4.主従逆転により晴れになるでしょう
※喧嘩するほど仲が良い
「ん-……疲れた」
思い切り背伸びをして、それから膝の上で寝るちー子を撫でる。
区切りの良いところで作業を止めて、ふて寝してベッドを占拠している獏を見る。
「あのさ、いい加減諦めたら? 僕の膝の上はお前の場所じゃないって」
『いいじゃないかモルが乗ったって……モルは毎日お風呂に入ってるから、毛並みも毛艶もそこの猫よりよっぽど良いんだぞ……』
「毎日洗え、って言われて洗ってるのは僕なんだけど」
『モルが自分の身体を、この手足で満足に洗えるとでも?』
「ちー子は毛づくろいできるんだけどなぁ」
『うるちゃい!』
とはいえ、実際に存在する獏と違ってこのモルペウスのサイズはせいぜいが猫サイズ。
膝の上に獏を乗せたところで重さは重くはないのだけれど、残念ながらちー子優先なのだ。
「諦めなよ。獏とちー子じゃちー子優先だ」
『むむむ……彼女ができても同じことを言えるのかい君は』
そう言われて夢野さんが彼女になった時を想像してみる。
こう、なんだか見ていて心配になるというか、ふわふわしているから……。
「多分彼女優先じゃないかな? とはいえ、できる限り両方取るけど」
『じゃあモルは!?』
「君は別だろ」
『なんたる理不尽!!』
いや、理不尽でも何でもないような……。
「洗ったりブラシわざわざ買って毛づくろいしたり、最近はたまに構ってるだろー」
『もっとかーまーえー!!』
「はいはい、時間を見てね」
『ちくしょおおおおおお!!』
とはいえ、ペット枠には変わりないし、最近はたまにもふる程度には気に入っているから、ちー子を下した後にベッドからひょいと拾って撫でてやる。
ちー子みたいなふわふわというよりも、なんとも言い難い、けれど若干癖になる撫で心地だ。
おとなしく撫でられながら、『そんなことでモルが安らぐとでもぉぉぁぁぁぁぁ……』と即落ち状態の獏をちー子とは別の寝床に置いて、電気を消した。
今日も悪夢を見るだろうけど、そんなに酷いことにはならないだろうという、どこか変な感覚と一緒に。
さて、今日は珍しく悪夢というよりかはヘンテコな夢だ。
積み木やブリキのおもちゃ、外国のドール? に日本人形……市松人形だったかな? が大量に浮いている夢だ。
床はカラフルなタイルで埋まっていて、どこか可愛らしい空間になっている。
更にはメリーゴーランド、遊園地にあるコーヒーカップの乗り物に着ぐるみのスタッフ。
観覧車に遠くにはジェットコースターやお城なんかもある。
まるで女の子の夢のようだと思いつつ、何かに襲われる気配もないのでとりあえず歩くことにする。
まさか今までみたいに襲われることがない、明晰夢のようになっているのが若干嬉しい。
「テーマパークに来たみたいだ。テンション上がるなぁ」
言ってみたかった台詞をそれっぽく言いつつ、実際にテンションを上げながら僕はアトラクションを楽しむことにした。
まずは何に行こうか。
そう思った時にぽんぽんと肩を叩かれた。
『天より地へ至り、響かせる狂乱のアルミ缶は胃の豪雨』
「あれ獏、何してるのさ」
振り向いた先にいたのは、人間サイズになって風船を持った獏ことモルペウスだった。
他の着ぐるみに混じって違和感がないところが面白い。
「風船でもくれるの?」
『筍転がし笑うランドセルの申し子か。つまるところ勤務態度は耳たぶ』
「それにしてもまさか獏もそっち側に回るのは予想外だなぁ」
ジェットコースターに獏と隣同士で乗りながら、参ったなと思う。
獏がこうなるってことは、いつ悪夢に抵抗できなくなるかがわからないということだ。
そうなったところで死にそうになるくらいで死にはしないから良……くはないけれど。
『そろそろBパートにて頂点。モルはお菓子でバーベキュー』
ガクンと高い場所で止まったと思ったら、一気に落下して加速したジェットコースター。
風を切って走り、顔面に風が叩きつけられる。
ボクは思わず震えた。
『これがネズミの背水。真っ赤な世界で――』
「ひゃっほおおおおおお!!」
『懺悔……を?』
中学生の頃に父さん、母さんと妹の四人で遊園地に行ったのだったかな。
当時はゴーカートだとかメリーゴーランドとかしか乗らなかったけど、ジェットコースターってこんな感じだったんだ!
