奈美が言う。

こういった友雪の愚痴はシャングリラでは奈美が相手をした。

竜司はテレビドラマを見ないから何もわからない。

「いや面白くはない。あのドラマはファンは見てもドラマ好きは見ない。他愛ない人間模様がダラダラ流れてるだけ。見ていて暇だ。暇だから視聴者は離れ、視聴率は右肩下がりになる。そんなこともわからない連中がドラマを作ってるからたまったもんじゃない」

「でも、友ちゃんはそのテレビ局のシナリオコンクールに応募してるんでしょ」

「だから困るんだよ。ドラマの面白さがわからない連中が審査をしてるんだ。あんな見ていて暇を感じるドラマを垂れ流してるようじゃ、こっちは一体何を書けばいいのかわからなくなる。俺は右肩下がりのドラマなんて作らない。ドラマっていうのはクライマックスに向かって盛り上がっていくものだ。盛り下がってどうする? 意味がわかんないよ」

「じゃぁ、友ちゃんが変えなくちゃね」奈美は悪酔いしている友雪を突き放すつもりで言った。

しかし友雪は真に受けた。

「変わるよ。俺がプロになれば必ず変わる。俺は右肩下がりのくそみたいなドラマを垂れ流すつもりはない。俺がドラマの救世主になる」

「お、出た。救世主」常連客が囃し立てた。

「じゃぁ、一日も早くプロにならなくちゃね」

「なるよ。必ずプロになる」

「奈美!」竜司が奈美を窘めた。

 奈美は「はいはい」という意味で首をひっこめた。

「友雪、もうこの辺にしておけ。毎晩毎晩、話がマンネリだ。堂々巡りだ。もう帰る時間になったんじゃないのか?」

「そうね。もうお開きの時間かもね」

「……」友雪はどこか意気消沈した。

友雪は静かにシャングリラを出た。

友雪は歩いて家に帰る道すがら呟いた。

「奈美さんに、管巻いてもどうにもならないのに、どうしていつもああなっちゃうんだろう」

友雪は自分が人として年々、劣化していくのがわかった。

これは落選がもたらす後遺症なのかもしれない。

負け惜しみほど醜いものはないのかもしれない。

そうわかっていても悪態をついてしまう。

〈このまま落ち続けると、きっと俺はクズ人間になる。生きてる値打ちもない人間になる〉

 友雪は苦悶の表情を浮かべ、満天の星空の下、家に向かって歩き続けた。


〈泣き言言いながらでもやれ〉

 友雪は愚痴を言いながらもしっかりとシナリオを書いた。

書かなければチャンスは絶対訪れないのだ。

それがたとえ毎年一次審査落選でも出さなければ落選も何もないのだ。

友雪はそれを知っている。

それに自分を支えてくれる人にも喜んで欲しい。何より手紙で「頑張ってね」と自分を励ましてくれる鞠子のためにもプロになりたいと思っていた。プロになって鞠子を驚かせたいという思いは決して色褪せない。

 十二月三十日、友雪は三十三歳の誕生日を迎えたときのことだった。

 純子が作った友雪の誕生日ケーキを食べ終えた後のことだ。

いつも寡黙な栄治が友雪に話しかけてきた。

「お前はいいよな。将来のことも考えず自分の好きなことやってるだけだからな。幸せだよな」

 その一言で友雪の誕生日の雰囲気が急に悪くなった。

「あなた」純子が栄治を制しようとした。

「お前は黙ってろ。お前は確か、俺に三年でプロになるからといって戻ってきたいといったが俺はそんなに甘いものではないと思って五年間は多めにみようと思った。五年は何も言うまいと決めた。だから俺はずっと黙っていた。しかし、お前のいっていた三年はとうに過ぎ、俺が多めに見ていた五年が経ち、こうしてお前の誕生日を祝っている。だから今日は言わせてもらうぞ。お前はいつプロになるんだ?」

 友雪は思わず口ごもった。

核心を突かれ、返す言葉が出なかった。

友雪が黙っていると純子が口を挟んできた。

「あなた、別にいいじゃない。友ちゃんには叶えたい夢があるんだから、このまま応援しましょうよ」

「応援するのは構わん。しかし、こんな居候生活をいつまで続けるのか聞いているんだ。友雪は三年といったが俺は五年大目に見たんだ。その辺、はっきりさせてもらわなくては困る」栄治は友雪の目をしっかりと見た。

