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後編2『いつも以上に気持ちいいです。』

 夜。

 俺が作った夕食を食べ終わって少し時間が経った後、お風呂に入ることに。

 浴室へと繋がる洗面所で、優奈と俺は服を脱いでいく。一緒にお風呂に入るようになってからは、こうして一緒に服を脱ぐのは日常の一つになったけど、これから入浴剤を入れたお風呂に入ると思うとちょっと特別な感じがする。

 衣服を全て脱ぎ終わり、俺達はタオルと個別包装されている入浴剤を一つ持って浴室に入った。


「いつも髪や体を洗ってからお風呂に入るけど、もう入浴剤を入れるか?」

「入れましょう。檜の香りがする中で洗うのも、いつもと違った感じがするでしょうから」

「……確かに、旅館やホテルの大浴場に入ると、檜の香りとか温泉の香りとかするもんな。分かった、入れよう」

「はいっ」


 俺は湯船の蓋を外して、檜の香りがする入浴剤を湯船に入れる。

 優奈と一緒に手で湯船のお湯をかき回すと……湯気に乗って檜の香りがしてきた。


「檜の香りがしてきましたね。いい香りです」

「そうだな。いい香りだ」


 こういった檜の香り……これまでに行った家族旅行や修学旅行での旅館やホテルの大浴場で何度も感じたな。父さんと2人で大浴場に行ったり、修学旅行でクラスメイトと一緒に大浴場に行ったりしたときのことを思い出す。そういえば、小さい頃に行った家族旅行では、貸切風呂で両親と真央姉さんの4人で入ったこともあったな。

 旅行に関する様々なことを思い出したのもあり、さっそく旅行気分とか温泉気分になる。


「香りとか匂いって凄いな。これまで行った旅行のことをたくさん思い出して、さっそく旅行気分とか温泉気分になれてるよ」

「そうですかっ。和真君の気持ち……分かります。私もこれまでに行った旅行のことを思い出しました。こういった香りがするホテルや旅館の大浴場や貸切風呂はいくつもありましたし。旅行気分や温泉気分になれています」


 優奈は持ち前の柔らかい笑顔でそう言う。優奈に気持ちを分かってもらえて、優奈も俺と同じく旅行気分や温泉気分になれていることが嬉しい。


「あと、匂いと記憶は強く結びついているらしいです。確か、匂いを感じて特定の記憶を呼び起こすことをプルースト効果と言ったかと思います」

「へえ、そうなんだ。プルースト効果って言葉は初めて聞いたよ」


 こういう言葉を知っているのはさすがは優奈だと思う。


「今は檜の香りがすると家族や友達とのことしか思い出さないけど、これからは優奈とのことをたくさん思い出せるようになりたいな」

「そう言ってくれて嬉しいです。私も和真君とのことをたくさん思い出せるようになりたいですね。そうなるように、一緒に思い出をたくさん作っていきましょう」

「そうだな」


 檜の香りはもちろん、色々な香りを感じたときに優奈とのことが思い出せるように、優奈との思い出をたくさん作っていきたい。

 まずは今日の入浴を優奈と一緒に楽しんでいこう。

 最初に優奈が髪や体、顔を洗っていくことに。また、髪と背中は俺が洗うことに。お互いの髪と背中を洗いっこするのが恒例だ。


「あぁ、今日も気持ちいいです。ただ、檜の香りがするので特別感がありますね。あと、目を瞑ると、和真君と一緒に貸切風呂や部屋に付いている温泉に入っている感じがします」


 髪を洗っていると、優奈がそんなことを言ってきた。

 鏡に映る優奈を見ると、優奈は目を瞑りながらまったりとした表情になっている。きっと、優奈は貸切風呂や部屋に付いている温泉の風景を思い浮かべているのだろう。


「ははっ、そっか。この家で入浴剤を入れるのが初めてなのもあるけど、確かに檜の香りがすると特別感があるよな」

「はいっ。あとは、小さい頃の温泉旅行で、妹の陽葵(ひまり)やお母さんや亡くなったおばあちゃんに髪を洗ってもらったことを思い出します。貸切風呂ではお父さんやおじいちゃんに洗ってもらったことも」


 それもあってか、鏡に映っている優奈の顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。旅先のお風呂で、家族から髪を洗ってもらったのが嬉しかったことが窺える。


「そっか。……俺も小学生くらいまでの温泉旅行で、家族の髪を洗ったことがあったのを思い出したよ。特に真央姉さんは気持ち良さそうにしてた」

「そうでしたか」


 ふふっ、と優奈の上品な笑い声が浴室内に響き渡った。そういえば、大浴場って浴室以上に声や音がよく響いたっけ。

 その後も大浴場や温泉についてのお互いの思い出を話しながら、優奈の髪や背中を洗っていった。

 優奈の体と顔まで洗い終わり、今度は俺が優奈に髪と背中を洗ってもらうことに。まずは髪から。


「……あぁ、気持ちいい」


 いつもの通り、優奈に髪を洗ってもらうのは気持ちいいな。あと、今は檜の香りがするので特別な感じがする。目を瞑ると旅館やホテルにある貸切風呂や部屋のお風呂のような感じがしてくる。


「……さっき、優奈が特別感があるって言ったのが分かるよ」

「ふふっ、そうでしょう」

「ああ。目を瞑ると家の風呂じゃない感じがするし」

「旅行気分になりますよね。私もそうでした」


 目を開けて鏡越しで優奈のことを見る。俺も同じように感じたからか、優奈はとても嬉しそうにしている。


「そうか。……小さい頃の旅行では両親や真央姉さんに髪を洗ってもらったなぁ」

「和真君も洗ってもらっていたんですね」

「ああ。だから、ちょっと懐かしい感じもする」

「そうですか」


 優奈は持ち前の優しい笑顔でそう言った。

 さっきと同じく、大浴場とか温泉での思い出話をしながら、優奈に髪と背中を洗ってもらった。いつもと変わらず気持ちいいけど、檜の香りのおかげで特別感や贅沢感も感じられたな。


