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料理王子の謎解きレシピ  作者: 地野千塩


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手抜きレシピと消えた弁当の謎(8)

 藤部は、職員室で一人座っていた。パソコンの電源はついていたが、ぼーっとしていた。


 美月は職員室に入ると、藤部の席に行く前、職員のスケジュールが書かれたホワイトボードを見る。やっぱり藤部は、美月の午前中の体育の時間があいていた。もう一人の容疑者である丸山は、その時間帯は授業だった。アリバイという観点から見ても藤部が犯人と見て良いだろう。


 藤部が婚活中で弁当の写真を勝手に撮っていた事は信じられないが、事情は聞く必要があるだろう。


 美月は藤部の席に直行した。


 ちなみに美月はドケチ根性で教師に質問しまくっているため、職員室にいても違和感を持たれなかった。それどころか真澄のいい英語教材が見つかったから、後で貸してあげると言われる始末だった。


「藤部先生」


 普通に声をかけたはずだが、藤部が明らかに「ギクっ!」とした表情をも見せていた。これだけでも充分怪しい。


「先生ですか? 体育の時間、私の弁当の件は」


 人が多い職員室ではっきりと言うのは躊躇い、こんな言い方になってしまったが、藤部は少し泣きそうな顔していた。


「そ、そうよ…」


 その上、あっけなく認めた為、美月は拍子抜けしてしまった。


「別にいいですけど、料理王子の秋人さんが呼んでいます」

「どういう事?」


 藤部は目を白黒とさせていた。


「実は秋人さんに色々相談していたんです。彼も事情を聞きたがっています。来てくれますか?」


 とても言いにくかったが、美月もなぜこんな事をしたのか聞きたかった。


「わ、わかったわよ」


 藤部は観念していたらしい。素直に秋人のいる礼拝堂の控え室に向かった。もちろん美月も一緒だ。


 途中、桜にあった。直恵が通っている教会に用があるらしい。犯人が藤部だと知って驚いてはいたが、「藤部先生も人間らしいねー」などと言っておっとりと笑っていた。


 ますます藤部は居た堪れなくなったようで、顔を真っ赤にさせていた。厳しそうな先生だと思っていたが、中見はかなり脆そうだ。乾燥しているのか、藤部の指先は荒れていた。それを見ていると、ちょっと美月も心が痛い。別に責めたいわけでもない。何でこんな事をしたのか知りたかった。


 母が書いているコージーミステリでは、犯人が逆ギレして主人公にあたり散らしたりしていたが、藤部は実に大人しかった。


 控え室の入ると、パイプ椅子に座り、秋人と向き合っていた。美月もパイプ椅子を出し、秋人の隣に腰を下ろす。


 髪がボサボサになり、ネクタイを外し、講演会のせいで疲れた表情を見せている秋人は半分ニートモードにスイッチオンされていた。藤部は、そんな秋人を見て、なんだか納得いかない表情だった。普段の秋人を知らない人は、違和感あるだろう。美月としてはキラキライケメン料理王子モードの方が、嘘くさく見えるのだが。


「で、何で美月ちーのお弁当を勝手にとっていたの?SNSでイイね!もらう為?」


 普段温厚な秋人ではあったが、犯人を前にするとなぜか怒っていた。おそらく探偵気取りでこんな態度なんだろうが、藤部は萎縮してしまって口を閉ざしてしまった。


「まあ、秋人さん。実害は特になかったから」


 思わず美月はフォローを入れられた。


「甘いね、美月ちーは。変質者だったかもしれないと怖がっていたじゃん」

「いや、別に怖がって無いですし。私は貯金額が減るのが一番怖いです!」

「ちょ、美月ちーはドケチすぎる! ティーバッックやドリップコーヒーをお湯の色になるまで飲むのはやめようよ」

「え? 何でそんな事知っているんですか?」

「抹茶さんが呆れてたよ……」


 美月と秋人の下らないやりとりに藤部は、少し笑顔を見せた。そのタイミングを秋人は見逃さなかった。


「藤部先生。一体どういう事? 事情を話してくれてば、別に怒ったりしないから」

「私も別に気にしてないよ。お金が減ったわけじゃないしね。でも、何でこんな事をしたのかは、気になるよ」


 二人とも怒ってはいない事が伝わってホッとしたのだろう。藤部は事情を話しはじめた。


 藤部は長年婚活をしていたらしい。今より若い時も変な男しか紹介されず、困っていたらしい。そんな折、同期の真澄の婚約を知る。焦った藤部は、人気婚活カウンセラー・浅山ミイのところに相談に行ったらしい。


「おぉ、浅山さんのところ行ったの? やめて置いた方がいいよ」


 秋人は浅山ミイについて知っているらしかった。毒舌で高圧的なカウンセラーらしく、被害者の会まで結成されているらしい。秋人が世話になっているレシピ本編集者も浅山ミイの被害にあったらしい。秋人の耳にもその悪い評判が入ってきているようだった。


