5.鳴る腹に冷や汗
※帰るまでが遠足です。
ぐきゅーごろごろ、とお腹から音が鳴る。
これがただ単にお腹が空いているから、というだけなら良かったのだけど、問題はトイレの住人と化していることで。
『響介ー。そろそろ出てくれない?』
「悪いけど今それどころじゃないというか獏ならペット用使えるでしょそっちよろしくぅ……」
『モルはできればそっちは使いたくないのだけど』
「少なく……ともこっちは……しばらく空かない……!」
『しょうがないか。響介の家は何でトイレが二つないんだろ』
ペット有りとはいえ、一人暮らしの学生の家にトイレは二つもいらないからだろ。
『響介はひ弱だねぇ』
「拾い食いしてお腹壊した獏は言うことが違うな」
『あれはモル悪くないし! 道端にまだ食べれそうな残飯捨てる人間が悪いんだ!!』
「捨てる人間が悪いのは間違いないけど拾い食いするお前も悪い」
『理不尽!!』
お腹の痛みに耐えながら喋ると、一息で喋った方が楽な時が多いな……。
そう思っていると若干目の前がチカチカしてくる。
強烈な腹痛に目眩がしてきたようだ。
トイレに入る前に薬飲んで水分補給して、と準備を整えたのはある意味幸いだったというべきか。
そのまま僕は意識を落としたのだった。
というわけで、闘技場みたいにとても広く拓けた場所がある大森林で、絶賛便器に襲われています。
何なら腹痛も時たま襲いかかってくるおまけ付き。
『うっわばっちぃ。響介遠距離攻撃で倒してよ』
「言われなくても!」
洋式和式問わず、なんなら小用だとかも飛んで、いや泳いでくる始末。
夢と分かっていても魚みたいに胴体部分をくねらせているのは、無機物のはずなのに違和感がない。
それをどこからか、何か光の弾がマシンガンみたいに対空射撃されて撃ち落としていく。
倒された便器は爆発するようだ。
『それにしても急に寝たのを感じてビックリしたよ』
「最近、悪夢に引き込まれてる気がする……」
『あー……』
獏が返事をしないということは、つまり本当に引き込まれてるってことだろう。
口から出任せで言ってみただけなんだけどな。
「ひょうたんから駒、か」
『む、計ったな!?』
「たまたまだよ」
そう言いながら便器を三枚下ろし……いやいやいや!
「獏、なんか普段以上に意味がわからないんだけど」
『多分体調が悪いからじゃないかな』
「納得」
『飲み込まれないようにね』
わかってるって返事がしたかったけど、腹痛。
動けなかったけど、投網みたいに網目状の光が便器達に向かって投げられて、触れた便器が次々と爆発していく。
『おー、一網打尽』
獏が感心したように呟いている。
けどまだまだ魚たちが……え?
『響介!』
「っ!!」
グラッと、意識が傾いた。
空を舞っていた便器はいつの間にかいなくなっていて、代わりに魚が泳いでいた。
そして突撃してくる頭が槍の穂先になっている魚群。
それをお腹の痛みに耐えながら避ける、避ける、避ける。
「こっちは、絶賛、体調不良、だって、のに!」
悪態を吐いたところで状況が変わるわけじゃない。
というか、地味にお腹付近狙ってきてないか?
離れた視点で僕のジッとしている残像? を見ていると、パパパパパッ! と見事にお腹ばかりを貫いてくれた。
『おー、ものの見事に弱ってるところを狙ってきてるね』
「これ、もし今回ミスったらどうなると思うよ」
『良くて腹痛悪化、悪くて実は寄生虫だとか胃潰瘍とか?』
「流石に即死の可能性がある食中毒はないんだ」
『モルがいるからね! あとは多分だけど、サクッと殺しちゃうよりは一瞬とても苦しめるか長く細く苦しめて、負のエネルギーを継続的に摂ろうとしてるんじゃないかと思う』
「なるほど」
じゃあどんなに夢で負け続けても死ぬことはな『あるよ』い?
