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狂い悪夢に一人と一匹  作者: 灰猫 無色
3/13

3.濃縮ジュースを降らせない鶏肉カルテ

※狂え狂え、悪夢は狙う。

 これは良くない。


 本能が察した。察してしまった。

 本当に軽く気を抜いた程度だった。

 午後の講義に向けてお昼を食べたあと、研究室でうつらうつらと舟を漕いでいた。

 眠気覚ましにとコーヒーを飲みつつ、椅子に座りながらノートパソコンでちょっとした論文を書いていたのがいけなかったのか。

 気付いたら寝ていた。獏もいないのに。


「ほんっきで、やらかした……」


 悪夢を、見ていた。


 長い長い、先の見えない廊下のど真ん中にいた。

 厳かな宮殿とか神殿にありそうな高い天井とアーチに装飾は、とても華やかなものに違いない。

 明るい状態で見たのであれば、恐らく。


 ほんのりと先が見える程度の暗闇に、どこからか聞こえてくるコツン、コツン、という足音。

 正直なところ、下手なホラー映画とかよりもよほど怖い。


 相手の正体は不明。

 倒そうにも獏がいないから行動は制限されてるし、思考もどちらかといえばぼんやりしている。

 それでも不思議なことにある程度意識があるのが、この悪夢の腹立たしいところだけど。

 愚痴を言っていても意味がないし、ひとまずは夢に身体を任せることにする。


「……あ……たぁ!!」


 ぞわりとした。


「やばいヤバいヤバイ!!」


 夢の中を、獏がいる時と違って感覚がないままに走る、走る、走る。

 姿は見えなかったけど、明らかに視線を感じた。

 つまるところ補足された、ということだ。


 声だけでここまで恐怖を感じたのは久しぶりだ。というか、こんな強度の高いというべき悪夢なんて久しぶりに見た気がする。

 インフルエンザに罹った時並みかな?


「そこの子は事前予約を投函してこのガラクタ山へと飛んだのかな? (なめ)された羊毛のような川の中でゆるりと、日々の妄執を明後日の搭へ投げ込めば良いものを」


 喉が震えるどころか全身が震える。

 意味こそ分からないけど、言葉一つ一つに謎の重みと圧を感じる。

 視点は変わらず、ずっと変わらないアーチと暗闇の中を走っている。

 荒い自分の呼吸とコツン、コツン、という音に、空洞音のような謎の重い音にならない音が聞こえてくる。


「地図を破り捨てたカンダタは弾無し拳銃片手に地獄へ旅行。宇宙の切れ端の小さなほくろでも、努々傲慢に首つり男とランデブー」

「あー! もー! 意味! わからん!!」


 恐怖にこらえながら、巨大な炊飯器の米に紛れる。

 息を潜めろ、静かに深呼吸して心臓を落ち着かせるんだ。

 視線に敏感になれ、音を過敏に感じろ!!


「真っ白化粧の頭皮はただキャトルミューティレーションされ蜘蛛となって駆け回る。お地蔵さんはだぁれ?」

「がっ!?」


 急激にお腹へ衝撃が来る。

 スローモーションのようにゆっくりとした視界の中で、周囲のお米は全て浮き上がっていて。

 目の前には僕に胴体貫通ボディーアッパーを決めているピンク色のナース服の女性。

 長い前髪に隠れて表情は見えないけど、またもや鳥肌が立つような笑みを浮かべていた。


「あっ……くっ、ふっ!!」


 寒い。

 四肢の先端から徐々に身体が冷たくなっていく。


「矮小なれど不足する軽薄な味噌でも、空虚に吐き出される白子のツボ振りを見るのね。空から人生ゲームを腎臓で錬金すれば、コンパスの水銀をピアノで象徴したというのに」


 血は流れない。

 ちょっとした漫画の表現のように腕がお腹にめり込んでいる状態。

 それでも、死を間近に感じていることが不思議だった。


 ああ、そういえば夢って、こんなものだったな。


『………………』


 (うるさ)い。


『………………』


 五月蠅(うるさ)い!


『………………!!』


 うるさい!!

