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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

死出山怪奇譚集序編 〜Introduction for Starlight Paradise〜『別れの旅路と二つの想い』

作者: 無名人
掲載日:2022/10/07


 …この世界(せかい)とは異(こと)なる何処(どこ)かにある世界(せかい)、冥界(めいかい)。彼岸(ひがん)ともあの世(よ)とも呼(よ)ばれるこの世界(せかい)は、現世(げんせ)とは異(こと)なる時間(じかん)が流(なが)れているようだった。その世界(せかい)の生物(せいぶつ)は、現世(げんせ)では考(かんが)えられない程(ほど)長寿(ちょうじゅ)で、異形(いぎょう)と呼(よ)ばれる存在(そんざい)も多(おお)かった。

 そんな冥界(めいかい)には、死神達(しにがみたち)が暮(く)らしていた。彼(かれ)らは現世(げんせ)に赴(おもむ)く一方(いっぽう)で、現世(げんせ)の人間達(にんげんたち)とよく似(に)た暮(く)らしをしていた。



 死神達(しにがみたち)を束(たば)ねているのが、風見(かざみ)昴(すばる)、彼(かれ)は冥府(めいふ)神皇(しんのう)、冥界(めいかい)の王(おう)だった。彼(かれ)は冥府(めいふ)の仕事(しごと)の一方(いっぽう)で、現世(げんせ)で暮(く)らしている妻(つま)の杏(あん)を気(き)にかけていた。

 老(お)いる事(こと)も死(し)ぬ事(こと)もない昴(すばる)の一方(いっぽう)で、人間(にんげん)の杏(あん)は昴(すばる)の感覚(かんかく)ではあっという間(ま)に老(お)いてしまう。そんな杏(あん)を昴(すばる)はどうしようともしなかった。不死不滅(ふしふめつ)の魂(たましい)を持(も)つ昴(すばる)にとって、どのような存在(そんざい)もいつから姿(すがた)を消(け)し、自分(じぶん)は孤独(こどく)になると分(わ)かっていたからだ。

 そのように考(かんが)えていた昴(すばる)は、杏(あん)を無理(むり)に延命(えんめい)しようとはせず、人間(にんげん)のまま送(おく)ろうとした。




 臨終間際(りんじゅうまぎわ)、昴(すばる)は冥府(めいふ)の業務(ぎょうむ)を置(お)いて、現世(げんせ)に向(む)かった。そして、事情(じじょう)を知(し)らない者達(ものたち)に孫(まご)と偽(いつわ)って杏(あん)の元(もと)に現(あらわ)れた。それが可能(かのう)な程(ほど)に夫婦(ふうふ)の見(み)た目(め)の年齢(ねんれい)はかけ離(はな)れていたのだ。


 家(いえ)でずっと大人(おとな)しくしていた杏(あん)は、昴(すばる)の姿(すがた)を見(み)て微笑(ほほえ)んだ。

「昴(すばる)がここに来(き)たって事(こと)は、私(わたし)はもう死(し)ぬのかな…。」

昴(すばる)は、首(くび)を縦(たて)にも横(よこ)にも振(ふ)らなかった。ただ、杏(あん)をじっと見(み)つめている。

「杏(あん)…、死(し)んだらもう俺(おれ)の前(まえ)に現(あら)われるなよ。」

「どうして?」

「杏(あん)なら、遠(とお)い昔(むかし)にお前(まえ)がそうしたように生(う)まれ変(か)わってまた俺(おれ)に会(あ)いたいと願(ねが)うだろう?」

杏(あん)が頷(うなず)くと、昴(すばる)は顔(かお)をしかめた。

「生(う)まれ変(か)わり続(つづ)けるのはな、時(とき)に苦(くる)しみの連鎖(れんさ)になるんだ。杏(あん)にその業(ごう)を背負(せお)わせたくはない。それに、俺(おれ)は不死不滅(ふしふめつ)の存在(ぞんざい)だ。どんなに生(う)まれ変(か)わったとしても、ずっと俺(おれ)の側(そば)に居(い)られる訳(わけ)じゃない。」

「そっか…」

杏(あん)は頭(あたま)にずっと着(つ)けていた花飾(はなかざ)りを昴(すばる)に手渡(てわた)した。もう何十年(なんじゅうねん)と着(つ)けていたものだ。すっかり古(ふる)びてしまった。

「本当(ほんとう)に歳(とし)を取(と)らないんだね。」

杏(あん)は昴(すばる)の頬(ほお)に触(ふ)れた。

「一瞬(いっしゅん)だけでも昴(すばる)と一緒(いっしょ)に居(い)れて幸(しあわ)せだったよ。」

「ああ…、そうだな。」

昴(すばる)がもう一度(いちど)杏(あん)に声(こえ)を掛(か)けようとした時(とき)、杏(あん)は既(すで)に息(いき)を引(ひ)き取(と)っていた。昴(すばる)は、杏(あん)の亡(な)き殻(がら)を抱(かか)え、そっと布団(ふとん)に寝(ね)かせた。