「あなた」純子は困った声を出した。

「また、二月に応募するよ」

「応募して受かるのか?」

「そんなのわからない。俺だって、毎年受かると思ってやってる」

「でも、受からない? なぜだ」

「だからわからない」

「わからない? わからないじゃなくてお前にプロになる実力がないだけじゃないのか?」

「実力はある! 俺は面白いドラマを書いている。テレビで放送しているドラマとなんの遜色もないレベルのものを書いている。そりゃ、凄い上手い人もいる。見るたびに勉強になる人もいる。でも、みんながみんな、その域に達しているわけじゃない。一流とはいえないがそんじょそこらのプロには負けてるとは思っていない」

「なら、なぜプロになれない?」

友雪はそう言われるとぐうの音も出ない。自分でも落ちてる理由がわからない。友雪は言葉に詰まった。

栄治の真剣な面持ちに純子も口を挟めなかった。

「そんな不確かなものにいつまでも付き合うつもりは無いぞ」

「……」

「友雪。お前ももう三十三になったんだ。三十三ならまだ十分、人生をやり直せる。考えた方がいいんじゃないのか。竜司はしっかり跡を継いで家族も養っている。幸せな家庭を築いている。それに比べてお前はどうだ? 夢を追っているといえば聞こえはいいが、結局、自分の好きなことだけやっているだけじゃないか。そんなのただの道楽だ。道楽も人に迷惑をかけないでやるのは一向にかまわんが、お前はタダ飯食って居候してやってるだけだ」

「あなた、そんな言い方しなくても」

「誰かが言わなきゃいけないことを、親である俺が言ってるだけだ」

 純子は何も言えなかった。

「友雪、お前はいつまで好き勝手やるつもりだ。俺はそんな生き方、許さんぞ。好き勝手やるのならちゃんと就職しろ。いつまでも親を当てにするな。今後の人生を真面目に考えろ」

友雪は栄治に乞うように「今は来年二月締切のシナリオコンクールに応募することに専念します」と言った。

「それから」

「それからは……。それからは、ちゃんと考えます。だから、まず二月まではこのままお願いします」

栄治は一呼吸おいてから「わかった」と言った。

純子は、困り果てた顔をしていた。

なにもそこまで友ちゃんを追い詰めなくても、と。

友雪も栄治の言いたいことはわかっていた。

友雪は三年もあれば、いや、三十までにはプロになれると思っていた。

しかし、現実はプロになるどころか、未だ一次審査も通らない。

普通なら才能がない、と見切りをつけていい年齢だ。

十一月の最終審査発表の際にサイトにあがる受賞作を読むたびに自分の描いた作品が負けたとは思えない。

思えない以上、夢を諦めることなんて考えられえない。

おそらくプロや頂点を目指すものにとって、負けたと思えない負けが一番の苦しみなのかもしれない。

友雪はそれを五年繰り返している。

地獄の無限ループから抜け出すことが出来ず、ずっと藻掻いている。

栄治に決断を迫られた今、もう今の環境でプロを目指すことは出来ない。

それどころか負けたと思えない負けでプロになる夢を諦めなければいけないという苦痛を味遭わなければいけないかもしれない。

今度こそ結果を出さなければいけない。プロになるチャンスを掴まなければいけない。

友雪は実家に戻って初めて追い詰められた。いや、今までの応募の中で一番追い詰められた状況下で作品を作らなければならなかった。

それが功を奏したのか、その状況が友雪の感覚を研ぎ澄まし今までにない自信作を生み出すこととなった。

まさに究極仕上げ。

自分史上最高傑作が誕生した。

「ドラマはラストに向けて盛り上がっていき、ラストのオチはまさに秀逸。視聴者の意表を突く意外性ある見せ場が待っている。そして、それは気持ちいい。カタルシスもある。一時間のドラマとしてはまさに完璧。非の打ち所がない。こんな作品、プロでもそう書けるもんじゃない。勝つ! 必ず勝てる! 圧倒的に勝つ!」

