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〈9〉現実という冷たい壁

友雪は二月の〆切に向けて純子の畑仕事の手伝いもやめてシナリオコンクールに応募する作品の推敲、仕上げに専念した。

今までにないほど作品の仕上げにたっぷり時間をかけることができ、満足のいく作品が書けたと自負することが出来た。

そして、二月の〆切に自信を持って応募した。

ドラマは全くの架空モノもあるが、自分の体験談や、身近な人がモデルになることもある。

友雪の書いたドラマは友雪と鞠子の関係から着想を得たものだった。そこから連想してヒロインを女子大生にした。

ヒロインは受験地獄を経て志望大学に受かり大学生活を満喫しようと思っていた矢先、姉夫婦が交通事故死に遭った。ヒロインは両親から残された姉夫婦の子供の母親になれ、と言われ複雑な胸中を抱きながらも母親になる瞬間を描いた感動のドラマを作った。姉夫婦の事故死という悲しいエピソードもあるが、ドラマ全体がアットホームな雰囲気で、ラストには爽快感がある。きっと映像化したら観た後に暖かい気持ちになれるドラマだ、と友雪は思っていた。

「思いのほか、いい作品が書けた。これが大賞をとってもなんら不思議はない。これがテレビで流れてもなんの遜色もない。これなら受かる。最低でも入賞、いや、最低でもテレビ局からお呼びはかかる筈だ」

