第8話『七夕祭り①-みんなで-』
俺達は七夕祭りの会場である笠ヶ谷南商店街に向かって歩いている。
笠ヶ谷の七夕祭りが人気なのもあり、会場に向かって歩く人はそれなりにいる。その中には浴衣姿や甚平姿の人が結構いて。
七夕祭りは小さい頃から毎年来ているので、駅から会場までの風景も見慣れている。ただ、今回は西山と真央姉さん以外とは初めて一緒に行くし、去年までとは違って今年は優奈というお嫁さんもいる。だから、この風景が新鮮に感じられた。
少し歩くと、広い公園がある。この公園は会場の商店街から近いし、雨が降っていないからか、屋台で買ったと思われる食べ物や飲み物を食べている人達がいる。
公園の横を通ると、会場の笠ヶ谷南商店街が見えてきた。
会場にはたくさんの屋台が並んでおり、提灯や吹き流しといったお祭りらしい飾りもされていて。また、アーケードから吊り下げられた大きな飾りもある。七夕祭りらしく大きな笹も見えて。食欲をそそる美味しそうな匂いがしてきて。そんな会場にはたくさんの人がいて。今年も盛り上がっているなぁ。
「到着しましたね」
商店街の入口に到着すると、優奈が嬉しそうに言った。
「着いたな! 今年も盛り上がってるな」
「そうですねっ。……まずはどこの屋台に行きましょうか?」
優奈はみんなのことを見ながらそう問いかける。
ちなみに、今日の七夕祭りでは、まずはみんなでいくつか屋台を廻り、その後に俺と優奈は2人きりになって小一時間ほどお祭りデート。そして、合流した後で、みんなで短冊コーナーに行き、短冊に願いごとを書いて笹に飾るという流れになっている。
「まずは何か食べ物系の屋台がいいです! お腹が結構空いてて」
と、佐伯さんは右手をピシッと挙げて、元気良く提案してきた。
「佐伯の提案に賛成だぜ。今日は部活ねえけど、試験勉強をしたから俺も結構腹減ってる。何か食いたい」
西山はすぐに、いつもの爽やかな笑顔で賛同の意を示す。それを受けて、佐伯さんはかなり嬉しそうな笑顔になる。
「私も千尋の提案に賛成よ。勉強したし、夕食時だからお腹空いてきてる」
「私も賛成です」
「俺も賛成だ」
「あたしもです!」
「お姉ちゃんも賛成だよ」
俺達5人も佐伯さんの提案に賛成した。なので、佐伯さんはもっと嬉しそうな笑顔になって。
「ありがとうございます! じゃあ、まずは食べ物系の屋台に行きましょう!」
食べ物系の屋台に行くことが決定した。
俺達は会場である笠ヶ谷南商店街の中を入っていく。
小さい頃から毎年、家族や友達と一緒に七夕祭りに来ていたけど、まさか優奈というお嫁さんと一緒に来る日が来るとは。去年の俺に話しても信じてもらえなさそうだ。友達とか、せいぜい恋人なら信じてもらえる可能性がありそうだけど。
「おっ、あそこにたこ焼きの屋台がある。みんな、どうですか?」
西山がそう言い、たこ焼きの屋台に指さす。
「たこ焼きいいね! 賛成!」
佐伯さんがすぐに賛成する。お腹が結構空いていて食べ物系の屋台に行きたいと提案してきただけのことはあるな。反応の早さもあってか、西山は「ははっ」と笑っている。
たこ焼きか。お祭りの屋台の定番だな。俺はたこ焼きが好きなので、七夕祭りに来ると毎回食べている。
「俺も賛成だ」
「カズ君、たこ焼き好きだもんね。私も賛成だよ」
「和真君はたこ焼きが好きなんですね。私も好きです。たこ焼きに賛成です」
「あたしもたこ焼きを食べたいです! お祭りではよく食べますし!」
「定番だものね。私も賛成よ」
「みんな賛成してくれて嬉しいです。じゃあ、たこ焼きにしましょう!」
その後、たこ焼きを提案した西山が先導する形で、たこ焼きの屋台に向かう。
お祭りの定番で人気もあるからか、たこ焼きの屋台には長めの列ができていた。俺達はその最後尾に並んだ。ちなみに、俺の前には優奈が並んでいる。
屋台を見ると……年配の女性が千枚通しを使ってたこ焼きをクルクルと回している光景が見える。手さばきがいいので、丸く綺麗なたこ焼きができていて。これは期待できそうだ。
定期的に列は前に進んでいき、並び始めて5分ほどでたこ焼きを買うことができた。ちなみに、8個で500円だった。
他の人の邪魔にならないように、少し広いスペースになっているところまで移動した。
「それじゃ、いただきます!」
『いただきます!』
佐伯さんの号令で、俺達はたこ焼きを食べ始める。
湯気がかなり出ているので、このたこ焼きは結構熱そうだ。爪楊枝でたこ焼きを取って、何度か息を吹きかけてから口の中に入れる。
「熱っ」
カリッとした外側部分を噛んだら、かなり熱いトロッとした中身が出てきて思わず声が出てしまう。
ハフハフと呼吸しながら、たこ焼きの熱さと戦う。これをしていると、たこ焼き食べているんだなぁと実感できる。
優奈達を見てみると……みんなもたこ焼きの熱さと戦っているな。ハフハフと呼吸したり、「熱っ」と言いながら咀嚼していたりしている。ちなみに、優奈は、