叩きつける風が予想外に気持ち良いし、何なら電車くらいの速度で景色がグルグルするのも面白い。
「獏はジェットコースターに乗ったことがあるのか!? こんな感じだったんだな!!」
『スプーンでくり抜く演算子……』
「これ、もっと早くなるとどうなるんだろ?」
ガタン! と音を立ててジェットコースターが止まる。
故障かな? と思って獏を見てみると、顔が真っ青になっていた。
『笑顔でビルから野に咲く花になるつもり?』
「意味はわからないけど、楽しそうじゃない?」
『……SAN値チェック』
獏が呟いた瞬間に、更に早い速度でジェットコースターが動き出した。
まるで早送りをしているような景色の遷移に、息をするのも難しい風圧。
けれど何故か呼吸はできて、多分ヘルメットを被っているとこんな感じなんだろうと思う。
そしてそれは、とてもとても。
「さいっこおおおおお!!!!!!」
『みぎゃあああああああああああああ!!!!!! 未来予知でも数式ではない!?』
「あ」
風圧が唐突に消えて、気づけばほの暗い洞窟にいた。
少しだけ周囲を見てみると、相変わらず人間サイズの獏が涙を流しながら地面をドンドン叩いていた。
『コイツおかしいよ! おかしいだろ!?』
「あ、戻った」
どうやら獏が今までの悪夢みたいに変な日本語を喋るのをやめたみたいだ。
全く、と思わなくもないけどそれ以上にホッとした。
「獏が戻って良かったよ」
『響介……』
「流石に起きた時にもあのままになってたら、ちょっと政府とかに連絡しないといけないと思ってたから」
『一瞬期待して感動したモルの気持ちを返せ!?』
「冗談だよ。本当にそうなったら、悪夢の中でも迎えに行ってやるよ」
実際、その程度には獏に感謝してるし気に入っている。
ただ弄った時の反応が楽しくてついつい弄んでしまうけど。
さて、黙り込んでしまった獏を放置しつつ、雰囲気が変わった洞窟内を警戒する。
「ところで獏、お前があんなのになったのは――」
『モルの意思でやったから取り込まれたとかじゃないよ。それにしてもまさか響介がスピード狂だったとは思わなかった……』
小声だったから後半は聞こえなかったけど、とりあえず僕はあることに気付いてしまったので、鳥肌が立った手で獏を担ぐことにした。
『きょきょきょ響介!?』
「悪いけど走るぞー」
『んにゃああああああ!?!?!?』
パタパタと慌てたように腕を振るけど邪魔をしないで欲しい。あと耳元で叫ぶな。
『おろちぇ、下ろせ! モルを雑に扱うなー!』
「今下ろすと後ろのアレにナニされるかわからないけど、それでもいいのかー」
『アレ?』
いやぁ、夢の中で息が切れないのは本当にありがたい。
そうでもなければすでに僕は地獄を見ている。
『………………』
「あ、気絶した」
そんな獏を抱えなおして、後ろから聞こえるカサカサ音から逃げる。
だって嫌だろ。人間サイズのあの黒い虫とか。
しかも一匹じゃなくて洞窟の通路が埋め尽くされる程。
「それにしても、音がリアル過ぎるって!!」
あのサイズならドタドタ音でも良いと思うのに、振動すらない状態で静かに、圧だけで迫ってくる。
いや本当に気持ち悪いんだけど。
とりあえず明るい秘密基地で地雷ゾーンに入って、僕は壁を蹴ってやり過ごす。
次の瞬間、後ろでとんでもない爆発が起きた。
もちろん地雷ゾーンを飛び出したばかりの僕も巻き込まれるから、咄嗟に獏を前に抱え込んで基地から空に飛びだした。
「……ん? 空?」
ブブブブブブ!!
嫌な音がする。
うん、これは、後ろを見たくはないな。
なんならいつの間にか乗っている二人乗りの戦闘機で逃げ切りたいね。
「とはいえ――」
『あいつらモルたちを逃がす気はないみたいぞ!』
「あ、起きた?」
『夢なのに寝るとか起きるとかはないぞ?』
「気絶してたじゃん」
『しょうがないだろ!? 響介と違ってモルは耐性がないんだ!! 君は寝てる時に、アレに這いずり回られた経験があるとでも!?』
「ご愁傷様」
今日のご飯はちょっと良いやつにしてあげるか。
『で、どうするんだコレ』
「獏が主体で動かしてるわけじゃないみたいだし、いつも通りかな」
というわけで戦闘機が変形しながら反転走行し、そのままミサイルやレーザーやらバルカンを撃ちまくる。
次々と撃ち落される黒い虫に、うげぇ、と獏が顔を顰めていた。
『ヴァル〇リーよりマ〇ロス本体の方が良かったんじゃない?』
「いやぁ、戦闘機のコクピットだから戦艦は想像できなかった」
『さようで』
そのまま一匹残らず殲滅して、ほっと一息ついたところで意識が浮上していく。
「獏、今日何か食べたいの、ある?」
『ハンバーグ……っていいのか!?』
「たまにはいいでしょ」
『やったー!! モル、ハンバーグ好き!!』
子供みたいな感想を言いながら喜ぶ獏に和んでいたら、ドン! と音がして影が差す。
なんだ? と獏と揃って上を見上げたら、黒い虫が窓にびっしりと……。
「虎の威を借りても赤子ね」
「『ぎゃああああああ!!!!?!?!?』」
「……唐揚げも追加しようか」
『……異議なし』
一人と一匹揃って、大量の汗をかきながら目を覚ました最初の一言がそれだった。
あれは忘れるべきだ。
確かに身体的ダメージはないけど、精神的ダメージが来るのは想像してなかった。
今後は夢の醒め際も油断しないでいこう。
と、ちー子がすりすりと甘えに来た。
ちょっと嬉しく思って撫でると、するりと僕の手を抜けて部屋の外へ行った。
『響介』
「なに?」
『ごめん』
「いいよ。楽しかったし」
『あれは意味がわからなかった』
妙にしょんぼりとしている獏に、気にするなと笑って撫でてやる。
弄り過ぎも良くないな。
でもまたやりそうだから、今後は定期的に貢物上げたり構ってやったりすることにしよう。
そんなことを考えていると、ちー子が戻ってきていた。
「おかえりちー……」
その口にはあの黒虫が咥えられていて。
「うわああああああ!?」
『くぉんのクソ猫おおおおおお!?』
後日、黒い虫対策の道具を改めて買いそろえることにしたのだった。
拙作を読んでいただきありがとうございます!
良ければ評価やレビュー等頂けると、続きを書く気力が上がります!
また書き溜めがなくなったので、ここから毎日投稿ではなくなります。