 唐突にガンガンと聞こえてくるそれは、けれどどこか暖かくて。


「……獏?」

『……!! ………………?』


 そういうわけではないようだ。

 他の何かが夢に入ってくる気配はない。

 ヘモグロビンの雨が降る中で、血だまりに僕は沈んでいく。


 そして気づけば、またアーチのど真ん中だ。


「……ループかぁ……」


 身体の冷たさはいつの間にかなくなっていて、血だまりもなければお腹に穴が空けられていることもない。

 今回は、あと何回これを繰り返すことになるだろうか。


「いや、違うか」


 何回、ここに戻ってくるか(・・・・・・・・・)、だな。

 ほら、またコツン、コツンと音が聞こえてきた。


「……や……る?」


 再度恐怖に襲われて走る。

 何故か通路が入り組んでいたり無駄に扉が大量にある病院の中を、僕は必至の形相で駆けていた。


「尻隠して二酸化炭素のエイトビート。入り江と南国を摂取!! 採り過ぎは太平洋の冷房よ」


 何故か通路の上に浮いている水晶を集めながら、時たま追いつかれそうになるのを謎の力で痺れさせるという行動を繰り返して逃げる。

 かと思えばベルトコンベアの上を流れる積み荷の一つとして流れ作業に身を任せて穴に落とされ、大量の人形に紛れてパレードに参加して視線を誤魔化す。


 けれど、どれだけ頑張ったところで結局は捕まってしまう。

 獏が来るまではずっとそうだったし、今回もそうだった。


「アスモデウスの鳥籠でもゼンマイ仕掛けは家出。瓶の蟻は鳥が運ぶ動かない蝋に劣るのよ」


 拘束具と巨大な杭で、僕は手術台に固定されていた。

 力は一切入らないし若干ながら視界が暗い。


「狩りたての生肉のような判決? クリームたっぷりのアドバンテームを、底なしバケツに埋め立てるようなメロスね。妖精の渇きを顕微鏡ですらゴム板と変えるのに」


 ピンク色のナースは誰かと話しているようだ。非常に怒っているのが口調と雰囲気でわかる。

 ただ、何に対して怒っているかは全くわからない。

 というか日本語を話せ、日本語を。


「桃色吐息をゴーヤで埋め尽くすのは九番目の所業。脱帽して屈折だわ。月の肺がアステロイドを回すまでで裁断ね」

「ぐぅ……!?」


 ブツブツ言いだしたと思ったら、右足首を殴られた。

 何度も、何度も、手に石を持って殴り続ける。

 見た目こそ変わらないし、音も何もないのだけど、痛みだけは増していく。


「痛い痛い痛い痛い!!」

「きびだんごのない桃太郎はハムスターよ」


 今度は右膝に巨大な注射器を刺してきた。

 激痛に目の前がチカチカするけど、起きる気配はない。

 起きないとおかしいのだけど、僕の見始めた悪夢はこんなもんだった。


『……!! ……!!』


 まただ。また、何か聞こえてくる。


『……? …………!』


 痛みが増していく中のその声はどこか落ち着くようで、少しずつ意識が浮上し始めたのがわかる。

 するとピンク色のナースがチッと舌打ちをした。


「黄色い血で火山が燃え盛るけど朝はいずれ地下を掘るもの。掘出物はいつでもお買い得。笑え」


 明らかに不機嫌な彼女を見ながら、視界が白くなって痛みが引いていく。

 何にせよ、助かった……。


























「……ん……まねくん、天音くん!!」

「んぁ……」


 誰かに肩を揺さぶられて目が覚めた。

 どうやら起こしてくれた人がいたようだ。


「ふわぁ………………おはよう、夢野さん」

「あ、天音くん起きた!? 良かったぁ……」


 若干目がうるうるしているように見える彼女は夢野(ゆめの) (はな)