 友雪は自信を持って応募した。

 友雪はプレッシャーの中、やり切った感を感じ、急激に脱力した。

「もう精も魂も使い果たした。それほどのものを俺は書いた。ある意味、一次審査で落ちることがお約束だった俺に親父が活を入れたんだ。間違いない。今度こそプロになれるはずだ。大賞がとれるはずだ」

 全てを出し切った顔の友雪がいた。

 純子は友雪を見たとき、精も根も尽きた表情をしていた。それがいい作品が書けたのかどうか純子にはわからなかった。

そんな戸惑っている純子を見て友雪は言った。

「自分自身、最高傑作が書けたよ」

友雪の声からも満足のいく作品が書けたことが伝わってきた。

「そう」純子はそれしか言えなかった。

今までこの自信が七月に砕け散るのを何度も目にしているため手放しでは喜べなかった。そんな純子の気持ちをよそに友雪は続けざまに言った。

「家にいると親父がうるさいから、発表まで東南アジアにでも隠遁しようかな」

「東南アジア?」

「物価が安いでしょ。なんとか貯金で暮らしていけるんじゃないかな」

「そんなに安くないんじゃない。テレビで日本に爆買いに来る人もいるみたいだし」

「探せば月二三万で生活できるところはあるよ」

「随分、自信があるのね」

「自信しかない。悪いが技術もないアマチュアのコンクールでは到底俺に太刀打ちできるアマチュアはいないと思う。それぐらいのものを書いた」

「ドラマのことはよくわからないけど」

「テレビで見ればわかるさ。見たらきっと面白いって言うよ」

「ほんと」

「ああ。でも、どうしよう。十一月までブラブラしているわけにはいかないし、ほんと海外に貧乏旅行にでもいっちゃおうかな」友雪の自信は揺るぎないものだった。

「でも、まだ決まったわけじゃないでしょ」

「決まってはいないけど、家にいれば親父がうるさく言ってくるでしょ」

「そうね。じゃぁ、それまで私の畑仕事手伝って。旅行は受賞してからお祝いで行った方がいいんじゃない。そしたら、貧乏旅行じゃなく豪遊出来るでしょ」

「そうだね。そしたら大賞の賞金で家族で旅行しようか。恩返しの意味も込めて」

「それいい。そしたらお父さんも黙るわ」

「いつも黙ってるじゃん」

「まぁね」

「でも、家族旅行、いいかも。親父に結果で示すことも出来る」

「そしたら、お父さん。ほんと旅行中、一言もしゃべらないわよ」

 二人は笑った。

純子も友雪をみて『今度こそ、友ちゃんの努力が報われて欲しい』と願わずにはいられなかった。


 七月、一次審査の発表があった。

 純子は友雪に内緒でスマホでコンクールのサイトにアクセスし一次審査の結果を見た。

純子の願いも届くことなく一審査通過者の欄に今井友雪の名前はなかった。

友雪は自分史上最高傑作がまたしても一次審査さえも通らず落選した。

友雪はその結果を知った瞬間、まるで死後硬直したかのように微動だにせずその場に固まった。

 生気を失った友雪は見るに堪えなかった。

どこを見ているわけでもなくただ茫然としたまま目的もなく田んぼや川、廃校になった学校など誰も来そうにない場所を徘徊していた。

純子はそんな姿を見かけるたびに自分のスマホで一次審査通過者の欄に友雪の名前があるかどうか確認した。もしかしたら何かの手違いで名前が載ってなかったのでは、と思い何度も確かめた。

