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狂い悪夢に一人と一匹  作者: 灰猫 無色
9/13

9.セレーネの邪魔をする者へ

※一度でも交わった深淵からは逃れられない。いや、そもそも関わらないことが不可能だったのだ。


※コロナワクチンの2回目が思いの外強烈で遅れました……。

 悪夢が悪夢でなくなった。

 いや、厳密には違うのだけど大筋はそうなった。

 何せ、襲ってくる悪夢がすぐに終わるようになったから。


『響介……』

「大丈夫だよ、獏。捨てはしないから」

『いや捨てられるのは考えてないけども!!』


 悪夢と思わしき夢を見始めた、と思ったら終わっている。

 巨大な猿が顔を出したらそのまま小さくなると、猿として活動を始めてただの巨大動物園巡りになったり。

 あるいは以前も来たことがあると思われる、変に側面の郵便マークが伸びて十字架っぽくなってる郵便ポストが立っているだけだったり。

 本の大群が来たらそのまま図書館を作ったり。

 驚異を認識するより前に、驚異がなくなっていく。


「何にせよ、白鳩が飛び交う世界(平和な日々)が続くならいいじゃないか」

『良くない!! いや良いんだけども!!』

天秤が傾くは(どっちなんだよ)?」

『本当に良くないその言葉がおかしい(お気楽にしている)ところ!!』

「そんなに気にすることかな」

『だーもーそーじゃないんだってばぁ!?』


 気楽にしている、って言うけど、実際のところはカラ元気を見せているだけだ。

 僕は今、ナニカが曖昧になっている。

 それは記憶かもしれないし、言葉かもしれないし、存在か、あるいはそれ以外なのかもしれない。

 獏の反応を見る限りは恐らく言葉は確実だろうけど、それ以外も怪しいと思う。

 とはいえ獏も獏で若干勘違いしている節があるけれど。


「ある程度真実の鏡は覗き込んで(自覚はして)いるよ。今の僕は多分知恵を抜かれたかかし(言葉がおかしい状態)なんだろう?」

『んゃぁー! もうやだこのバカ!! なんとなくわかったけど面倒くさいよ!?』


 そう叫びながらゴロゴロと床を転げまわる獏。

 悪いとは思うけど僕じゃどうしようもないからなぁ。


『とりあえず、響介は、出かけるの、禁止。わかった?』


 ……え?


「え、そんな!? 明日は待ちに待った夢野さんと初デートだよ? そんなこと言われても僕は絶対行くからね!!」

『こんな状態で良くそんなこと言えたもんだね? 今響介はまともな(現世の)言葉が、言えたり聞こえたり、できてないようにしか、見えないんだけど、どうやって誤魔化す気?』

「それは……というか、聞こえたりしていない?」

『まさかの自覚なし!?』


 ダメダメダメダメ! と全力で獏が追撃してきた。


『いいかい? 今の響介は普通の会話ができない(伝言ゲームをしている)状態なんだよ。多分、こうやって、よほど、短く、短文で、削って、よーやく、まともな、会話、だけに、なるんだよ』

「おお本当だ。獏の言葉が大丈夫だ問題ない(ちゃんと聞こえる)

『………………』

「あー、うん。こうやって、短文で、喋れば、いいかな」

『うむ』


 ちょっとだけドヤって、けれどすぐにイヤイヤと顔を振ってこちらに指を突き付ける獏。

 そういえば最近、獏がこういうちょっとしたリアクションをすること増えたなぁ。


『とりあえず、会話は、それで、いいかも、知れない。けど、聞くのは、対応、できないでしょ?』

「うぐ……」

『多少、意味が、ある言葉で、判別できれば、良いけど……試して、みようか』


 そういうと獏がスケッチブックに文字を書き始めた。


 ――ご飯美味しい運動嫌い――


『はい、今から、コレ、何回か、言うから』

「ねぇ、これって……」

ご飯美味しい運動嫌い(隠れご飯美味しい)、ご飯美味しい運動嫌い、ご飯美味しい運動嫌い(酒池肉林に肥満万歳)、ご飯美味しい運動嫌い、ご飯美味しい運動嫌い(かつ丼食べて牛になる)

