11.マッドハッターのお茶会
※ようこそ狂ったお茶会へ!
あなたが求めるのはこの首から酌める紅茶かな?
それとも祈りを元に得られたこの糧か?
さぁ始めよう、終わりの始まり!!
いつものような悪夢にならない悪夢を見て。
いつものような日々を過ごして。
けれども口は開かないようにして帰宅する。
話しかけられたら、と考えてもみたけれど僕は知らず避けられていた。
教壇に立つ教授にもまるでいないかのように無視され、しかし話しかけたら驚かれ。
研究室の教授でない限りは覚えていない、というよりも認識し辛くなっている、という感じだ。
元々繋がりが薄い他の生徒たちの場合は、認識も難しくなるようだ。
「あ、天音くん!」
「夢野さん……」
それでも、彼女は覚えてくれている。
不思議なことではあるけれど、あのナースの事を考えると何かがあるのは間違いなく、そして「夢野 華を殺しなさい」という発言から、ピンクナースが夢野さんの何かを知っていることもわかる。
いや、案外関係者なのかもしれない。
「天音くん、最近ずっと研究室にも来ないし、元気なさそうだし……大丈夫?」
「ああ、うん」
正直なところ、精神的にかなり辛い。
存在を認知されないということがこれほどにクるものだとは思わなかった。
そして、たまに記憶が飛ぶ時がまた心を削る。
今はまだ授業のノートが綺麗にまとまっている程度で、突飛なことはしていないようだけどいずれ何かをしたら、というのが怖い。
特に、夢野さんに対してやってしまったら……。
「顔色も悪いみたいだし、保健室、行く?」
「真実の鏡は、タングステン」
「天音くん?」
小さく、できる限り小さく呟いておく。
今本当に自分がちゃんとした言葉を語れているか、わからないから。
そんな僕を怪しい人を見るようにジト目で見てくる夢野さんは可愛いけど、今は何か事故が起こる方が怖い。
「うーん、ちょっと来て」
手を引っ張られて、そのまま保健室……じゃなくて空き教室へ。
途中、何度か場面が飛んだけれど、どうやら変な行動はせずに夢野さんに付いていったようだ。
心の底からホッとして、思わず大きくため息をつきそうになったくらいだ。
それはさておき、夢野さんが誰もいないことを確認して、それから教室の鍵をかけ、っておぉっと?
「それで、天音くん。私にも話せないこと、ですか?」
「あー、いや、そうではなく」
「じゃあ何ですか? ずっと私にもそうだけど、他の人への態度も何かおかしいし、かと言って病気か何かみたいなぐったりしている様子でもないですし」
そう言いながらおでこを触ったりジロジロ身体を見たり。
なんだか少し恥ずかしいけれど、流石に今は不味いのでとりあえず鍵を開けにいくと後ろから抱き留められた。
「言えないこと、ですか」
「………………」
「そう、ですか……」
凄く寂しそうな顔をする彼女に、僕は胸が締め付けられるような思いだった。
言いたい、けど言えない。
いや、言ってしまっても良いかもしれない。
「あの、さ」
「……はい」
「心を持ち帰られるかわからないけれど」
「天音くん……?」
一歩、夢野さんが後ろに下がる。
多分変な言葉を発したのだろう。
さて、どうしたものか……。
『お前か!! 響介がご執心の女は!?』
「!?」
「え、誰!?」
唐突に響く声に驚く夢野さんだけど、それ以上に僕は驚いたと思う。
『くぅぅ……モルというものがありながらこんな小娘に……いやモルにも希望が……』
「いや、ないと思う」
『むきいいいぃぃぃぃぃ!!』
反射で答えてしまったのは僕の通学に使っているリュックサック、の中に隠れ潜んでいたらしいモルペウスだ。
モルペウスはよいしょ、とリュックサックから出てくると、僕と夢野さんの間に立った。
「え、あの、ちっちゃいバク? 喋ってる!?」
『モルの名前はモルペウス! くそぅ……小娘、お前に会ってようやくあのクソ女が言いたいことがわかったよ!!』
なんだか自棄になったかのようにモルペウスは地団太を踏んで、それから脱力した。
『とりあえず小娘、お前にもわかるように色々教えてやるよ。よーく聞くんだぞ』
「は、はい」
「汝求るべくは……」
『響介は黙ってること!』
「阿吽の如し」
そこからモルペウスは今までの説明をはじめた。
僕がしばらく前から悪夢を見るようになったこと。
それを何とかするためにモルペウスが来たこと。
そして。
『これは響介にもまだ言ってなかったことだけど、モルは響介の元に来るまでの記憶がなかった』
「え、そうなの」
『そうなの!』
胸を張って言うことではないと思う。
けれど夢野さんは違ったようで、ちょっとだけ目が潤んでいる。
えっと、どこか感動するべきところあっただろうか。
