12.可愛い禍津神の展覧会
※可愛い可愛い禍津神。
柱が望むは騒がしい日と狂った生。
さぁさ踊れよ舞歌え。それが柱の糧となる。
越えてみせよ、超えて見せよ。
展示物となり華と成れ。
注射器にベッド、メスにハサミとガチャガチャと音を立てながら飛来する。
かと思えば無音で飛んできたのは無数の赤いポスト。
周囲の雫と共に雨のように飛んできた。
近づくにつれてガンガンと重い金属同士がぶつかる音を響かせながら、郵便マークを伸ばして。
「天音くん!」
「大丈夫!!」
手を振るって現れたのは巨大な機関車だ。
黒く鈍く光り、汽笛を鳴らしながら雫を吹き飛ばし、ポストを、ベッドを列車砲で撃ち貫いていく。
先頭車両以外にも砲台がついていたりカタパルトから何かが発射されたり。挙げ句は車両の天井が開いて迎撃ミサイルが発射される始末。
けれどもポスト以外にも小さな拳銃が飛んできて、こちらの迎撃を縦横無尽に回避しながら、まるで透明人間がガン・カタを踊るように発砲する。
更に暗器使いかのように死角からハサミやメスも飛んでくる。
「あらあら、その程度?」
「そんなわけないだろ。好きな人の前なんだ、格好つけさせてもらうよ」
「それは楽しみねぇ!」
迫る銃弾を自由に飛び交う剣で迎撃しながら、銃弾とポストとミサイルの雨あられに突っ込む。
ナイフとメスはヘカトンケイルの如く百の拳で弾き、撃ち落とし、受け止め返す。
『響介、新手だ!』
「っ!」
「天音くん!? いやあああっ!?」
モルペウスの警告と同時に位相を変えて狭間に移る。その瞬間に僕と同じ位置に凄まじい数の魚とマネキンの手足が刺さった。
夢野さんの悲痛な叫びに無事を伝えるべく、それらを吹き飛ばしながら元の位相に戻って無傷の姿を見せて手を振っておく。
「良かったぁ……」
『今の響介ならあの程度は全く問題ないよ。それより小娘、お前はできる限りポジティブにモノを考えろ』
「ポジティブに?」
『さっきも言った通り、モルが善性の、アイツが悪性を受け止めるんだ。つまりネガティブになればクソ女が強くなる』
「そういうことね、わかった! 天音くん、頑張って!!」
『名前で呼べよ、オイ。今更恥ずかしがってんじゃねぇぞ』
「えぇ!? えっと、その……でもぉ!」
『だーもーこんなのがモルのオリジナルとか認めない、認めないぞ!!』
後ろで戦闘中と思えないやり取りが聞こえてくる気がするけど、今はそれを咎めたり構ったりする余裕はない。
何せ徐々に、徐々に飛んでくる物が小型化していくからだ。
ベッドは分解されてボルトやナット、釘に木杭や鋭利な端材、ハサミは分かれ、ポストは細かい鉄塊となって来たから。
自分を狭間に移動させる緊急脱出手段は使わない。
恐らくあと十回もせずに戻れないところまで行くという感覚が、さっきべっとりと来たからだ。
「もっと来なさいな響介。それとも格好つけてその程度かしら?」
「むしろお前がこの程度なのか? まだまだ余裕過ぎてあくびが出るよ」
「じゃあ増やしましょう」
「げっ」
多少は苛立たせられるかと思ったら、地面から突き出る鍾乳石と、火達磨になって飛んでくるコウモリが追加された。
更には濁流のように泥が押し寄せ、足場も粘着質のように動かしづらくなっている。
すでに機関車は大破して壁にすらならない状態で、次の一手、いや十手は考えないといけないレベルだ。
「残念、口だけのようね」
「悪かったな!」
とはいえ、油断しているようだから仕込みが機能すれば「あら嫌だ、おっきな隕石!」……元○玉よろしく、影すら見せない巨大隕石を、大量の壺やトンカチ、変な物では何かの内臓や骨等の物量で壊し切るピンクナース。
せっかくの大技だったのに、勘弁してほしいところだ。
「本当に余裕だったみたいね? じゃあ、さらにテンポアップしましょう! ちゃーんと付いてきてね、響介!」
『むがぁ! 響介を響介って呼ぶなクソ女ァ!!』
包丁に爆発するトマト、コの字の形をした巨大なホチキスの芯にバイオリンの弓、丸鋸と種類が増えて中にはどう説明すれば良いかわからないものまで飛んでくるようになってきた。
こちらも人外に近くなっているからか、以前の自分じゃモルペウスがいてもできなかったくらいに自由度高く夢を自由に操れるようになっているけれど、追いつくどころか防具を作らないといけなくなるくらいだ。
いや、防具もあまり意味を成していないけれど。
「次から次へと!!」
「うふふふふ!!」
避ける、避ける、当てさせる、避ける。
ただひたすらに避け続けてはダメだ。必ずどこかで捕まる。
ならいっそ、あえて当てさせて距離を取る。
とはいえ、爪楊枝がトリモチのようになって動きを制限されるのは予想外だけどね!