「いやどういうことだよそれ」

『うん、やっぱり、変な、言葉に、置き換えられてるね』


 なんということでしょう。

 今までこの獏は同じ言葉を繰り返し言っていたらしい。

 酒池肉林に肥満万歳とか、かつ丼食べて牛になるとか、確かにそれっぽいけど違うなぁ。


 それはそれとして、獏は運動嫌いなのか。

 そして隠れてご飯を食べている可能性がある、と。


「そうだね。言葉の、問題はわかった。それは、それとして、獏の重りを強化する(運動量は増やす)

『あり? 何か嫌な予感……』


 言葉が変換されるのは、こういう時ちょっと便利かもしれない。






 そして翌日。

 僕は気分良く着替えて、待ち合わせ場所に向かっていた。

 ダメだと言っていた獏にはあの後ちー子に煽ってもらって、とても疲れる運動をしてもらった。

 『あとで覚えておけよ!!』なんて叫ぶ獏を見るちー子は、猫ながらとても愉悦な表情を浮かべていたと思う。

 ただその甲斐があってか、今日の獏はお寝坊さん状態だから安心して家を出ることができた。


 そして。


「じーっ……」

「夢野さんおはよう」

「……おはよう、ございます」


 待ち合わせ場所のカフェで先にお茶を飲んでいたら、ジト目でこちらを見下ろす夢野さんが。

 うん、可愛い。


「夢野さんも、何か飲む?」

「……じゃあ、カフェオレで」


 おずおずと警戒しながら座る感じが小動物っぽくて良い……。


「あの、天音くん。なんで拝んでるの?」

「何となく」

「はぁ……」


 首を傾げるのも非常に良い。産まれてきてくれてありがとう。

 と、それはそれでおいておこう。


「とにかく、今日はありがとう。お誘いを受けてくれて」

「いや、まぁ、その、はい。約束しましたからね」


 目をあちこちに泳がせながら、しどろもどろに答える夢野さん。

 勢いで誘ったようなものだけど、来てくれて本当に良かった。


「それに、今までにない気迫だったし……」

「あはは、そうでもないと夢野さん、逃げちゃうでしょ」

「だって恥ずかしいじゃないですか!」


 もーっ! と顔を赤くしながら、やってきたカフェオレのカップを、両手で包み込むように持って飲んでいる夢野さんは新鮮な感じがする。

 なんというか、庇護欲が湧くなぁ。


「そもそも今回の天音くんは、結構強引だったと思うんだけど」

「嫌じゃなかった?」

「とても珍しかったです……」


 なんだろ、可愛い以外の語彙力が消えていく……。

 これが、尊い、か。


「って、それは良いんです! それよりも天音くん、チケットは忘れてないよね?」

「それはもちろん」


 そう言って取り出したのは、遊園地のチケットが二枚。

 珍しく商店街のくじ引きで当たった時は思わず小躍りしたものだ。


「遊園地なんて久しぶり……中学生以来かな」

「大体そんなものだよね」

「ねー」


 ……よし。ここまでは問題なし。

 普通に喋れているようだし、変な言葉が聞こえたりもしていない。

 僕の方はできる限り区切って言うか、短文を言えば問題ない。

 思わず長めの言葉を喋ったら運次第だけど、今のところは大丈夫。

 どうか、どうかこのまま穏便に、成功に終わらせたいところだ。


「それじゃ、そろそろ行こうか」

「はい!」




 およそ十年ぶりの遊園地は、当時と違ってとても有意義なものだった。

 夢野さんがジェットコースター好きだったのは想定外だったし、お化け屋敷で抱き着かれたりするハプニングもあったけど。


「ちょっと休憩しようか」

「そうだね。夢野さんは、ベンチで待ってて。飲み物でも、買ってくるよ」

「炭酸以外でお願いします!」

「了解」


 そう言って夢野さんから離れてから、僕は人気(ひとけ)がない場所へ向かっていた。