 葬式(そうしき)を済(す)ませた後(あと)、何事(なにごと)もなかったように昴(すばる)は冥界(めいかい)の宮殿(きゅうでん)に戻(もど)って業務(ぎょうむ)をしている。

「杏様(あんさま)の事(こと)、送(おく)らなかったのですか?」

冥府(めいふ)神霊(しんりょう)の長(おさ)で昴(すばる)の部下(ぶか)のグルーチョが、昴(すばる)にそう尋(たず)ねた。だが、昴(すばる)は何(なに)も答(こた)えない。

「智様(さとしさま)も真莉奈(まりな)様(さま)も自(みずか)らの手(て)で送(おく)り届(とど)けたといいますのに…。」

部下(ぶか)の小言(こごと)も今(いま)の昴(すばる)には届(とど)いていないようだ。

「この宮殿(きゅうでん)、杏(あん)も気(き)に入(い)ってたな…。」

昴(すばる)は目(め)の前(まえ)の書類(しょるい)の山(やま)とグルーチョを置(お)いて何処(どこ)かへ行(い)ってしまった。




 昴(すばる)が向(む)かったのは、宮殿(きゅうでん)の庭園(ていえん)だった。そこには、現世(げんせ)から持(も)ち出(だ)した木(き)や、冥界(めいかい)の植物(しょくぶつ)が植(う)えられている。中(なか)には、ある人(ひと)の魂(たましい)が植(う)えつけられた特別(とくべつ)な木(き)があった。それは、昴(すばる)の父親(ちちおや)の桜弥(さくや)と祖母(そぼ)の梨乃(りの)で、彼(かれ)らは桜(さくら)と梨(なし)の木(き)で眠(ねむ)っている。

「父(とう)さん…、それからばあさん、居(い)るんだろ?」

二(ふた)つの木(き)は何(なに)も言(い)わなかった。二人(ふたり)はずっと昴(すばる)を見守(みまも)り、声(こえ)を掛(か)けるのだが、今回(こんかい)は何(なに)も言(い)わなかった。



 昴(すばる)は二人(ふたり)を諦(あきら)め、庭園(ていえん)を出(で)ようとした。その時(とき)、植(う)えてあった杏(あん)の木(き)が光(ひか)っているのに気付(きづ)いた。近付(ちかづ)くと、木(き)から声(こえ)が聞(き)こえる。それは、現世(げんせ)で別(わか)れたはずの杏(あん)の声(こえ)だった。

「昴(すばる)、来(き)たよ。」

昴(すばる)は驚(おどろ)きの余(あま)りしばらく声(こえ)が出(で)なかった。それに杏(あん)は心細(こころぼそ)くなる。

「やっぱりだめかな?」

昴(すばる)はお帰(かえ)りと言(い)う代(か)わりにこう答(こた)えた。

「気(き)が済(す)むまでここに居(い)ていいから、終(お)わったらもう行(い)けよ。」

「うん…、ありがとう」 

杏(あん)は幻(まぼろし)の姿(すがた)で現(あらわ)れ、昴(すばる)を抱(だ)き締(し)めた。

 昴(すばる)は、自(みずか)らの意思(いし)で木(き)の中(なか)に入(はい)った杏(あん)に戸惑(とまど)っていたのだ。木(き)に宿(やど)った二人(ふたり)の話(はなし)はしたが、まさか杏(あん)が入(はい)る事(こと)は考(かんが)えもしなかった。もうしばらく一緒(いっしょ)に居(い)られるのを嬉(うれ)いと思(おも)う一方(いっぽう)で、死(し)んでも離(はな)れられないのかと申(もう)し訳(わけ)なく思(おも)う自分(じぶん)も居(い)る。昴(すばる)は杏(あん)と離(はな)れた後(あと)もずっとそれを考(かんが)えていた。

 


 それを見(み)ていた二人(ふたり)は昴(すばる)と杏(あん)には聞(き)こえない声(こえ)で話(はな)した。

「嫁(よめ)には優(やさ)しいんだな、俺達(おれたち)はこんな扱(あつか)いなのによ。」

「まぁ…、それだけ杏(あん)さんが昴(すばる)にとって大切(たいせつ)だったって事(こと)じゃない?」

桜弥(さくや)と梨乃(りの)は動(うご)けない中(なか)、昴(すばる)をじっと見守(みまも)っていた。



 …冥界(めいかい)に隕石(いんせき)が堕(お)ちる前(まえ)の、平穏(へいおん)な日々(ひび)の一幕(ひとまく)だった。



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