お茶会とマリッジブルーの謎(3)
楽しみにしていた祝日は、運が良い事によく晴れていた。その3日前に雨が降っていたので、余計にこの天気はラッキーだと思ってしまった。
秋人の家のそばにある桜の家は、想像以上広かった。秋人の家も大きいが、そこも別邸と呼ばれているぐらいであるが、本邸の方はお屋敷という雰囲気だった。
桜の家の執事やメイドに出迎えられて、緊張しながら本邸の庭へ向かう。執事やメイドの存在自体が、美月には全く縁の無いものだが、二人とも丁寧に接してくれて、恐縮仕しきってしまう。
庭には日傘のついた大きなテーブルと椅子が用意されていた。テーブルの上には、紅茶やコーヒー、ジュースばどの飲み物はもちろん、ケーキやサンドイッチ、スコーンなどの軽食も綺麗に並べられていた。
すでに直恵も桜も席についていた。桜は優雅に紅茶を啜っていたが、直恵は緊張していた。直恵も美月も無難な他所行きのワンピース姿だった。こういう時、どんな服を着たら良いかと迷ってものだが、無難な服にしておいてよかったと美月は思った。一方桜は、この日に浮かれているのか、ヒラヒラしたレースのついたスカートやブラウスを着ていた。いかにも「お嬢様!」といった感じで板についている。美月がこんな格好をしたら、事故になるだろう。
「美月ちー、いらっしゃい。どう? 庭綺麗? 座って、座って」
美月は、桜に促されて席についた。桜が言った通り、庭には季節の花が咲き乱れ、なかなか綺麗だった。
「そういえば、もう一人くるけどいい? うちの教会の友達の戸田ちゃんだけど」
桜はもう一人友達を呼んでいるらしい。同じ教会の友達というが、10歳ほど年上の派遣社員だという。この春に結婚が決まっているが、最近退屈しているらしく、桜がこのお茶会に誘ったらしい。名前は戸田明日香というらしい。
「へぇ。どんな人だろ」
初対面の人にも全く人見知りしない美月は、明日香と会うのが楽しみになってきた。
直恵は、意外と人見知りタイプなのかちょっと緊張していたが、紅茶を飲んで落ち着いてきたらしい。
それと時を同じ頃、明日香がやってきた。背が低めで、かわいらしい雰囲気のアラサー女性だった。学校にいる真澄、藤部、丸山は妖怪みたいな大人だが、明日香は優しそうなタイプに見えた。やっぱり学校でフルタイムで働いていると、女性も妖怪化するのか?と失礼極まりない事を考えてしまった。
「戸田明日香です。よろしくです!」
こうして明日香とも自己紹介も交わし、和やかにお茶会が始まった。
「戸田ちゃんが結婚するなんてねぇ」
桜はわざとらしく泣きまねしていた。どうも桜は、明日香に懐いているようだった。聞くと付き合いも長いらしい。
直恵はなぜかちょっと不機嫌そうな表情を見せたが、すぐに引っ込めていた。美月の思い違いだったかもしれない。
「私は、戸田ちゃんはお兄ちゃんと結婚して欲しかったー。したら、戸田ちゃんは、私のお姉ちゃんになれたのぃー」
桜のその言葉には、なぜか美月もドキッとしてしまった。秋人には結婚とか恋人とか色っぽい話は聞いた事は無い。そんな秋人に桜が戸田を結婚相手として推していたとは。本当に理由はさっぱりわからないが、イライラもしてきた。
そんな気分を誤魔化すように皿にショートケーキをとりわけ、フォークで口に運ぶ。柔らかな甘味にすっかりイライラが消えた。やっぱり気のせいだったかもしれない。
「いやだ、秋人君みたいな服装がダサい人はちょっと…」
「戸田ちゃん、はっきり言い過ぎ!」
そばし桜と明日香は、秋人の悪口で盛り上がっていた。この様子だと明日香と秋人の間に色っぽい空気は無さそうだ。ホッとした。え?きに安堵は何なのか美月自身はさっぱりわからなかった。
「ところで明日香さん、結婚するお相手はどんな方なの?」
直恵がこんな話題を出した。
「そ、それは……」
もうすぐ結婚する女性が、その相手を語るとき、もっと幸せそうにするんじゃないかと思ったが、明日香は表情を曇らせていた。
明日香の婚約者は、下村勇人という。編集者とフリーライターの仕事をしているが、最近はコロナの影響でもっぱら在宅ワークらしい。
「編集者の仕事もリモートでできるの?」
美月は大人の仕事は、よく知らないので素直にそう思った。
「ええ。たまに出版社は行くけどね。ビジネス系の本を作ってるのよ。だからなのかちょっと意識が高くてねぇ」
明日香は延々と婚約者の勇人に対して愚痴をこぼしていた。ケーキやお茶の美味しさで誤魔化されていたが、かなかか明日香の愚痴は止まらず、この場の雰囲気がお茶会から居酒屋化してきた。
可愛らしいと思った明日香だが、愚痴を言う姿は妖怪じみている。あまり真澄、藤部、丸山にも変わらない存在に見えてしまった。同時に結婚に夢も消える。明日香の愚痴によると結婚準備も想像以上に大変そうだった。新居も決まっているが、お金も時間も相当消費しているらしい。
「彼に疲れていると思って、気をつかって毎日弁当を持っていってあげたのよね」
「優しいじゃないですか、明日香さん」
直恵が感心したように言う。これだけ愚痴を聞いた後では、美月も明日香の行動は優しく感じしまった。
「秋人さんのレシピを見ながら、ハンバーグ弁当やミートボール弁当なんかを作ったわけ。勇人は受け取る時は喜んでいたのに、ほとんど食べやしない。弁当を丸ごと捨てた日もあったのよ。リモートワークでご飯の準備は大変だろうと思って、わざわざ持ってきてやったのにぃー!」
明日香のその愚痴は、美月もちょっと可愛そうになってきた。自分を作った料理を捨てられるのは、想像すると辛い。しかも弁当を受け取る時は、喜んだ素ぶりを見せるなんて、勇人という男はなかなか性格が悪そうだった。
「お兄ちゃんのレシピで作った問題だったんじゃん? ほら、戸田ちゃんはうちのお兄ちゃんと仲良かったし、ジェラシーかもよ?」
さすがに桜も明日香の愚痴にフォローを入れた。
「それは、ないでしょう。確かに私は秋人さんに告白された事もあったけど」
「初耳!」
桜は明日香の爆弾発言にきゃっきゃと大騒ぎしていた。
秋人が明日香に告白した事がある?
恋愛には無縁の人かと思っていた。なぜか心がザワザワし始めていた。お気に入りのオモチャを取られたような子供のような気分というか、秋人が急に誰かの物になってしまったような距離感を感じてしまった。
「でも、弁当食べないなんて酷い婚約者ですねぇ」
そんな気持ちを誤魔化すように美月は、明日香に同意していた。
「それにしても何で婚約者は明日香さんの弁当を食べないのかしら?」
直恵はお茶を啜って、疑問を投げかけた。確かにそれは一同疑問に思う事だった。
「たぶん、勇人は私の事が嫌いなんですよぉ」
明日香はそう言って後ろ向きに受け取っていたが、別の理由もある気がする。嫌いだったら婚約なんてしないだろう。
「きっと勇人さんは、お腹が痛かったんだよ」
桜は気をつかって励ましていたが、明日香の表情は重かった。