 同じ研究室に所属している同期で、僕より若干背が低いふんわりした雰囲気の女の子だ。

 彼女がここにいるってことは……。


「もうそろそろ六限目?」

「いや、まだ五限目の途中だけど……天音くん、大丈夫? ものすごくうなされていたみたいだけど」

「え、そんなに」

「うん。呻いたと思ったらやめろ、とか息苦しそうだったり顔が真っ青になったり。身体も凄く冷えてたりもしたし……さっきなんて痛い痛いなんて、小声で叫んでたんだよ?」

「うわ、それは……ご心配をおかけしました」


 寝る前にはなかったブランケットが肩から掛けられてるし、夢野さんがやってくれたんだろう。

 というか寝ていてそんな寝言だとか知り合いでもドン引きレベルだろうに、むしろ良く起こしてくれたな。


「かなり本気でヤバイ悪夢だったから助かったよ。夢野さん、起こしてくれてありがとう」

「い、いやいや! その、力になれて良かったです」

「ブランケットも助かったよ」

「そ、それは、うん……」


 ちょっと照れたように頬を薄っすらと染めてはにかむ姿はまさにほんわか天使。

 そんな彼女に和みつつ、立ち上がった瞬間だ。


「っ!!!!!!?」

「天音くん!?」


 唐突に右足を襲った激痛に、ガタンッ!! と大きな音を立てて僕は椅子から転げ落ち、盛大に床に倒れ込んだ。

 慌てる彼女に大丈夫、と伝える余裕もなく、右足を見てみる。

 特に腫れてるだとか変色してる、という感じじゃない。

 ただ特定の方向以外に向きを変えようとすると痛みが走るようだ。

 ひとまずは深呼吸して心を落ち着かせて、また涙目、というか若干涙が出つつある夢野さんに心配をかけさせまいとひとまず笑いかけた。


「あー、多分これ、寝違えたね」

「寝違え……?」

「そ。首は良くある話だけど。多分これ変な体勢で寝てたな」


 足首と膝を曲げた状態で、少し椅子からずり落ちるような体勢だったのかな。

 ずっと同じ姿勢で膝と足首に負荷をかけていたから、発生したんだと思う。


「そういうことだから、心配しなくても大丈夫だよ」

「そう、良かった……」


 本気でほっとしている様子に苦笑しつつも、机に手を付けてバランスを取りながら立って、歩けるかは確認してみた。

 歩けなくは、ない。けれど足に負担をかけないように、痛みを与えないようにするから移動速度はかなり遅い。

 なにより、


「おっと」


 バランスを崩すと周りに壁とかものがないとコケて、寝違えから大怪我に繋がりそうだった。

 現に今も「危ない!?」と夢野さんが支えてくれなかったら危なかった。

 彼女にお礼を言いつつ、この後の講義と帰宅をどうするかを考える必要が出てきた。


「うーん、帰りはタクシーで良いとして、講義はどうしたものか」


 一日くらい出なくても、と思わなくもないけれど、例え暇な時間ができるとわかっていても取りたい講義だったから休みたくはない。

 ひとまず座って呻きながら悩む僕に「あの」、と夢野さんが声をかけてきた。


「良かったら、杖貸そうか?」

「ああ……ん?」


 いや、夢野さん、その杖はどこから取り出したの。

 というか用意してたの。なんで? すっごいにっこにこなんだけど。


「あー……ありがとう?」

「どういたしまして!」


 とても笑顔がきらきらしている、褒めて褒めてと言わんばかりの小動物状態を壊すのが忍びなくて、口から出かかっていた疑問を飲み込むことにした。

 全力でぶんぶん振られている犬の尻尾が幻視できるみたいで、まぁいいやと思える。

 獏と違って可愛いのだ、仕方ない。


「本当は肩を貸したいところなんですけど」

「それは勘弁して欲しい」

「ですよね」


 たはは、と顔を真っ赤にしながら彼女が笑う。

 確か彼女と知り合ったのは去年だったか。

 当時は悪夢なんて全く見なかったし、生活も極々普通の一人暮らしをしていたのだけど、今の研究室に入って初めて知り合った彼女は、そこから半年くらい以降、ずっとこの調子だ。


「それじゃ、早めに行きましょうか!」


 好かれているのがわからない、とは言わないし彼女の雰囲気やわんこなところは思わず撫でたくなるくらいには好きだ。

 とはいえ、告白をしようと考えるといつの間にか逃げられていることが多いんだよね。


「はいはい、じゃあ行こうかお姫様」

「む、やめてください、それー」

「それならハニー?」

「ぴっ?! あ、あわわあのあのあの」

「冗談だって」


 そんな彼女は、この悪夢の日々が始まってからの癒し要因としても非常にありがたいので、なんとかして妙に勘のいい逃げる生態へ対応した告白計画を進めたいところだ。

 なお、結局隣の席に座った彼女に心配されながら講義を受けてタクシーで帰ったあと、獏に「女の匂いがする!! モルというものがありながら!?」等と威嚇されたのは、良くわからなかった。

読んでいただきありがとうございます!

良ければ評価やレビュー等頂けると、続きを書く気力が上がります!

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