友雪はそうなることを信じて疑わなかった。それほど作品の出来に満足していた。

「どうやら、実家暮らしも十一月には終わりそうだな」

 応募してからの友雪は上機嫌だった。

それは純子にも栄治にも竜司や奈美、シャングリラの常連客にも分かるほどだった。

常連客の中には友雪のことを早くも「先生」と呼び、

「この比都瑠村からシナリオライターが生まれたら、そりゃ名誉だよ」

「先生にはぜひ比都瑠村のことを書いて、ここに人が集まるようにしてほしいものだな」と気の早いことを言う常連客もいた。

半分冷やかし、半分からかい。

それでも友雪は悪い気はせずまんざらでもなかった。

〈からかわれても大賞とれば同じこと〉

それほど友雪には自信があった。

しかし、自分の自信というものがそのまま他人の評価に繋がるとは限らない。

自分の自信はあくまでも思い込み。

そのことを友雪は最終審査がある十一月を待たず、七月の一次審査発表で思い知らされた。

発表はネットのHPで公開される。

友雪は一次審査で落ちることはないと高を括ってHPで自分の名前を確認するつもりでみた。

しかし、一次審査通過者二百人ほどの中に今井友雪の名前はなかった。

 友雪は茫然とした。

体が小刻みに震えた。

視界が狭くなっていく感覚を覚えた。

一次審査で落選することなど微塵も考えていなかった。

しかし、自分の名前がない。

友雪は一体、自分に何が起こっているのか到底理解できなかった。

友雪は改めて一次審査通過者の欄を確認した。

それでも名前はなかった。

震えが止まらなかった。

想像もしていなかった現実に直面して言葉が出なかった。

友雪はその場から動くことが出来なかった。

全くの想定外。

ありえない。

そのありえないことが起こっている。

ショックのあまり息が止まる。

この現実を理解し、受け止めることは到底できなかった。

暫くたって友雪は呻きながら言った。

「ウソだろ。なぜだ! 何かの間違いだ!」

 友雪は冷たい壁に激突した。

自分の思惑と現実との乖離に暫くその場から動くことが出来なかった。

 現実を知り、部屋から出てきた友雪の変貌ぶりは誰の目にもわかった。

覇気がなく表情は崩れ落ち、瞼が重そうに見えた。

その落胆ぶりに初めに気づいたのは純子だった。

昨日までの友雪は常に表情も明るく希望に満ちていた。どこか余裕さえ感じられた。

しかし、今、部屋から出てきた友雪は全く違う。

その変貌ぶりに純子は思わず声をかけた。

「どうかしたの?」

 友雪は重たい瞼の奥にある瞳で純子を見てから一言言った。

「……落ちた」

 純子はその言葉を聞いて、言葉を返すことが出来なかった。

友雪はそのまま生気も感じられないまま純子の前を通り過ぎ、玄関を出て家を出た。

あの明るい純子でさえ何も言葉をかけられなかった。


 その日、友雪はどこに出かけたのか純子は知らない。

ただ知らないうちに玄関に友雪の靴があった。

純子は友雪が部屋に帰ってきていたことにも気づかなかった。

それほど気配を感じられなかった。

 夕食はまさにお通夜のように静かだった。いや、お通夜の方がまだ生気があるかもしれない。さすがの純子も何も言えなかった。

その空気を察していたのかいないのか、栄治は相変わらず黙々と晩御飯を食べた。

無言の食卓。

友雪は食べ終わると「ごちそうさな」も言わず部屋に戻った。

栄治はチラリと部屋に戻る友雪を見た。

結局、純子は言葉一つかけることが出来なかった。

その夜、純子はいてもたってもいられずシャングリラに行った。

竜司と奈美に会ってどうすればいいか相談したかったのだ。

「そう。友ちゃん落ちちゃったんだ」

「昼間、ここに来なかったの?」

「来ない」

「じゃぁ、どこ行ってたんだろ。ほんと昨日までの友ちゃんと違って、全く覇気がないのよ。もう、私、どうすればいいのか」

「純子さんがそうなるんだから、相当なもんね」

「ショックが大きかったんだよ。今年中に東京に戻るって言ってたからな」竜司が言った。

「なんか、ほんと、かける言葉がない」

「何も言わない方がいい。何を言っても入らないよ。友雪が言ってくるのを待つしかないんじゃないかな。第一、これは友雪の問題なんだから」

「そうね。そうかもしれない」奈美が相槌を言った。

「じゃぁ、待ってる。そっとしておく」

「それがいい」

「何かあったら、連絡頂戴」

「わかった」

「なんか、奈美さんと竜司さんに話したら少し気が楽になったわ」

「そういうもんだよ。友雪もきっと俺たちに話してくるから」

「そうそう。純子さんおしゃべりだから。今はジッと待ちましょう」

「二人が居て、ほんと助かったわ。これからも宜しくね」

「まかせて」奈美が言った。

「折角来たんだから芳江さんに会っていこうかな」

「そうして。お祖母ちゃんなら離れにいるから。ひかるもいるわ」

「じゃぁ、ひかるちゃんの顔も拝んでいこうかな。いいわね、竜司さんちは。大ちゃんもいてこうして賑やかで」

「純子さんちだっていずれは賑やかになるよ。ほんと今回はダメだったけど、友ちゃんがプロのシナリオライターになったらもうテンヤワンヤになるんじゃない」

「そうなればいいけど」

 純子は店を出て離れに向かった。


 友雪は落選を知った日から、極力、外出するようになった。

部屋にいるとどこか滅入り、鬱積すると思えてならなかった。

兎に角、山の丘陵、川の流れ、どこまでも広がる田園。

何か世界の大きさを感じる場所に身を置きたかった。

 友雪は石垣に座り、眼前に広がる田んぼとその奥に見える山を見ながら、なぜ落ちたのか考えた。

しかし、考えても考えても自信があった作品だけに落ちる理由が見いだせなかった。

すると、やがて自分を蔑む考えに陥っていった。

〈自分の自信なんてただの思い込みに過ぎない。結局、独り善がりだったんだ。俺が落ちたのも自分の自信よりもはるかに超える面白い作品が沢山あっただけのこと。俺はまだ人が読んで面白い、といえるドラマを書いてないだけだ〉

友雪は自分は井の中の蛙で、大海には面白いドラマが山ほどあると結論づけた。そう思うしかなかったがどこかで納得できない自分もいた。

〈一次審査も通らない作品だったのか?〉

 一次審査落選の結果に納得は出来なかった。

友雪は苦しかったが受け止めるしかない。プロになるために実家に帰ってきたんだ。たとえ今回落ちたとしてもこれで終わりじゃない。これからが始まり。この作品以上のものを書けばいい。

友雪は失意を抱いたまま来年の締切に向けてドラマ創作に向かった。

当然、テンションも下がっていて、どこかギアが入らない。

しかし、友雪は知っている。

〈落選で受けた傷は、受賞することでしか癒せない〉

 友雪は来年の応募作に向けて構想を練り始めた。そんな最中、八月十二日に鞠子から手紙が届いた。

〈パパ、たんじょうびプレゼントありがとう。またおてがみかくね〉と書いてあり、想像のパパの絵と鞠子らしき女の子の絵が描いてあった。

「ただの子供のままごとかもしれないけど、今、こうやって自分のことをパパと呼んでくれる人がいる。この子を喜ばすためにも俺は頑張らなくちゃいけない。俺は一人じゃないんだ」

 友雪の目から自然と涙が零れた。

この涙は友雪が落選を知り、絶望に堕ちて初めて流した涙だった。

涙は友雪の心にあったモヤモヤする澱も一緒に流れ出した。

釈然としない思いはあるが、この鞠子の手紙で少し気分が晴れたような気がした。

「よし。もう終わったことだ。もっと面白いドラマを書けばいいだけのことだ。次こそ最高傑作と呼べる作品を書こう」

友雪は前向きに開き直ることが出来た。




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