しかし、何度見ても今井友雪の名前はなかった。

純子も友雪を見ては涙した。

友雪と同じように失意した。

友雪にかける言葉が一つも見つからない。純子はどうしたらいいか栄治に相談した。

「そっとしてやれ。こればかりは自分で解決するしかない」

 栄治にそう言われても純子は友雪がこのままどうかなってしまうのではないか、と心配で仕方なかった。

友雪は落選を知ってから時が経つのも忘れ、比都瑠村を当てもなく歩き回った。

部屋に籠っていると余計に滅入ってしまう。広い世界に出てまず心を取り戻す。考えなければいけないことはある。

しかし、今は落選という受け入れがたい現実から自分を取り戻さなければいけない。

この狭い部屋を出て広い世界に身を置いて自分を取り戻す手段は実家に戻ってから身につけた方法である。

比都瑠村の村人の中にはこの光景を七月の風物詩と囁く者もいた。

当然、竜司な奈美も比都瑠村を徘徊する友雪の姿を見かけた。

「見ていて辛いわ」

「それだけ本気だってこと」

「プロになるって難しいのね」

「そりゃそうだ。人に認められるっていうのは難しいよ。ましてやテレビ局で自分の描いたドラマを流したいんだ」

「友ちゃん、まだ続けるのかな? お父さんにも言われてるんでしょ」

「わからん」


 友雪は比都瑠村を歩き回った。

歩きながら自問自答するところまで意識は回復していた。

自問する内容のいつも決まっている。

「どうして落ちた?」

「なぜ一次審査も通らない?」

「そんなに俺のドラマはつまらないのか?」

「審査員は面白いとは思わなかったのか? 全く刺さらなかったのか?」

「一体どういうドラマを書けば審査員は認めてくれるんだ?」

しかし、それは、どんなに考えても答えが出ない堂々巡り。

理由は審査員しか知らない。

友雪に知るすべはない。

そのことを歩きながら自問自答し、やがて、矛先が審査員批判に行き、そして、自己批判になり、自己不審に陥り、最後に自己嫌悪する。

「誰が悪いわけでもない。誰もが満足できるドラマを書かなかった自分が悪い」

そう考えなければ答えは永遠に出ない。


 今回は随分時間がかかったが友雪は自分を取り戻した。

シャングリラに顔を出すまでにきた。

竜司は「よう!」と普段と変わりなく挨拶をし、奈美は「おかえり」といって友雪を笑顔で迎えた。

「なんか、毎年毎年、心配かけてすみません」

「そんなこと気にすんな。飲むだろ」

「少し飲みます。悪酔いして奈美さんと喧嘩したくないし」

「そんな、酔っ払いの喧嘩相手なんかしないわよ」そういって奈美は笑った。


シャングリラで友雪はカウンターの片隅で静かにチビチビ、日本酒を飲んでいた。

夜が更けるにつれてシャングリラに常連客がやってくる。

常連客はカウンターの片隅で飲んでいる友雪をみてもあまり声をかけえることはなかった。

奈美が常連客に前もって友雪が飲みにきても友雪いじりをしないよう忠告していた。

特に大工の義男と電気工事の信孝のヨシノブコンビには良く言い聞かせた。

しかし、酒も入り話すこともなくなってくると二人はグラスをもって友雪の傍にやってきた。

義男が友雪の肩に腕を回して絡んできた。

「残念だったな、友雪。俺も今回はやってくれると思ってたんだけどな」

「一体何が悪かったのか、俺たちも一緒に考えるか」

「いえ、僕に才能がなかっただけです」友雪は半笑いで答えた。

「何言ってんだよ。そんなことないよ」

「二人とも、いい加減にして」奈美が言った。

「何、奈美ちゃんは友雪に才能がないと思ってるの?」

「違うわよ。あなたたちに言ってるのよ」

「俺たちは友雪を励ましたいだけだよ」

「そうだよ。俺たちは友雪の残念会もかねて酒を驕りたいだけだ」

「じゃ、友ちゃんの代金は二人の驕りでいいのね」

「ああ、ぜひ、そうしてくれ」義男と信孝は顔を見合わせた。

 そういわれて奈美は二人に何も言えなくなった。

義男と信孝が友雪を酔わせて酒のつまみにしようとする魂胆は分かっていた。分かっていて口を挟むと「友雪を元気付けたいんだよ」と言われると奈美は何も言い返せなかった。

 案の定、二人は友雪に酒を飲ませて友雪は出来上がった。

二人は顔を見合わせ微笑んだ。

酔っぱらった友雪にドラマの話をふると饒舌になることはシャングリラの常連なら周知のこと。

「ドラマは見せ場と山場があるんです。しかし、今のドラマは見せ場よりも他愛ない会話や人間模様と呼ぶにはいろどりも感じられない模様が幅を利かせている。そんなの見ていて面白いですか?」