『響介ジャンプ!』
「ふんぬぅ!?」
股下をビームが通り抜け、僕自身にはモルペウスからのビームが当たってトリモチだけが溶ける。
なんだか夢野さんが顔を手で隠しつつも、指の間から僕の方を見てるけどあれは何だろう……。
もしかして服が溶けるとでも、ってあ。
「あらあらあら!」
「きゃーっ!?」
『お前バカだろ!!!!!!』
「返す言葉もないっ」
瞬間で服を作り直して、けど一瞬僕以外の動きが止まったことで掴んだ隙でピンクナースに肉薄する。
一瞬驚いたようにするも、すぐに嬉しそうに微笑まれるのは嬉しくないな。
「まさか響介から近づいて来るなんてね!」
「遠距離戦は飽きてきたからね。ゼロ距離戦でもさせてもらおうか」
「いいわよ、是非死ぬまで踊りましょう」
応答剣を展開しつつ、明らかに自身の拳より二回り程の鉄塊で出来たグローブで、漫画の表現でありがちな連打をとにかく早く、速く打ち込む。
それに対してピンクナースも素手で受け流し弾きカウンターを仕掛けてくる。
周囲から相変わらず飛んでくる飛来物は応答剣に任せているものの、限度があるのか少しずつ僕に当たりそうになってくる。
ひたすらにジリ貧になっているのは理解しているけれど、ここで足を腕を止めたら更に差が開くのは間違いない。
『響介! お前コイツの事どう思ってる!?』
「モルペウスちゃんこんな時に!?」
「他人に渡したくないね!!」
「ひょえ!?」
『ムカつくけどよぉし!!』
「モルペウスちゃん理不尽!!」
反射で答えた瞬間、ピンクナースと飛来物の動きが鈍ってこちらの攻撃が当たりだす。
これはつまるところ。
「夢野さんを萌えさせれば良いのか!」
『ザッツライト!』
「なんでそれで理解できるのぉおおおおお」
「目の前で甘い空気出されるのは結構クルものが……イイ……!」
『やべぇ、コイツ新しい扉開きつつあるぞ』
「夢野さん……華ちゃんには僕で満足してもらえるように頑張りたいね」
「ひょえぇ……」
あ、名前呼びは満足度高めな気がする。
そんな感じひたすら戦闘しながら甘酸っぱい雰囲気を出し続けてピンクナースを押していく……にもやっぱり限度があって。
また拮抗状態に陥っていたところでピンクナースがニヤリと笑う。
「そういえばまだ言ってなかったわね」
「何を」
「私はポベトールって言うの。良い名前でしょ?」
刹那、視界が真っ二つに割れて、直後に離れた場所に立って吹き飛ばされ、モルペウスの横に移動した。
何が起きたか、全くわからなかった。
『響介、しっかりしろ!』
「今、のは」
「あらあら惜しいわ。今のは頑張った方よ、妹ちゃん」
『お前に妹呼ばわりされてたまるか!!』
華ちゃんはいつの間にか目隠しとヘッドホンを付けているけど、これは多分、さっきのを見せないためだろう。
ということは、だ。
「モルペウス、見えた?」
『見えなかった。名前を認知させることで存在を増大させて強化したんだろ……モルたちよりも元が強い分、伸びしろもあるんだろうさ』
「なるほど、どうしようもない、と」
『そうとも言う』
一拍、二拍。
攻撃は飛んでこないけどこちらも攻撃できない。
防御を固める? いや、意味がない。
ということで取る手段は一つ。
「『逃げるが勝ち!!』」
「ひょえ!?」
「あらまぁ」
『で、逃げてきたは良いけどどうするのさ。夢の中には変わりないんだから、猶予もないよ?』
「今考えてるから待って欲しい」
夢の中で逃げたところで意味はない、と思っていたけどそうでもないらしい。
現実と違って距離はないかもしれないけれど、夢の主が複雑な夢を見ていれば見ている程、限度があるとはいえこんがらがって夢の中でも隣合わせにならないこともある。
人外化しつつあるからか、そんなことがわかった。そしてわかってしまった。
