2.迫るパンダに逃げる犬
※可愛らしいスズランを、食卓で愛でることはしないだろう。
『響介、今の気分はどうだい』
「………………」
『おーい?』
「……最高とも最悪とも言える気分」
『なるほど?』
現状を説明しよう。
ちょっと大きいシベリアンハスキーになった僕が、二メートルは余裕で超えてるでっかいパンダにハグされていて、足元にはハムスターだとかリスだとかの小動物がウロウロ、周囲は超が付く程もっこもこな子羊や黒い子山羊、犬猫狐狸等動物で溢れている。
獏は僕より相変わらず小さいけど、小猫とか子犬を筆頭に動物の赤ちゃんや子供たちに纏わりつかれて動きが取れていない。
『うん、それにしても今回は予想外な方向だね。癒やしが足りていないのか……君の猫だけじゃ足りない?』
「ちー子は別腹。他のこういうのをもふったりするのは好き……」
『さようで』
これだけなら僕にとっては最高の環境だ。こういう夢なら毎日みたい。
では何が問題か。
『ところで息は?』
「ぎりぎり」
『さようで。あ、君の猫が首から移動した』
「ふんっ!」
息苦しさが和らいだ瞬間に全力でパンダのハグから脱出して、小動物の海にゆっくり沈みに行く。
「あ゛ー、死ぬかと思った……」
『気合が足りないなぁ』
「ふーん」
よいしょ、と獏の鼻を塞ぐように覆い被さる。
その際、息が微妙にし辛いけれどもふみは楽しめるという絶妙感を添えてみる。
『……あのさ』
「なに」
『……どいてくれない』
「夢なんだから大丈夫だろ」
ほれほれと犬の身体を使ってもふり倒してやる。
む、獏の癖に案外毛並みが良い……起きたらちょっともふるか。
「ほれほれ、ここか、ここがええんか」
『急に妙な口調しないでくれる?』
小動物のさわさわはなんだか心地良い。
ここまでとは言わないけれど、似たようなことが現実でもできないだろうか。
いや、無理だな。天敵同士とかいるし。
「とか考えると、本当に夢なんだなって自覚させられるよ……」
ねっとりした気持ち悪さと熱に身を起こして周りを見渡せば、小動物達はいなくなっていてただ真っ赤な水で満たされた場所に僕はいた。
バシャリと音がして、その方向を見ると口元を真っ赤にしたあのでっかいパンダがこちらに近づいてきていた。
『わぁ、ホラー』
「パンダも一応肉食だから? いやでも以前は兎のパターンもあったし……」
『はいはい、逃避せずに逃げ、って何でもう捕まってんの』
「もふ最高」
『………………』
言い訳をさせてもらえると、逃げようとしなかったわけじゃない。ただそうなっていただけだ。
安易に逃げるのはどうも難しそうなので、ひとまずハグされている。
そうしていると、これまたいつの間にか小動物達や他の動物達が周囲でのんびりしているし、明るい草原になっている。
『ナニコレ』
「あー、真綿で首を絞めるか恐怖を与えてジワジワとやるか、の違いかな」
『なるほど?』
とはいえ、小動物達はともかくパンダはいらないんだよね。
つぶらな瞳に若干寂しさを乗せても気持ちは変わらない。
こっちがもふるならともかく、強制的に息苦しさとセットでやられるのはお断りだ。
「というわけでドーン」
空の上からキノコ雲が上がるのを見つつ、空を駆けて雲から更に高度を上げながら警戒する。
『ちなみに以前は?』
「あの時は良くわからない生き物だったけど、ハグから抜け出せなくて、ゆっくり力が強くなっていってこう、ポキっといってからグシャッと」
『良くショック死しなかったねそれ』
「起きたらインフルエンザかかってたみたいで全身痛かった。でもインフルエンザ中は夢すら見なかったからありがたかった」
『さようで』
君はたまにわからなくなる、なんてボヤかれたけど解せぬ。
雲の上、快晴の青空の下を駆けていたのに、真っ赤な空と雲一つなくひび割れ死体や骨が散らばっている荒野の上を走っている今の状況になっているのくらい解せぬ。
当然後ろからは凄い勢いでパンダが迫ってきている。
「わーお、返り血だらけ」
『笹がないから肉を摂っているわけだ、可哀想に』
「今は犬だし、それで狙ってるのかな」
『ということはハグは肉を柔らかくするためか』
「やめろ、現実でパンダをそういう目で見ちゃうだろ」
尻尾で顔をビンタする。
もちろん僕とパンダの位置は変わらないが、それでも一瞬パンダが怯んだ。
「あー、漫画で良くあるやつ。前のコマで離れてるのに次のコマで殴り合って、距離を離した描写もないのにその後話入れる時に離れてるやつ」
『表現の自由だと思う』
「あれはあれで面白いと思うよ?」
喋りながら離れた位置にいるはずのパンダから飛んでくる爪とハグを避ける。
獏はと言うと僕の横を浮かんで並走していると思ったら毛に掴まっていたり。いや動けよ。
「太るぞ」
『太らない体質なんだ』
そう獏がドヤ顔した瞬間から、パンダの攻撃が獏にも飛んでいくようになった。
何故か僕よりも殺意が高い。
なんで剣とか槍とか矢とか飛んできたり、挙げ句銃声がするのか。お前はパンダだろう。
「……ハッ! つまりあのパンダはメス!!」
『大丈夫、それだけ走っていれば痩せるし、何ならパンダなんだからコロコロしている方が可愛いと思う、よっ!?』
おお、バズーカ。
そして僕はグランドキャニオンのような断崖絶壁の上から、大量の近代兵器で追われる獏を眺めていた。
