悪魔のレシピと良心の謎(4)
秋人の家に帰るともうクッキーも焼きあがっていた。クッキークーラーの上で冷やされ、あとはラッピングするだけの状況だった。甘い香りが厨房に広がっていて、それだけで夢見心地だ。
しかも昼ごはんも完成していた。親子丼だった。
「え? 親子丼? いつの間に作ったんですか?」
「これは焼き鳥缶とレンジを駆使して速攻で作った手抜きレシピだよー」
そういえば秋人の開発した手抜きレシピにそんあようなものがあったと思い出した。
「さっそくリビングで昼ごはん食べよう」
「その前に秋人さん。これは、お釣りです。お駄賃のドリンクは100円だけ使いました。あとの内訳もレシートはこれですよ」
美月はカバンから、お金の余りとレシートを全部秋人に返した。
「美月ちー、しっかりしてんな」
お釣りとレシート、そしてドリンク代が一致している事を確かめた秋人は、どん引きしつつも笑っていた。
「これは、俺の仕事の経費になったりするかね?」
「さあ。でも抹茶さんに一応聞いておくと良いかもですね。抹茶さんがお金の管理もやってるんですよね?」
「本当、この子はよくも悪くもお金が大好きだなぁ」
秋人は呆れていたが、笑いを収める事はしなかった。
こうして二人でリビングで昼ごはんを食べた。
手抜きレシピである事は信じられないぐらい美味しい。手間と味は必ずしも比例するわけでは無いようだ。だったらコスパの良い方を選んだ方がいいと美月は素直に思ってしまう。
「それとスーパーにいたお婆さんにちょっと聞いてみたんだけど」
「何? 美月ちー」
「実は、倉橋さんは鈴蘭商店街の人達からいじめを受けている疑惑が出てきた」
美月はスーパーで聞いた話を全部秋人の報告した。
「どう思う? 秋人さん。そんな事ってあると思う?」
「大いにあるよ。俺だってベテランに同業者から、面と向かって悪口言われた事あるぜ」
「う、嘘」
詳しく聞くと、美月でも知ってる有名な料理け研究家から悪口を言われた事もあるらしい。
「なんかショック。大人ってバカなの?」
藤部も丸山も、大人なのにあんな事をしていた。美月の中にある一般的な大人像がガラガラと崩壊しそうだ。
「まあ、クリスチャン的に言えば、人類はみな罪人だ。義人はいないんだよ」
「なにそれ、性悪説?」
「簡単に言えばそうだね。美月ちーだって、道端に100万円捨てられてたらどう?」
思わず黙ってしまった。警察に素直に届けを出すだろうか? たぶんさんざん迷ってようやく警察に行くと思う。自分の心の中に弱さがある事は認めざる終えない。藤部や丸山の一件で大人も別に素晴らしい存在ではないと気づいたし、秋人の言っている事も筋が通っている。
「俺だってさ、悩むよ。今作ってるレシピ本のタイトルに『悪魔のレシピ』ってタイトルつけろって言われててさぁ」
秋人は心底困った風に頭をかいた。この姿は、偉い大人なんかには全く見えなかった。
「いくら売れるって言われても『悪魔のレシピ』はねぇ。困ったね。信仰者としては、このタイトルは困ったものだね」
「断る事はできないの?」
一応聞いてみた。
「まあ、そうするしか無いね。こも企画が流れる可能性大だねぇ」
弱々しく笑う秋人は、ちょっと可哀想に見えてしまった。
「大人って弱いんだね」
「むしろ、美月ちーがしっかりしすぎだよ。あのお金、ちゃんと返して偉かったよ。悪魔が誘惑しなかった? このお金全部、自分のものにしちゃえよとか言ってこなかった?」
それはなかった気がする。あったかもしれないが、秋人の顔が頭にチラチラ浮かんで無理だったと思う。色々欠点にある秋人だが、真っ直ぐというか嘘をついたらいけないような純粋さを感じる人でもあるから。
でも道端に100万円あったらどうだろう?
結局は警察に行くんだろうけど、悪魔が誘惑を囁いてくる様子は、大いに想像ができた。自分が清廉潔白でない心があるのに気づく。やっぱり藤部や丸山の事も責められないし、倉橋の店に嫌がらせしている犯人も何か事情があるのだろうと思った。
秋人が言う通り、義人は居ないのかもしれない。本当が人が正しく清廉潔白なら、もっと社会は良くなっている気がする
「さて、ご飯食べたらクッキー包んで聞き込みするぞ!」
「本当にやる気なんですねぇ」
秋人は、相変わらずこの謎の調査にヤル気を見せていた。
「そうだよ、倉橋さんところの美味しいケーキがまた食べたい!」
「結局、そこですか」
美月は呆れながらも、秋人に協力しなければならないだろうと思った。