 次第に人が少なくなって、いなくなり。

 立っているのは僕一人。いや二人。


「で。これは夢? それとも現実?」

「狭間へようこそ、天音響介」


 振り向いた先にいるのはピンク色のナース、いや、その恰好は麦わら帽子に白いワンピースと、今までのナースの恰好を見慣れている身としてはかなり新鮮に感じるものだ。


「全く、恋を育む(デートの)時ですら来るなんて。泥棒だって火事か見る(非常識が過ぎる)よ?」

「アハハ! 順調に確実にスープへの道をまな板の上で踊っているわね!!」


 心底おかしそうに笑う彼女だけど、今の僕には大変不愉快だ。


「せめて他の時間にしてくれないかな。君に今の時間を邪魔されたいとは朝露の雫すら惜しい(一ミリも思わない)

「あらあら、そうは言っても貴方がこちらへ来ているのよ? 私のせいじゃないわ」

「だとしても、蜃気楼のようにいる(今ここにいる)のは君の意思だろう」

「それはそうよ! こんなヤギの歌を聞き逃すなんてもったいないもの」


 狂ったように笑う彼女に、けれど僕はどうやって対応したものか検討がつかない。

 獏はいないし、僕に何ができるかはわからない。そもそも狭間と夢は違うし、何もできない可能性の方が高い。

 ただ言えるのは、彼女をどうにかしないといけない、ということだけだ。


「あら、その目……貴方が竜を狩れるとでも?」

「ドラゴンスレイヤーか、良いね。残念ながらここにいるのは羊の皮を被った狼だけど」

「それじゃ、あなたは赤ずきんね。猟師はどこにもいないけど」

「知ってるかい。現代じゃ戦う赤ずきんなんて、そう珍しくもないんだよ」

「それはそれは、脳髄が震えるわ!!」


 そして彼女が巨大な注射器を取り出して構えた瞬間、大きな音と共に空間が歪んだ。

 周囲はキャンディーやお菓子が雲のように浮かんでいて、地面は有名なブロック型の知育玩具。

 そしてどこかふわりとしたこの感覚は、夢の中だ。


「え!?」

「……残念、今日はここまでのようね」


 心底残念そうに言う彼女は、いつの間にか消えていた。


「また会いましょう。次が、ラグナロクの終わりよ」


 そんな言葉を残して。




「お待たせー」

「あ、天音くんおかえりなさい。ちょっと遅かったですね」

「ごめんごめん、迷っちゃって」


 離れてから時間にして十分くらいで、僕は現実に戻ってきていた。

 多分狭間の世界や夢の世界の時間は、夢を見ている時と同じで現実時間より加速している状態なのだろうと思う。

 何にせよ、デートの計画が壊れなくて良かった。


「そういえば天音くん、〇〇さんって同じ研究室の人、覚えてる?」

「……え?」

「だから、〇〇さん。さっき彼女も遊びに来てて話してたんだけど、天音くんを知らないみたいだったから。同じ木に枝として(研究室に)生えている(所属している)のにね」

「………………」

「天音くん?」

「あ、ああ、ごめん夢野さん、なんでもないよ。そっか、そういうこともあるよ、きっと」


 ……なんで。


「〇〇さんもそうだけど、△△くんもそういえば最近話してないよね。教授もそろそろ発射(卒業)に向けた燃料補給(論文制作)とか始めなさい、って言ってたけど、天音くんは何か決めてる?」

「そう、だね。今は、まだ」


 ……どうして。


「そっかぁ。早めに決めないとね」

「うん……」


 名前が、わからないんだ。

拙作を読んでいただきありがとうございます!


良ければ評価やレビュー、ブクマ等頂けると、大変嬉しいです!


次回投稿は11月28日20時予定です。

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