「でも浅山ミイさんは、手抜きブスとか料理下手とかさんざん悪く言われ……。すっかり自信がなくなってしまったんです」


 藤部は泣きじゃくりながら、訴えた。


「ブスとか言う女って最低だな。自己紹介乙って感じ」


 意外と秋人は怒っていた。思わず美月は目を丸くしてしまうが、秋人の口から誰かの悪口は聞いた事がない。女性のルックスについても一回もコメントした事がない事を思い出す。秋人は、心は捻じ曲がっていないと感じた。


「料理下手って浅山ミイが言ったの?」

「ええ。冷凍食品や電子レンジを使っているっていったら『自分を大切にしていないブスのする事だ』って罵られて。それで、悔しくって……」


 それであんな行動をとってしまったらしい。


 気持ちはわかるので、美月は藤部を責められなくなってしまった。


「でも美月ちーの弁当って全部俺んちの余物だよ」

「そうそう。タダ飯もらってます!」


 美月は、秋人の家でタダ飯もらっている事情を話した。タダの素晴らしさを語る美月に藤部もドン引きしていた。


「しかもあの弁当の中身は、オレが手抜きレシピ開発中に作ったヤツでさ。全部電子レンジで十分ぐらいでできるもんばっかりだよ」

「嘘! 彩りもよくて画像映えもしたのに!」


 藤部はなぜか悔しそうにしていたが、事実なので仕方ない。にんじんの肉巻きなんかは見た目は映えるが、工程自体は簡単だ。あまりにも簡単で拍子抜けするぐらいで、美月も自分で作っても良いと感じるぐらいだった。


「そんな……。もっと凝った料理かと思ってた」

「藤部先生は、料理作って失敗した経験も多いんじゃない? 昔作った料理、思い出せる?」


 驚いて涙が止まった藤部に秋人は優しく質問していた。ちょっと怖い一面も見せていた秋人だが、基本的には温厚な性格だ。


「コロッケ作って、料理嫌いになった感じはする……」

「コロッケ!?」


 目をひん剥いて秋人は驚いていた。


「コロッケはダメだ、初心者がやる料理じゃないよ。オレもコロッケを作る時はすっごい元気な時しかムリ。工程多すぎ、手間かかりすぎ!」

「コロッケはコスパも悪いのよねぇ。自分で作るぐらいなら、惣菜買った方が絶対安い!」


 秋人と美月に強く言われた藤部は、言葉を無くしていた。確かに手間の割には、食べるのは一瞬の料理で美月も滅多に作らない。コロッケを作って料理嫌いになった藤部の気持ちは、とてもよく分かる。


 洋食が入ってきたばかりの大正時代は、コロッケはむしろ楽な家庭料理だったらしいが、当時と今は状況が違う。現代人は忙しいし、惣菜やコンビニの味にも慣れてしまっている。その中で家庭料理が勝てる要素は栄養面ぐらいなものだろう。


「藤部先生は、結婚後も仕事する?」


 コロッケの大変さを語り終えた秋人は、話題を変えた。


「ええ。もちろん」

「だったらそんなの料理好きをアピールして婚活しない方がいいんじゃん? だって料理目当ての相手と結婚したら、ずーっとコロッケみたいな料理作らなきゃダメかも」

「それはぜったい嫌です!」


 藤部はよっぽどコロッケを作るのが嫌らしい。秋人の言葉に藤部は怒っているようにも見えた。意外と感情も豊かで、厳しい先生という一面だけでは無いらしい。


「講演会の時も言ったけど、女性も働くのが当たり前。でも料理も作れっておかしくない?」

「でも、男性は料理上手の女性好きじゃない無いですか!」


 どうも藤部は、男性=料理上手好きという固定観念があるようだった。婚活カウンセラーから悪い影響を受けているかも知れない。


「確かに男性は料理上手の女性好きな傾向はあるよ。でも、今のこの世の中でそんなのばっかり求める男は空気読めなさすぎ。っていうか料理ぐらい男もやれ!」


 珍しく口が悪くなった秋人に美月も笑ってしまった。


「そんな空気の読めない男と結婚したら苦労するぜ。むしろ藤部先生は、料理出来ない事をアピールしちゃってもいいんじゃね?」

「そ、そんなんでいいの?」


 思っても見ない提案なのか、藤部も目が点になっていた。


「そのアイデアいい気がする。料理上手になって婚活でモテてもコスパ悪いじゃ無いですか。藤部先生を理解できる人を探した方がいいですよ」

「おー、美月ちー。いい事言うな! そして結婚相手が料理やらなかったら、オレの本を読ませて調教すればいい」


 秋人はどこから自分のレシピを取り出し、藤部に宣伝していた。


 なぜか藤部は大笑いしていた。


「そうね、私は婚活でモテようとしていたのが問題だった……。美味しいり料理の画像をSNSであげても無駄だったのね。遠回りしていたわ」


 藤部は、美月に弁当の件を頭を下げて誤った。


 別に謝って貰いたいわけではなかったが、こうして謝罪されると心がスッキリしたのは事実だった。


 こうして消えた弁当にまつわる謎は全て解けた。

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