悪魔のレシピと良心の謎(11)
そんな一件から数日が流れた。
美月は、体育祭のリレーでゲットした商品券を握りしめ、倉橋のケーキ屋に向かった。
今はセール中では無いが、嫌がらせも受けた形跡みなく、普通に営業中だった。
「えぇ、このモンブランとショートケーキ貰えますか? 支払いは商品券でお願いします」
「かしこまりました!」
倉橋は、あれ以来少し心を入れ替えたようだ。コミュ障をやめ、明るい態度で接客していた。
元々イケメンなので、明るい笑顔が似合う。ちょっとまだ慣れない感じではあったが、それも素朴で嫌味は無い。
「それにしても、今回はお世話になりました」
「いえいえ」
お礼をいう倉橋に美月はちょっと照れてしまう。なぜかわからないが、困った人の手助けをしたいと思っただけで、別に自分は良い人では無い。普段だったら一円の得にもならない事はしないだろう。ただ、こんな風に損する事も必要だと思い始めた。
「じゃあ、今回はありがとうございました」
「いいんですよー。また来ますよ」
そんな事を言い、倉橋のケーキ屋を後にすると秋人の家に直行した。もちろんタダ飯を食べに来たわけだが、今日はケーキを食べたい。いつもにお礼として秋人に美味しいモンブランもご馳走したかった。あのセール中は、バタバタと忙しく、結局ケーキを食べ損ねていたというのもある。
「美月ちー、ケーキ買ってきたんだ?」
珍しくお土産なんて持って来た美月に秋人は、かなり驚いていた。今日はニートバージョンで、メガネがずり落ちていたが、リビングに紅茶を運んでくれて、二人で一緒にケーキを食べ始めた。
はじめて食べる倉橋のショートケーキは、想像以上に美味しい。スポンジは、ふわふわでクリームも雪のように舌の上で溶ける。
秋人の食べているモンブランも美味しそうだった。「濃厚な味わいだ」と秋人はうっとりとした表情でコメントしていた。
「あれ? 秋人さん、ちょっと機嫌良くない?」
ケーキのおかげもあるだろうが、いつもより秋人はニコニコ顔だった。
「うん。新しいレシピのタイトルなんだけど、担当の人が急に移動しちゃってさー。結局『超手抜き☆10分以下でなんでもできちゃうレシピ集』っていうタイトルに決まったよ!」
「良かったじゃないですか」
「うん。それに『悪魔のレシピブック』は既存の人気レシピ本とかぶるって編集長が言っていてさ。どっちにしても、そのタイトルではダメだったらしい。ホッとしたよぉ〜」
よっぽど秋人の中で、悪魔という単語は、本のタイトルに使いたくなかったらしい。
「人間が基本的に悪いけどさ。神様は人に良い事すりよう命じているからね。悪い事すると罪悪感あるじゃん? それは神様がつけてくれた危険信号みたいなもんなんだ」
「そうなんだー」
「うん。人間は悪くなってるけれど、人を助けたいっていう良心はあるんだよ。しかし、『悪魔のレシピブック』なんてタイトルの本出さなくてホッとしたよ〜。パクリになっちゃうよ〜」
そんな秋人の声を聴きながら、ここ数日、美月の中で悩ませていた疑問の答えが出た気がする。倉橋の為に協力しようと考えたのも、こうして秋人の為のケーキを奢ったのも、良心があったからだろう。
「秋人さん、たまには一円の得にもならない事をやった方が良いかもしれないですね」
「そうだよ、美月ちー。人間は基本的に悪いけれど、100%悪にはなれないんだよ」
秋人に言葉に深く頷いてしまった。なぜか秋人のレシピ本に悪魔なんて言葉が使われずに心底よかったと思ってしまった。
「秋人さん、良かったね」
「何が?」
「別に何でもない」
ニートバージョンで情け無い姿の秋人だったが、笑ってケーキを食べている顔は悪くないと感じた。
こうして倉橋の謎は解決した。クッキーを配りながら聞き込みするのは、ちょっと面白かった。一円の得にならないが、もう一度やっても良いかもしれない。そんな事がチラリと頭の中に浮かんでしまった。