なんだか『おわぁ〜!?』と声が聞こえるけど僕としては良い余興代わりなので、お腹と顎を地面につける、いわゆる伏せの状態でその追いかけっこを観賞することにした。
おお、地面が開いて中からミサイル。
「おーっとモル選手、パンダから次々と飛んでくる近代兵器による攻撃を次々と躱し、防いでいるー。防戦一方で反撃はしていないが大丈夫かー」
『君っ、あとでっ、覚えておけよっ!?』
僕の夢であるからか、僕が息切れすることはまずないのだけど、悪夢の中で意識を持たせたり記憶を保持したり、みたいなファンタジックな事ができる獏は違うようで。
それでも避け続けてる辺り流石というべきか。
「そりゃ、これだけ動いたり色々できるならあの悪夢でも早々巻き込まれないよね」
『響介ええええぇぇぇぇぇぇ!!』
「コールドゲームだ、なんてね」
獏を抱えて跳躍して、ジャングルのような密林でターザンをする。
後ろから飛んでくるミサイルは次々と木々にぶつかって連鎖爆発を起こしているけど、上に発射されたミサイルは別のようだ。
『君、本気で死ぬかと思ったんだけど!?』
「お前は最悪自力で目覚められるじゃないか。僕なんか最後まで強制的にお付き合いだぞ」
『あの美人さんに絡まれてるなら別に良いんじゃないの』
「ごめん、今は犬だけど人間だから美人とか良くわからない。もふもふは好きだけどね」
鯖折りはごめん、と呟きながらコンクリ……じゃないな。不思議な金属でできた閉鎖空間で一息つく。
それにしても、獏が美人さんって言った瞬間からパンダの攻撃が止んだ気がする……気のせいか?
『で、どうするのさ』
「うーん、さっきのミサイルは――防げたみたい。どうしようか」
爆発音と揺れから解決されたと考えて良いかも。
正直なところ、あの鯖折りさえなければさっきまでの夢は見続けたいところなんだよね。
パンダともふりもふられしつつ、時たま小動物や他の動物と触れ合うのは好きだ。
小動物カフェとかでもたまには行くかな?
ぶぢり。
嫌な音が響いた。
そしてぶぢゃっ、ともグシャッ、とも取れる肉を無理やり引き裂いたような音と同時、全方向の金属の壁から大きな目がいくつも開いて、こちらを見始めた。
「うわ……」
『これは……』
じっとこっちを見るギョロギョロした目達を強制的に見せられる景色に、僕も獏も同じことを思ったに違いない。
「『気持ち悪!』」
カッと瞳孔が開いたと同時、目が開いてビームが発射されて爆発が起きた。
一人称じゃなくてどこかぼんやりと外側から見てる視点だから、恐らく獏もそうだけど意識を夢に切り替えれたようだ。
とはいえ、チクチクとした痛みが来るのは辛いけど。
うーん、痒い、と頬を掻きながら、熱帯林らしき場所のど真ん中で揺れる鉄のシェルターを、僕は獏を背に乗せながら空中から見下ろしていた。
『猫ヒゲスリスリだね』
「なるほ」
起きてる時にやって欲しかった。もちろん、やってくれる時もあるけど。
はぁ。
「今の状態でちー子と戯れたい……」
『ご主人が急に犬化って、結構衝撃じゃない?』
「ちー子なら大丈夫な気がする」
『さようで』
ちー子はなんだかんだのんびり屋さんなので。
さて、シェルターの表面が赤い肉質に変わってきたので、とりあえず天から巨大な剣を落としてみた。
『アク○ズ落とし?』
「いや、どっちかというとガッ○ュベ○の味方に落として回復するやつ。あれ、巨大剣にして落とす攻撃だったら、ってちょっと浪漫感じてた」
『流石男の子』
シェルターの表面にご開帳した目玉達が剣を見上げた瞬間に一瞬目が点になっている状態になって、そのまま大爆発と共に蒸発した。
『いや普通爆発せずに粉塵と衝撃波が撒き散らされるんじゃないの?』
「僕の世界ではあれは爆発するんだ」
『さようで』
そうしてできたクレーターが見える前に、強い眠気が来てふらっとした。
『珍しいね』
「うん、普通に起きれそうだ」
『おーきろー。朝だぞってやめろクソ猫!? 僕は君のご主人が寝坊して遅刻しないように起こそうとだな!!』
ぎゃんぎゃん騒ぐ獏の声と、ピピピという目覚ましのアラーム音で、僕は現実であることを認識する。
「おはようちー子。朝から偉いぞ、良くやった」
『くっ、何故このモルペウスがたかが猫如きに一方的にボコられなければならないんだ……!』
そりゃ君、草食動物だもん。家猫と言えども肉食動物に勝てる道理はないんだよなぁ。
それに、たかがって言うけど前にちー子はとんでもない武闘派だ。
なにせ散歩してた時に、近所の野良犬に吠えられたあとで爪も使わずボッコボコにするくらいなので、見るからに戦闘能力のない獏じゃお話にもならない。
ちなみにゴールデンレトリバーみたいなサイズの大型犬相手だったから、例え獏がもう少しサイズが大きくても問題ないだろう。
『主従揃って憐れんだ目で見るなぁ!?』
「獏は憐れだねぇ」
にゃう、と同意するように鳴いたちー子を撫でてから『ちくしょう! モルが何をしたっていうんだ!! ちくしょう、ちくしょう!!』と力強くも、ぽふぽふ床を叩く獏を横目に大学へ行く準備を進める。
今日は一限目終わったら五限目まで暇だし、途中で昼寝でもしようかな。
そんなことをぼーっと考えながら、獏をベッドの上に放り投げた。
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