「天音くん……」
「名前」
「え?」
「華ちゃんも、響介って、名前で呼んで欲しいな」
「ひょえ!?」
『そこ! イチャイチャすんな!!!!!』
モルペウスには悪いけど、今は華ちゃんとの親愛度を上げるべきだろう。
あえて名前は言わないけれど、ピンクナースに対抗する意味でも、終わった後の彼女との付き合い的な意味でも。
「だから悪いけど、ピンクナースは関係なしに華ちゃんとは仲良くしたいかな」
「ひょっ!?」
『何がだからなんだよ!!』
「今回のことが終わった後もよろしく、ってことだよ」
あ、華ちゃんが顔を真っ赤にして固まった。これは良い。
こういうのがずっと続けば良いと思う。
だからさ。
「終わらせるよ、モルペウス」
『勝ち目もないのに?』
「何も倒すことだけが勝利条件じゃないって、さっき気づいたんだよね」
「それで、どうやって私に勝つつもりなのかしら。愛でも囁いてくれるの?」
後ろに居るのはピンクナース。
名前はあえて意識しないことにする。
「ポベドールに何をするつもりかしら?」
「ポベドールは知らないなぁ。ピンクナースなら知っているけれど」
そう言いながら、僕は自身の存在を、自分自身の中で明確化していく。
それは確固たる意志と、形をもって生成されていく。
「何を狙っているのかしら」
「さて、なんだろ、ね!」
ピンクナースが増えて僕とモルペウスが守る華ちゃんに襲い掛かる。
けれどそれは意地でもさせない。
「いーつーまーでーもーつーのーかーしーらーねー?」
間延びした口調で苛立ちを誘ってるけど、それに乗る僕ではな『ムッキー! ムカつくんだよその喋り方やめろおおおおお!!』いけど、どうやら相方は違ったようだ。
『響介! いい加減終わらせるんじゃなかったのか!? コイツ超ムカつくんだけど!!!!!』
「大丈夫、終わったよ」
その言葉にポベドールは訝しげな眼差しを僕に向けて、それからモルペウスへ向けて、目を見開いた。
そしてこれまで余裕を崩さなかったポベドールが、初めて怒りの表情を露わにした。
「響介……あなた、自分が何をしたのかわかっているのかしら?」
「わかっているよ。案外できるものだね」
「それだけじゃないわ。それは、響介が本来できないはずのものよ。どこの、誰の力を借りたの? 言いなさい!!」
怒る彼女に、僕はできる限りゆっくり、煽るようにお辞儀する。
「さて、どこの誰かと聞かれたら、それは僕自身と言っておこうか」
何かを呟き続けるポベドールに僕は嗤う。
ああ、なるほど、これは面白い。
「嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ! ありえない! 華は、あの娘には先祖返りの力が最初からあった。でも貴方は違うでしょ!?」
怒り狂ったように攻撃をしてくるポベドールだけど、今の僕でも防ぐだけなら簡単だ。
背中から大量の腕を生やして飛来物を弾き、目で追えなかったであろう、巨大な注射器の刺突とメスの斬撃を避ける。
そうやって耐えていれば少しずつ、本当に少しずつ見えてくる。
肌を切り裂くメスの腹を叩かなくても傷つかなくなって。
殴るように弾いていた注射器を叩く程度で弾けるようになって。
たまに押されることもあるけれど、それも楽しみになってくる。
「ここまで来て巫山戯ないでよ! お前は誰!? 私の響介を返しなさいよ!!」
「僕は……いや、僕も」
ただ嗤う、嘲笑う、笑う。
嗚呼、夢野世界は天音の響きで満たされる。
「僕も、天音響介だ」
拙作を読んでいただきありがとうございます!
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次回投稿は12月26日20時予定です。




