お茶会とマリッジブルーの謎(2)
藤部や丸山の件があったとはいえ、美月の学園生活も平安そのものだった。
今日は、放課後聖書研究会の部室にお邪魔していた。
普段は、幽霊部員で部活には滅多に参加しない美月だが、今日は桜がお菓子を持って来たというので、行く事にした。つくづくタダと食べ物に弱い美月である。
部室につくと既に部員の桜、直恵も来ていた。部室の中央にある大きなテーブルの上には、カップケーキと暖かい紅茶が並べられていた。部室なので紙皿や紙コップをつかっていたが、それでも綺麗に並べられていて、ちょっとしたお茶会ムードが流れていた。
「わー、美味しそう!」
美月はカップケーキの甘い匂いに釣られながら、席に座った。
「真澄先生はまだだけど、先に始めておきましょうか」
この中で一番リーダーシップのありそうな直恵がいい、聖書研究会でちょっとしたお茶会が始まった。
カップケーキは、桜の家から持ってきたものらしい。桜の家は大手の食品メーカーだった。基本的に健康的な食品に力を入れているそうだが、最近はギルティなお菓子もよく売れているらしい。このカップケーキも売れ筋の一つだという。
確かにカップケーキのしっとりと濃厚な甘さが、脳に直撃する感じだ。
「あぁ、おいしい。余計なトッピングとか入れてないのに、おいしいわー」
美月は、美味しいカップケーキを食べながら目尻が下がりっぱなしだった。普段、クールそうな直恵も目尻が下がっている。それぐらいこのカップケーキには威力があるようだ。
「何かこういうお茶会みたいのって楽しいねぇ。今度うちの庭でやらない?」
桜がうれしそうに、提案してきた。
「もちろん行く! お茶会楽しい〜」
美月はハイテンションで答えたが、直恵は怖気ついていた。
「ちょ、桜の家でお茶会だなんて。緊張するわ」
「いいじゃないん、直恵。他にも友達誘ってやりたいー!」
桜もハイテンションになり、結局来週の祝日にお茶会をする事になった。直恵がちょっと呆れていたが、美月も桜もノリノリだった。倉橋のケーキを注文し、庭でお茶会しようと話が盛り上がる。
「ところで秋人さんは呼ぶ?」
「えー、美月ちーは呼びたいの? 女子会がいいし。お兄ちゃんはいらない」
秋人は妹の桜からひどい言われようで、思わずみんなで笑ってしまった。
ちょうどそこに顧問の真澄が入ってきた。
「あんた達、来年受験なのに呑気ねぇ。前いた橋口先生なんて高校生の時に英検一級とったのよ。もう少し勉強も頑張りましょうよ」
真澄は、お茶会の事で盛り上がるみんなを呆れていた。
「だって英語難しいですよお。スラングとか洋画で出てくる単語が出てこないので、つまらないんだもん」
ここで一番成績が良くない桜が口を尖らせた。
「だったら英語の面白いクイズを出してみるわ」
英語教師でもあり真澄は、部室のホワイトボードの前に立ち、何か書き始めた。
「この単語は、どういう意味でしょう?」
真澄は、ホワイトボードに「英語クイズ!」と書き、何か英単語を発音した。
「く、クロウリー? からおり?」
そんな音だったが、美月はさっぱりわからない。成績の良い直恵も首を傾げている。
「ヒントは日本語です! ツナミやカロウシみたいに日本語が英語化したものです」
真澄にヒントを聞いてもさっぱりわらから。
「英語にしか聞こえないわ。クロウリーなら魔術師の人名になるけど」
直恵は、ひどく不愉快そうにクロウリーという魔術師について話した。反キリストの魔術師で、クリスチャンの中では要注意人物らしい。確か直恵もクリスチャンだったので、気になるのだろう。
「残念、直恵。人名じゃないわ。クロウリーなんて魔術師は、日本語でも無いでしょ」
「真澄先生、ヒントを教えてよ〜」
美月もこのクイズはさっぱりわからず、情け無い声をあげる。
「黒帯って聞こえない?」
桜が、そういうと真澄は一瞬ギクってした表情を見せた。その顔でピンときた。
「わかった! 真澄先生、答えは空手でしょ」
「あー、美月にはわかってしまったか」
真澄はちょっと悔しそうにホワイトボードにkarateと書く。
「英語は最後の子音も消えるし、Tの音がRのなる音声変化もあるからね」
真澄の解説を聞くと、これだけ音が違う理由もわかるが、もう全く別の単語にしか聞こえない。真澄によると、カラオケも英語化している日本語だが、相当音が変わるらしい。
「びっくりだわ。全然音が違うじゃない」
直恵も、驚いていた。頭の良さそうな直恵だが、こんな事は教科書には乗っていない。やっぱり世の中は広いと美月は感じてしまった。
「まあ、物事には何でも多面性があるって事ね。一方的に見るのは、視野が狭いのかもしれないね」
普段おとぼけキャラの桜が、しみじみとそんな事を言うので、一同苦笑していた。
「でも桜の言う通りかも。人間だって一枚岩じゃないのかもね」
美月も桜の意見に同意し、深く頷いた。
浩だって家庭の事情でマスクがつけられないと思い込んでいたが、実際は別の理由だった。子供だが、意外と物事をよく考えてもいた。陰謀論にハマるのはどうかと思うが、それだけ世の中が不安に包まれている証拠なのかもしれない。
確かに一つの言葉だってこんなに発音が変わってしなう。一面だけ見ていたら、わからない事も多くありそうだと感じてしまった。
「いやー、単なる雑学クイズだったのに、妙に含蓄があったかも。ははは」
真澄は、照れながら席につき、みんなで一瞬にお茶とカップケーキを楽しんだ。
楽しい時間はあっという間にすぎてしまう。
次の祝日に開かれる桜の家のお茶会も楽しみで仕方がなかった。