「あ、熱いですねっ」
と言って、ハフハフと呼吸している。滅茶苦茶可愛い。
戦いのおかげもあって段々と冷めてきたので、たこ焼きの美味しい味わいがよく感じられるように。ソースやマヨネーズとよく合っていて美味しいし、タコもプリッとしていて美味しい。たこ焼きにかかっている鰹節や青のりの香りもいい。
「たこ焼き美味しいな」
「美味しいですねっ! タコもプリッとしていますし」
優奈は俺にニコッと笑いながらそう言う。優奈が食べ物を美味しいと言う姿はこれまでにたくさん見てきたけど、今は浴衣姿だから新鮮さがあって。とても素敵だ。
あと、優奈が美味しいと言ったから、口の中に残っているたこ焼きの旨味が復活した感じがする。
「たこ焼き凄く美味しい! 屋台のたこ焼きっていいよね!」
「いいわよね。定番なのも納得の美味しさだわ」
「たこ焼き美味え! 提案して良かったぜ!」
「たこ焼き美味しいです!」
「美味しいよね!」
井上さんや佐伯さん達もみんなたこ焼きを絶賛している。
「あの、和真君」
「うん?」
「たこ焼きを一つずつ食べさせ合いたいのですが……いいですか?」
「もちろんいいぞ」
こんなにも魅力的な提案を断るわけがないだろう。
「ありがとうございますっ!」
優奈はニコニコとした笑顔でお礼を言った。そんな優奈に井上さんや佐伯さん達が「良かったね」と言っている。
「では、まずはお願いした私が食べさせますね」
「ああ」
優奈は爪楊枝でたこ焼きを刺し、息を吹きかけていく。結構湯気が立っているのもあってか何度も。ふーっ、ふーっ、と息を吹きかける姿はとても可愛くて。
息を吹きかけた後、優奈は俺の口元までたこ焼きを持ってくる。
「はい、和真君。あ~ん」
「あーん」
みんなに見られている中で、優奈にたこ焼きを食べさせてもらう。
一度咀嚼すると熱い中身が出てくるけど、優奈が何度も吹きかけてくれたおかげもあり、さっき自分で食べたときほど熱くはない。ハフハフすることなく食べることができる。
このたこ焼き……さっき自分で食べたたこ焼きよりも美味しいぞ。きっと、優奈が息を吹きかけてくれたからだろうな。
「物凄く美味しいよ、優奈。息を吹きかけてくれたおかげで、ハフハフせずに食べられたし」
「かなり熱いたこ焼きですからね。和真君もハフハフしていましたし、念入りに息を吹きかけて冷ましました」
「そうだったんだな。ありがとう」
もしかしたら、自分で食べたたこ焼きよりも美味しく感じられた一番の理由は、息を吹きかけて冷まそうという優奈の優しさなのかもしれない。
「じゃあ、今度は俺が食べさせるよ」
「はいっ」
爪楊枝をたこ焼きに刺して、息を吹きかける。まだまだ湯気がたくさん出ているので、さっき自分で食べたときよりも息をたくさん吹きかけて。
湯気が収まってきたところで、優奈の口元までたこ焼きを運ぶ。
「はい、優奈。あーん」
「あ~ん」
みんなに見られている中で、優奈にたこ焼きを食べさせる。
十分に冷ますことができていたのだろうか。先ほどとは違って、優奈はハフハフすることなくモグモグとたこ焼きを食べている。ニコニコとした笑顔で食べている姿がとても可愛い。自分で食べさせたのもあって本当に可愛い。
「凄く美味しいですっ!」
優奈は満面の笑顔でそう言ってくれる。物凄く可愛いな。
「良かったよ、優奈。熱さは大丈夫だったか?」
「はいっ! 和真君がたくさん息を吹きかけてくれたので、ほどよい熱さになっていました。ありがとうございます」
「いえいえ。ちょうどいい熱さにできて良かった」
優奈に喜んでもらえて良かったよ。
「お祭りでも2人が食べさせ合う姿を見られて嬉しいわ」
「あたしも。いつもの2人を見られて嬉しいよ」
「今日もいいものを見させてもらったぜ」
「そう言われるほどに、お姉ちゃんと和真さんは食べさせ合っているんですね。ラブラブですねっ」
「そうだね、陽葵ちゃん」
優奈と食べさせ合うのは普段からやっていることだけど、こうやって感想を言われるとちょっと照れくさいものがある。まあ、みんな笑顔で言ってくれるので嫌な気持ちは全くないけど。
「今の2人を見ていたら、私もカズ君にたこ焼き食べさせたくなってきたよ! カズ君、いい?」
「ああ、いいぞ。お祭りでは、姉さんと食べさせ合うことをするし」
「そうだね! ありがとう!」
「ふふっ。どんな感じなのか楽しみです」
その後も俺達はたこ焼きを楽しんでいく。
その中で、俺は真央姉さんと一つずつ食べさせ合って。姉さんは俺に食べさせてもらうときも、俺に食べさせるときもとても幸せそうな笑顔になっていた。姉さんはもう20歳だけど、この笑顔は昔から変わらない。あと、俺と姉さんが食べさせ合うのを優奈達が楽しそうに見ていたのが印象的で。
たこ焼きはとても美味しい。ただ、優奈が食べさせてくれたたこ焼きが一番美味しかった。