「面白くない。なぁヨシ」

「ああ、面白くないな」

二人は友雪がまんまと出来上がったことを内心、面白がっていた。

「でしょう。ノブさんもヨシさんも分かってる」

「わかるよ。俺にはわかる」

「ドラマには主旨があるんです。ドラマの中の会話や人間模様も主旨に沿うものなら見ることが出来る。しかし、それがない。主旨に沿わない小ネタで放送時間を埋めている。座興ばかり目立って主旨がぼやける。ドラマの方向性が鈍る。そういうドラマは役者もセリフをしゃべらされているのが俺には分かる。そんなドラマ、とてもじゃないけど見続けたいとは思わない。見ていて暇を感じるからチャンネルを変えてドラマを見るのを辞める。視聴者はそれが分かる。少なくとも俺には分かる。そのことを制作サイドが分かっていないだけ。分かってない奴がドラマを作っているからつまらないドラマが生まれるんです」

「その通り。さすが友雪。友雪は分かってる」

「友雪はシナリオライターを目指すより映画監督を目指した方がいいと思う。俺は前々から思っていたんだ」

「俺も友雪が映画作ったら見に行くよ。友雪なら面白いドラマ間違いなく作る。なぁ」

「作りますよ」

友雪は目の前にある煮つけの皿を持った。

「ドラマっていうのは料理に似ているんです」

「ん、料理に」

「そう。料理って一口食べれば旨いかマズイかわかる。旨い料理なら一口食べれば旨いって言うでしょう。マズイ料理だって一口食べればマズイって言うでしょう。全部完食して、ん、マズイとは言わないでしょう」

「そうだな、言わないな」

「俺のドラマは旨いですよ。どこから食べても旨いって言わせますよ」

「そうか」

「ほんと味のわからない連中がドラマ作ってるから困るんです。あんな右肩下がりのマズイドラマばかり流しやがって。ドラマってものがわかってないから恥も外聞もなく垂れ流せるんだ」

「そうだ。その通り」

「あんなマズイドラマしか流せない連中に、俺のドラマの良さがわかるものか」

 その言葉に友雪の口惜しさが滲み出ていた。

「その通り。大先生のドラマが一番面白い」義男は友雪の肩に腕を回した。

「今夜は飲もう」信孝が友雪のお猪口に酒を注いだ。

「あんな味の分からない連中に俺のドラマを味付け何てされたかねぇぞ!」

「そうだ!」

 ヨシノブコンビは面白がって友雪に飲ませた。

 カウンターの中にいた奈美が辞めさせようとカウンターを出ようとすると竜司が奈美の腕を掴んだ。

奈美は竜司に聞こえる声で囁いた。

「何?」

「いいんだよ」

「どうして!」

「人間、ガス抜きは必要だ。友雪もあの二人が相手でも言いたいことが言えるのなら言わせてやろう。言って腹の中に溜まっているガスが抜けるのならそれでいい」

「でも」

「俺やお前にはああいう姿、中々見せないだろう。友雪も気を使ってるんだ。あの二人相手に吐けるのなら吐いちまえばいい。今の友雪にはそれが必要なんだ」

 奈美は友雪を弄って楽しんでいるヨシノブコンビを諫めるのをやめた。

 友雪はヨシノブコンビを相手に饒舌になっていた。

友雪は、この不完全な思いをヨシノブコンビに向かって吐いた。


 友雪は閉店までいた。

竜司が送っていくといったが友雪は断り、徒歩で家路についた。

友雪は分かっていた。

義男も信孝を自分を酔わせて楽しんでいたことを。

しかし、友雪はなんでもよかった。

心の底に溜まっている汚泥を吐き出すことが出来るのなら弄ばれようが揶揄われようがなんでも良かった。

 友雪は我が身を夜風に晒しながら歩いた。

「年々ダメになっていくのが分かる。落選するたびに自分が人としてクズになっていくのがわかる。ダメ人間になっていくのがわかる。わかっているけどどうにも止められないんだ。人間劣化が止まらない。どんどん進行していく。この劣化を止めるにはドラマを作ってプロになるしかないんだ」友雪は顔を歪め、絞り出すように言った。

 結局、友雪は「今年こそ、今年こそ」と思わせる地獄の無限ループから抜けだせないでいた。

 夜空には満天の星がいつもと同じように輝いていた。

〈俺はどんどん劣化していく。ダメ人間になっていくのがわかる〉



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