「これで背中も洗い終わりましたね」

「ありがとう、優奈。今日も気持ち良かったよ」

「いえいえ。……では、お先にお風呂に入りましょうかね」

「ああ」


 優奈は俺にボディータオルを渡し、両手を洗ってから湯船に入る。


「あぁ、気持ちいいですぅ……」


 肩まで湯船に浸かると、優奈はいつもよりも甘い声でそう言う。まったりとした表情になっていて、入浴剤入りのお湯が気持ちいいのがよく伝わってくる。


「いつも以上に気持ちいいです。入浴剤の効能でしょうかね。お湯の温もりが体に結構沁みている感じがします。本当に気持ちいいですぅ……」

「ははっ、そっか。確か、疲労回復とか関節痛とか冷え性とかに効果があるって書いてあったな」

「そうでしたね。……湯船に浸かるとより温泉気分を味わえます」

「そうなんだ。……優奈を見ていたら、俺も早く入りたくなってきた」

「ふふっ。湯船に浸かりながら待っていますね」


 いつも以上に柔らかい口調で優奈はそう言った。本当に気持ち良さそうだ。

 俺はいつもよりも速いペースで、体のまだ洗っていない部分や顔を洗っていった。そういえば、小さい頃に旅行に行くと、早く温泉に浸かりたくて、こうしていつもよりも早い手つきで髪や体を洗ったな。


「よし、洗い終わった」

「お疲れ様です。かなりの早さで洗っていましたね」

「早く入りたかったからな。じゃあ、俺も入るよ」

「はいっ、どうぞ」


 俺は湯船に入り、優奈と向かい合う形で肩まで浸かる。

 今は夏だけど、温かいお湯が気持ちいいなぁ。あと、入浴剤の効能や、バイトをしてきたのもあってか、いつもよりも温もりが体に沁みていくのが分かる。その感覚もまた気持ちがいい。洗い場にいるときよりも濃く感じられる檜の香りもいいな。


「あぁ……優奈の言う通りいつも以上に気持ちいいなぁ。温もりが沁みる……」

「気持ちいいですよねっ」


 優奈は俺に向けてニコッと笑いながらそう言う。それもあって、より気持ち良く感じられる。


「ああ。檜の香りがするから、優奈と一緒に温泉に混浴している気分が味わえるな」

「そうですねっ。実際の温泉で混浴したい気持ちがより強くなりました」

「そうだな」

「あと、入浴剤を入れたお風呂も気持ちいいので、これからはたまに入浴剤を入れましょうか」

「ああ、そうしよう。今回は檜の香りがするやつだけど、ミルク入りとか炭酸系とか色々な入浴剤のお風呂に入りたいな」

「そうですね!」


 優奈はワクワクとした様子でそう言った。可愛いな。

 色々なタイプの入浴剤があるけど、どんな入浴剤を入れても優奈と一緒に入ったら今のように気持ち良く感じられそうだ。


「……和真君。そっちに行ってもいいですか? 和真君と抱きしめ合いたいです」

「ああ、いいぞ」

「ありがとうございますっ」


 優奈は嬉しそうにお礼を言うと、ゆっくりと俺の方に近づいて俺のことをそっと抱きしめてきた。俺もそんな優奈のことを抱きしめて。優奈と密着できるので、湯船の中でこうして抱きしめ合うことが多い。

 優奈の温もりや柔らかさを感じられるので、お風呂がもっと気持ち良く感じられるように。


「和真君と抱きしめ合ったら、もっと気持ち良くなりました」

「俺もだよ、優奈」

「和真君もですか。嬉しいです」


 言葉通りの嬉しそうな笑顔で優奈はそう言うと、俺にキスしてきた。

 入浴中だし、俺よりも先に湯船に浸かっているので、優奈の唇はいつも以上に柔らかくて、温かい。これまで数え切れないほどにキスしてきたけど、今は檜の香りがするので新鮮さや特別感があって。キスしているから、お風呂がもっともっと気持ち良く感じる。

 あと、実際の温泉に混浴するときも、こうやって優奈と抱きしめ合ってキスするだろうなと思った。

 それから少しして、優奈の方から唇を離す。すると、目の前には俺を見つめてニコッとした優奈の笑顔があって。頬を中心に肌が上気しているので、可愛いだけじゃなくて艶っぽさも感じられた。キスも相まって結構ドキッとする。


「とても嬉しくてキスしました。あと、檜の香りがしていつもと違う中でキスしてみたかったのもあります」

「そっか。入浴剤のおかげもあって、新鮮さや特別感があったよ。あと、お風呂が凄く気持ち良く感じる」

「私も感じました。……実際の温泉で混浴するときも、こうして和真君と抱きしめ合いながらキスしたいですね」

「ああ、そうだな」


 きっと、実際の温泉でも、優奈とキスしているときが一番気持ち良く感じられるのだろう。

 それからも、優奈と抱きしめ合ったり、優奈のことを後ろから抱きしめたりして、檜の香りがするいつもと違うお風呂をゆっくりと堪能する。入浴剤の効果はもちろん、優奈と一緒に入っているから心身共にとても癒やされた。




特別編5 おわり

これにて、この特別編は終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございました。

感想やレビューなどお待ちしております。

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