『そこは勘違いしちゃいけないよ。君、何度か死にかけているのを忘れたのかい』
そういえばそうだ。
例えばインフルエンザ、例えば無呼吸症候群、例えば後遺症も前兆も何もない謎の心筋梗塞。
頻度こそ少ないけれど、確かにちょっとでもボタンの掛け違いがあれば、死んでしまっていたものだ。
『モルが常に一緒にいるから忘れがちかもしれないけど、君はそもそもいつ死んでいてもおかしくない影響を、何度も受けているんだからね?』
「あ、ああ」
『大体、モルがいるから低減できているということは、モルが万が一いなかった時、あるいは負けた時の被害がモルの低減範囲を越えた時は、間違いなく死ぬんだから』
こういう時に攻撃が飛んでこない漫画展開だから夢は助かる。
おかげで獏に言われた内容を改めて噛み締め、考え直す時間が作れた。
「了解、全力で倒しにいくよ」
『あ、言っとくけど勝ってもボロボロにはならないでね! 流石に何度も死んだり同じ場所をボロボロにされたら、モルもどうなるかわからないから』
「おおっとー」
とりあえず倒す、ってつもりで特攻しようとした瞬間だったから思わずたたらを踏んだけど、目の前を何かが飛んで地面に丸い穴を開けたていたから助かった。
「モルモルないすー」
『モルモルじゃない、モルペウス!!』
「はいはい獏ちゃん獏ちゃん」
『むぐぐぐぐ』
「あとでアイス買ってあげるから」
『プリンアイス!』
ちっ、微妙に高いのを……。
「不承不承了承しました」
『……君、それが言いたかっただけだろ』
「バレてしまったかー」
なんて呑気な会話をしているのは、単純作業に切り替わったからだ。
畳返しで飛んでくる魚を吹き飛ばし、地面から飛び出すトマホーク(斧)とトマホーク(ミサイル)で撃ち落とし、頭が刀で出来た魚が刀部分だけ畳を貫通したところで止まる。……刀?
「ってぉわあ!?」
ドドドドドと返して盾みたいに反り立つ畳たちに次々と轟音と共に刀魚……太刀魚が刺さる刺さる。
凄い勢いで刺さるものだから爆発しそうという思考が頭を掠めて、実現した。
『バカバカバカ! 響介のバーカ!! 今変なこと考えたろ!?』
「やらかしたああああ!!」
テレビでも早々見ないような、一昔前の戦場さながらの轟音と爆音が、視界を塞ぐ煙と共に周囲に破壊を撒き散らす。
ちなみに太刀魚の頭は刀のままだった。
『というか何あの謎生物! 相変わらず君どんな脳味噌してんの!!!!!?』
「僕だって知りたいわこんなの!? というかあんなの一ミリも想像してない、ってギャー!?」
『うわー!?』
太刀魚とミサイル魚まで来たし! なんなら少しずつ魚みたいに身をくねらせて、ホーミングするようになってるし!!
「悪意あり過ぎじゃない!?」
『ひいぃぃぃ! 響介、きょーすけぇ!?』
「わっぷ、顔に張り付くなぁ!!」
獏はとりあえず頭に載せ替えながら、全力疾走で逃亡する。
その後ろでドカンドカンと爆発音が聞こえてるのがとても恐怖心を煽る。
でもあれだな……。
「『ロボの足音みたい』だな」
ドカンという爆発音が、ズドンという重い音に変わった時、後ろを向いた先にいたのは尾ビレを起用に使って、まるで二足歩行のように爆走する巨大メカ魚だった。
「いやそこかーい」
銀閃が走り、走った場所と全く関係なく三枚下ろしとなったそれを、普通の七輪で焼く。
『え、響介それ食べるの……』
「食べないよ!?」
真っ暗な映画館でポップコーンを膝に乗せながら、僕はスクリーンに投影されているそれを見てため息を吐いた。
「獏、食べる?」
『食べるー!』
獏にポップコーンをパスしてから背もたれにゆっくりと体重を預ける。
どうやら今回も何とか終わったみたいだ。
安心したところでゆっくり意識が暗転していき……。
お腹が裂けて、中からメスを持った女性の手がぬるりと現れた。
「……っガ!?」
『響介!!』
「狩って動かぬ石像を見て頷くツクシなら、赤子でも容易く触れるのよ」
「〜〜〜〜っ!!」
『響介、無事かー?』
「なん、とか……っぐぅ!!」
幸いなことに激痛、というわけではないのだけど、お腹の調子は正直最初の頃より酷くなった。
あの夢から醒める直前の攻撃の影響を、獏も完全に取り除くことはできなかったらしい。
『でも良かった。あそこで無理にモルが対応するまで耐えたりでもしたら、もう一戦続いたかもしれないよ』
「そうなったら……ジリ貧な……気がする」
『そうだねぇ。あの女、ずぅっと響介を狙ってるみたいだからね』
「大丈夫、なのか?」
『モルがいる限りは大丈夫! 任せろぅ!』
つまるところ、獏がいないと厳しい、と。
とはいえ、獏が来てから日に日に悪夢に対抗できることが増えてきたから、感謝しかないのだけど。
「とりあえず、出すもの、出したら、プリンアイスと、別の、買ってくるよ」
『え、マジ!? 響介太っ腹ぁ!!』
やったぁ! と小躍りしているだろう獏の姿を思い浮かべながら、結局トイレから抜け出せたのは一時間後だった。
拙作を読んでいただきありがとうございます!
良ければ評価やレビュー等頂けると、続きを書く気力が上がります!
※遅筆なのとお仕事の影響で遅くなりました……。できる限り週一投稿は頑張っていきたいと思います。
ワクチンの副作用辛ぁい_(:3」∠)_