料理王子vs自然派ママ(5)
原口、白子、明日香の作ったケーキが、ステージの上の長テーブルに並べられていた。
やっぱり見た目では、明日香のカップケーキが一番可愛らしい。インパクトでは、原口のレオンボーケーキだろう。
一番地味なのが、白子が作ったオーガニック素材のシフォンケーキだった。色も茶色いだけで、この中だとペンギンの雛鳥のような垢抜けなさが有るように見えた。ペンギンの雛鳥は、親と違ってモコモコの茶色い毛に覆われてる。毛がモコモコすぎて親鳥より大きく見える子もいるらしいから不思議なものだ。
秋人と会長は、それぞれ試食を始めた。ケーキは小さく切り分けられ、前方にいる客達にも配られていた。
「いいなー、前の方の人」
浩が羨ましがったので、二人で前の方に行くことにした。しかし、そんな事を考えたのは美月達だけではなかったらしい。人が前の方に押し寄せ、混乱状態になった。
ステージやコンテスト参加者の調理ブースの方にみ人が押し寄せ、騒ぎになってしまった。満員電車のような密度で、人の叫び声が響く。
とりあえず美月は、浩の手を繋ぎ、後退する事にした。
「美月ねぇちゃん、意外と人多くない?」
「そうねー。秋人さんのファン? そんないるの?」
後の人がいないスペースに潜り込んだ美月達は、少し息を荒くしながら混雑の方を見守る。
「秋人さんは、普段はあんなニートみたいだけど、イケメンだよ? カレールウの宣伝にも出てるし、ファンは多いよ」
「そうなんだ」
浩の言う事はもっともだった。すっかり忘れていたが、秋人は世間では人気のイケメン料理研究家。そう思うと、なぜかまた心がザワザワトしてきた。
明日香にも感じたような違和感だった。子供のおもちゃを取り上げられたような気分?
それとも少し違うような、秋人が遠くに行ってしまったような寂しさみたいなものを感じてしまった。
思えば今年のクリスマスは、母とも友達とも遊べない。もちろん、彼氏なんぞもいない。
だからなのか、余計に変な寂しさが胸を襲ってきた。
「美月ねぇちゃん、大丈夫?寒い?」
「いや、別に大丈夫。人混みでちょっと疲れただけかも」
浩には自分変な事を考え、顔を顰めていた事がバレていたようだった。
誤魔化すように笑顔を作り、まだまだ混乱状態のステージの方に目を向ける。ごった返しのおしくら饅頭状態だった。
やっぱり人はタダで貰えるものに弱いのだろう。こうした混乱も前方の客にだけ試食ができるようにしたからだ。つくづく段取りが悪い。
まあ、小さな商店街のイベントではこんなもんだろう。
そんな事を考えている時だった。
おしくら饅頭状態の中から、女性の悲鳴が上がった。
「きゃああああ」
耳が痛くなるほどの悲鳴で、美月と浩が顔を見合わせる。
「救急車よべ!」
誰かが叫んでいた。
「何?何が起こったの?」
亀のようにしれ首を伸ばすと、ステージの上で秋人が倒れているのが見えた。
「浩、どうしよう! 秋人さんが!」
「ちょ、美月ねぇちゃん。落ち着いてよ!」
自分でも信じられないぐらい動転してしまっていた。
秋人が倒れてしまった!




