13.狂い悪夢に一人と一匹
※傘が竹の如く生えては成長し、キャンディーの森を作る。
ビー玉が水を吸い込んで虎となって空を走る。
ゴミは食べ物、忌み名は教材。
さぁ、狂い悪夢を楽しもう。
教室の窓から薄明るい光が走る。
それは僕とモルペウスを、そして華ちゃんを包む。
目を開けて外を見るともう夕方で、通りで陽が赤いと思った。
「勝った、んだよね」
『今ならわかるけど、クソ女はまだ夢の中……戦ってる? 何と?』
先に起きていた華ちゃんとモルペウスが困惑している。
それはそうだ。僕は何も説明せずに、唐突に一人と一匹の夢を覚ましたんだから。いや、僕を含めれば二人と一匹か。
そして彼女が追ってこない、ということは、僕の勝ちだ。
『で、一体どんな魔法を使ったんだ?』
怪しい、という感情を欠片も隠さずにモルペウスがジト目を向けてくる。
とはいえ、今までと違ってモルペウスも華ちゃんだと考えると、案外悪くないかもしれない。
「魔法なんて使ってないよ」
『魔法でも奇跡でも言い方はなんでもいいよ! どんな手を使ったんだよ響介!?』
トコトコというよりダダダダ! という感じで迫って、器用にもその短い手で僕の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶる。
というか若干目が血走ってる気がする。
「変なことはしてないと思うけどなぁ」
『絶対したよ! ていうかお前、本当に響介なんだよな、ってみぎゃ!?』
モルペウスに頬を叩かれ耳元で騒がれる。
正直ちょっと声が大きいので、引きはがしてから上着を被せておく。
「静かにね。で、何をしたかって言うと、完全に人外化した後に人としての僕と人外としての僕を分けて、人外としての僕とポベドールを夢と現実の狭間に隔離した、かな」
『サラッと言ってるけどおかしいからな、それ』
まぁ、うん。そうだろうね。
人外たちからしてもおかしいことをしているのは、知識でわかる。
というのも、完全に人外化した瞬間、一気に頭の中に何かが流れ込んできたからだ。
何かといっても、人外という存在についてと、人外としての僕自身についての知識や能力の出し方とかだったけど。
『そもそも人外化して人に戻るとか……分体を出せる時点でも一握りだぞ……上位種にでもなったか?』
「まぁ、そんなところ。ところでモルペウスも華ちゃんも大丈夫?」
「う、うん。私は平気」
『モルも問題ないぞー』
「そうか、良かった……」
それを聞いてホッとした。
モルペウスのおかげで華ちゃんも傷一つなかったし、モルペウスも大量に力を使ったようだけど消滅するほどじゃなかったみたいだ。
とはいえ、今のモルペウスじゃポベドールに対抗するのは難しい。それくらい、彼女は強くなっていた、強くなっている。
けれどもう大丈夫だ、彼女はもう狭間から出られない。
もう一人の僕が出さない。
「華ちゃん、モルペウス、ありがとう。おかげで何とかなったよ」
「えっと、どういたしまして?」
首を傾げてお礼をする華ちゃん可愛い。
さて、それはそれで拝んでおきたいところだけど今はその時じゃない。
まずは僕の存在がしっかりと現実に根付いているかを確認しなきゃいけない。
「ところでモルペウス、さっきから僕の言葉、変じゃない?」
『あ、そういえば普通に聞こえる』
「そっか……」
戻った……そう考えて良いんだろうか。
『とはいえ、油断は禁物だぞ! 短期間だけならわかんないんだからな!!』
「わかってるよ。けど、一旦は大丈夫そうだね」
『そうみたいだな……』
モルペウスも結構驚いているようだ。
確かに、人外化した時の知識から言えば、人外が人になるのは難しいことだ。
もっとも今回のこれはちょっと違うけど。
「じゃあ、ようやく言えるね」
「は、はひぃ」
モルペウスが何かしようと上着の中で蠢くのを抑えて、僕は改めて華ちゃんを見る。
顔を真っ赤にしてこちらを見ている。
「夢野華さん、僕とお付き合いしていただけませんか」
「……」
「……」
「……」
「……華ちゃん?」
「……」
「ダメ、かな」
『ぷはぁ! ……響介。コイツ、気絶してるぞ』
「え」
返事がないと思っていたら、彼女はきゅう、と顔を真っ赤にして目を回していた。
モルペウスがとんでもなく苦い何かを噛んでいるような表情を見せて、それから何かを叫びながら華ちゃんの頬をぺちぺちと叩き始めた。
けれど威力がないのか、彼女は幸せそうな顔をしてモルペウスを抱きしめ撫で始めて『やめろぉ!! モルは、モルはお前を絶対に許さないずぉんんうぬぬぬ!!』と、多分怒りたいけど気持ちが良くて変な感じになっちゃった感じの声を出している。
そうして、荒唐無稽な戦いの後とは思えない終わりに思わず大笑いしたその日から、僕は悪夢を見なくなった。
最後の悪夢を見た日から二年、僕と華ちゃんは大学を卒業して一つ屋根の下で過ごしていた。
そう、告白の返事はオッケーだった。
実は僕自身、自惚れていたんじゃないか、と心配していた。
あれだけ好きだと、言葉でも行動でも示されていたとはいえ、あの時の僕は大分精神的に参っていた。
「響介くん、何かあった?」
「いや、何も」
今は結婚資金を貯めるために、共働きで稼いでいる。
未だにちょっと照れ屋なところはあるけれど、愛しいことには変わりない。
