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5 泣きじゃくる

 イルバートと別れ、僕はエステルの姿を探して夜会が行われている広間を歩き回った。


 ダンスに興じる人々の間をぶつからないようにすり抜けて進む。

 すると、壁側に立っているモスグリーンのドレスの令嬢と目が合った。


 ……ああ、またアイツだ。

 僕の気を引くためのグリーンのドレスにうんざりとして、僕はため息をつく。あからさまに嫌そうな顔を見せてやったのに、グリーンのドレスの令嬢はすぐにこちらに近寄ってきた。


「……ガレット」

「フェリクス殿下、お待ちしておりました。ちなみにわたくしはガレットではなく、アレットでございます」


 相も変わらず美しいお辞儀(カーテシー)を見せるアレット・ミドルダムだが、今は彼女に構っている暇などない。

 僕がご機嫌を損ねてしまったエステルと、もう一度ゆっくり話をしたいのだ。


「殿下、お待ちください。お話がございます」

「すまない、また今度」

「いいえ、少しだけでも結構です。殿下と私の婚約の話は、もう立ち消えてしまったのでしょうか……。今日は私と踊って頂けるものとばかり思って、楽しみにしておりましたのに」

「ガジェット。私は今、人を探しているのだ。君の話に付き合っている時間はない」

「フェリクス殿下、わたくしはガジェットではなくアレットです」

「あ、ああ……そうだったか」



 その時ちょうど楽団の演奏が止まり、ダンスが終わった。招待客がダンスの相手を交代しようと動き始める。

 人ごみにぶつからないようにフロアの端に移動すると、人だかりの向こうからからお尻をフリフリしながら歩いて来る女性が目に入った。


「……エステル!」

「フェリクス殿下!」


 迫力満点のド化粧顔が間近に迫る。

 僕は勇気を出して彼女に手を差し出した。


 もう一度君と向き合いたい。

 君はきっと、あの頃のエステルと変わっていないはずなんだ。()()は。


「エステル! 話がアリマス」

「お話? ねえ、それよりもフェリクス殿下。こちらの緑色の泥棒ネコさんは、一体どなたなのかしら?」


 グリーンのドレスのアレット・ミドルダムのことをキっと睨みつけ、彼女を「泥棒ネコ」と呼んだエステルは、僕の横をすり抜けて尻プリプリでアレットに近付いた。



「泥棒ネコとは……わたくしのことでしょうか? エステル王女殿下」

「そうですわよ! わたくしの()婚約者であるフェリクス殿下に、横からちょっかいをかけた泥棒ネコちゃんは貴女かしら?」



 エステルは両手を胸の前で組み、顎を上げてアレットを睨みつけた。尻もプリプリしているが、胸も大分プリプリしているな。


 ……おい、ダメだぞ。変なところを見るんじゃない。



「エステル王女殿下、私がフェリクス殿下にちょっかいなどと……誤解でございます」

「そうだ、エステル。オムレットは僕とは全く関係ないんだぞ!」

「フェリクス殿下、私はオムレットではなくアレットですが」



 すると、先ほどまでオムレットを睨みつけていたエステルの目から、ポロポロと涙がこぼれ始めた。突然なぜ泣き始めるんだ?! 僕は何か嫌なことでも言ってしまったか?


 もしかして、卵アレルギーとか?

 オムレット、嫌い?


 とりあえずハンカチを差し出してみるものの、エステルの涙は止まらない。

 目の周りにべっとりと施した化粧を大粒の涙でにじませながら、彼女はまるでトーテムポールのような不思議な顔に変化していく。



「うっ……ううっ……」

「エステル、少しここを離れよう。もう一度庭園でゆっくり話をしないか」

「……フェリクス様、ひどすぎます……ぐすっ」



 泣きじゃくるトーテムポール、もといエステルを無理矢理に庭園に連れ出し、先ほどイルバートと話していたベンチに座らせた。

 渡したハンカチが落ちた化粧で真っ黒になってしまいそうだと少々躊躇したが、エステルの目から溢れ出る涙をハンカチで拭う。


 ハンカチには想像どおり、トーテムポールがベッタリと転写されていた。



 そのまま半刻ほど、エステルは泣き続けた。

 僕は何度もハンカチで涙を拭いてあげた。


 別に何か会話をするわけでもなく、ただ彼女の隣に座っているだけだったが、なんとなく昔に戻ったような懐かしい気持ちにとらわれる。


(そうか、子供の頃もエステルはよく泣いていたな。こうして僕がハンカチで涙を拭いてやったことも何度もあったような気がする。懐かしいな)


「……ははっ!」

「うっ……フェリクス殿下、もしかして私のことを笑いましたか?」


 懐かしい光景を思い出してふと漏れてしまった僕の笑いに、エステルが顔を上げる。


(あ……)


「エステル、化粧がほとんど取れてる……」

「ええっ?!」



 半刻も泣き続ければ、化粧が取れてしまうのも当然だ。


 すっかりノーメイクのすっぴんになった彼女の顔は、間違いなく僕の愛してやまない可愛い婚約者、エステル・ダンシェルドの顔だった。

 昔と変わらない大きくてまんまるな目、透き通るような白い肌、そしてほんのり薄紅色の頬。

 僕はつい無意識にエステルの頬にそっと触れてしまった。エステルはそれに驚いて身をそらす。


 僕はエステルの方に向かって座り直した。

 今だ、勇気を出して本音で話そう。


「……エステル、君と話したいことがある」

「はい……」


 すっかり化粧が落ちたエステルになら、緊張せずに話せる気がするよ。


 どうして君はこんなにも変わってしまったのか、理由を聞きたい気持ちもある。


 でもまずは、何よりも先に、僕のこの六年間の募る想いを伝えたい。

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