ただ、あの事があってからちょっとだけ心配する頻度が上がった気がする。
今も笑って答えたら顔を真っ赤にしながらも「大丈夫ならいいけど、ホントの時は誤魔化さないでね?」と言ってくれる。天使だ。
『むっがー! まーたラブラブな雰囲気見せつけやがって!! ちょっとはモルのこと考えろよな!!』
「モルちゃん、モルちゃんも私なのはわかるのだけど、こればっかりは仕方ないよ。夢まで待って、ね?」
『やーだ、やーだ!! 響介、絶対にモルをこの姿にするんだもん!! 愛情がたーりーなーいー!!!』
「もー、よしよし……」
まるで子供の様に駄々をこねているのはモルペウス。
人外としての力は弱いままだけど、相変わらず現実に存在している。
そしてたまに夢の中では華ちゃんの姿を取って、僕と戯れようとする。
けれど一度たりとも僕はその姿を許していない。
元は華ちゃんとはいえ、今はモルペウスという一個体だ。
なら同じ扱いをするわけにはいかない。
「それにしても、あの時のことが嘘みたいだね」
「うん」
華ちゃんが見た悪夢は、あの一度きり。
モルペウスに守られてなお迫りくる死の恐怖。
華ちゃんは僕とモルペウスがいるからと大丈夫だったけど、それを僕一人でずっとやっていたと理解した時は涙を流し、良く頑張ったねと抱きしめてくれた。
実際のところ、どうして僕が早くに倒れなかったかが未だに不思議ではあるけれど、今となっては些細なことだ。
「ねぇ、響介くん。もし同じようなことがあったら、今度は絶対に相談してね」
「もちろん」
『モルもいるぞ!! 絶対響介だけにはさせないからな!』
「はいはい、頼りにしてるよ」
『ムフー』
マフィンを上げながら背中を撫でてやると、満足、という表情で身を任せてきた。
なんというか、ペットだなぁと常々思う。
『もっとー……あ、そうだ。響介ー』
「ん?」
『他の人外共は、最近手を出していないだろうね?』
「そもそも手を出せないよ、彼らは」
実際、手の出しようがない。
敵意を持って近づけば自身という存在を僕で上書きされてしまうから、様子見で近づくことも難しい。
君子危うきに近寄らず、という精神が人外たちにもできたようだ。
『ややこしい夢だとか、非現実的なあらゆる現象に対しての優位権を持つ……だっけ? どんなバケモンだよ、それ』
「そのおかげで、こうして人としての僕がいるわけさ。悪夢も見なくなったし、問題ないよ」
『わかっちゃいるんだけどさぁ……』
「モルちゃんは心配し過ぎだと思うよ?」
『小娘だけには言われたくない!』
怒るモルペウスを宥めている華ちゃんを横目に、僕はのっそりやってきたちー子を撫でる。
思えば、ちー子がいたから耐えられたというのもあると思う。
だから毎日感謝を込めてお世話をさせてもらっている。
今後ともよろしく、そんな心を読んだかのように、彼女は鳴いたのだった。
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さて、人としての僕はあれから問題なく過ごせているようだ。
人外としての僕も相変わらず愛のある日を過ごせているから問題ない。
もっとも、これを愛と呼ぶかは人によるだろうけれど。
「いつになったら死んでくれるわけ? 私はあの響介が欲しかったのに」
「僕もその響介であるのだけれどね。ほら、あくまで分体だから」
「そういう意味じゃないのよぉ!!」
そう言いながらポベドールが振り下ろすのは歯がギザギザとしている、殺意が高い巨大な包丁だ。
それを身体で受けて、包丁が砕け散る。
「もう……私の力も間違いなく上がっているのに、どうしてお前はその上をいくのよ……」
「なんでだろうねぇ」
諦めた様子のポベドールが、モルペウスの色違いみたいな獏の姿を取ってふて寝の様相を取る。
そうしたら後は僕が毛を梳いて撫で、手足を揉む。
彼女も華ちゃんだと思うと、ナースのコスプレみたいなあの姿も、今のこの姿も愛おしい。
「気安く触らないでくれる?」
「そうは言っても、僕にはもう君しかいないわけだし、仲良くしようよ」
「そ、そんなこと言ったって誤魔化されないんだからね!」
カリカリと彼女が僕の手を引っ掻くけれど、ただの爪とぎにしかならない。
とはいえ、彼女が他に当たる先がないのが原因だけど。
周囲を見渡せば空飛ぶクジラに、水中を泳ぐ人間みたいに空を泳ぐ蟻。
急にカメレオンが湧いて出て、自分よりも何倍も大きいメリーゴーランドを飲み込んだと思えば飛行機になってどこかへ飛び。
雨のように降ってきた小人が、地面で蛙や鶏、卵となって転がり飛び跳ね鳴き喚く。
今や僕のいる夢は、ただ一つ。
狂い悪夢に一人と一匹。
今日も今日とて、殺意と喜色で戯れる。
思いつきで始めた拙作は、某アニメ映画を見た時の感覚と自分の見た悪夢や夢を元に書いていました。
私は基本的にアニメ映像が頭の中で出来てくるものを言語化して、それを元に執筆しているので、見てくださった方々にも、同じようにアニメが頭の中で再生されていれば嬉しいと思います。
親友含め、知り合いに見ていただいた感想が「これは読むのに体力がいる」と言われた拙作を最後まで見ていただき、本当にありがとうございました!
次回作があれば、また見ていただければ幸いです!