というかそれ以前に、良く信じたというか、受け入れたねこの状況。
「モルペウスちゃん……」
『同情するなら響介をくれ』
「えっと……飼い主として、だよね?」
『むがぁ! こんの小娘嫌い!!』
「えぇー。私はモルペウスちゃんのこと好きになれそうだけどなぁ」
なんてやり取りをしつつ、僕が狭間に行ってから人か人外かが曖昧となっていることを説明したところで、納得したように夢野さんは頷いた。
「通りで、たまにおかしなことを言ってるな、って思いました。どこか別のところを見ているような、注意散漫だったから疲れてるのかと思いましたけど」
『で、今はクソ女がお前の名前を出したことで、響介は何でそうなったかを悩んでいるんだ』
「えっと、私を殺せ、でしたっけ。その方って、私の知り合いじゃないですよね?」
『その点に関しては知り合いじゃないよ』
モルペウスがそういうのにホッとした様子の夢野さん。
僕としても何故名前が出てきたかはさっぱりだったけど、夢野さんと知り合いじゃなくて良かったと思う。
『アイツとモルは、お前だ小娘』
「……はい?」
「近世にも電子機器なるモルペウスも、叩いても治らなく……」
『響介は黙ってて!!』
「うぐぅ!?」
モルペウス渾身の頭突きが鳩尾にクリーンヒット。
思わず座り込んだ僕を夢野さんが介抱しようとするけど、モルペウスが良いから聞けよ!? と僕の口元をタオルで縛りながら怒鳴る。
というかどこから持ってきたそれ。
『お前はモルで、あのクソ女なんだ。それと一緒でモルはお前だし、クソ女もお前だ。つまるところ、モルとあのクソ女は姉妹どころか片割れだったってことだな! 忌々しい!!』
「えっと、その、モルペウスちゃんが喋ってるのもちょっと受け入れがたいというか、夢なんじゃないかなって思ってるんだけど……同じっていうのはもっとその……」
『ああ、モルも受け入れがたいよ!! 通りで殺せってあの女が言うわけだよ』
疑問に思ったものの、この場で僕が喋るのは好ましくないのは事実だから、とりあえず挙手して疑問を持っていることを察してもらえるようにする。
するとモルペウスは良いかい、とどこからか眼鏡を取り出してかけ、教室にあった指示棒とホワイトボードをコロコロと持ってきた。
『まず小娘に接触したことでモルもいくつか思い出したことがある。まずさっきも言った通りモルとあの女は小娘そのものだ。お前の力が祖先から来たのか親から来たのかはわからないけど、お前自身には強い力がある。その力が夢という形で発揮されたのが、モルたちだ』
ホワイトボードには小娘と書かれた丸の中に、モルとクソ女と書かれた丸が更に内部に書かれている。
つまるところ、夢野さんの内包する力として本来はモルペウスもピンクナースもいた、ということだろうか。
「私に、そんな力が?」
『信じられないかもしれないけど事実だ。で、小娘が力を制御しきれず、延々夢の中のモルたちに蓄積されていった結果意思を持ったのがモルたちになる』
モルペウスとピンクナースの丸が、夢野さんの丸の外縁に移動し、そのまま半分だけ飛び出した。
というか待て。この状況まさか……。
「今……ホワイトボードの絵が動いた?」
『ああ、小娘と響介はモルの力で夢に引き込ませてもらっているよ。そっちの方が守りやすい』
「ほぇー」
夢野さんは驚いているけど、あっさり受け入れてそうなのはそれはそれで凄いと思う。
ところで、モルペウスに僕たちを護れる力なんてあったっけ。
『で、見ての通りモルとクソ女は小娘に縛られながらも半ば自由にできる状態になった。この状態でモルはお前の善性を、クソ女は悪性を、それぞれ色濃く受け継いだわけだ』
「つまり私の子供……!!」
『ちげーよ頭湧いてんのか!?』
地団太を踏むモルペウスだが、迫力はない。
夢野さんもなんだかんだ楽しそうだ。
あ、これ揶揄ってるな。
『あーもー、とにかくそんなわけで、モルもクソ女も最初はどうとでもなかったんだ。お前の普段の行動に付随して学んで、理解して、受け止めて。そんなある日、お前が響介に一目惚れした』
「モルペウスちゃん!?!? ちょちょちょちょっと待ってもらっていいかな!?!?!?」
『だが断る。というかお前の気持ちバレバレなんだよ、隠す気あるのか?』
まさか……と、僕の方を見る夢野さんに頷くと、顔を真っ赤にして穴に籠りたいと呟き始めた。
うん、そんな気はしてたけどモルペウス、もう少しタイミング見てバラシてあげなよ。
せめて僕がいないときとかさ。
いやそうも言ってられないか。
『で、お前が響介を思う気持ちと自分を否定する気持ちをモルたちが受け止めていった結果、クソ女は響介の夢を人外たちに襲わせて狂わせ、小娘がいないと生きられないという形でその想いを成し遂げようとした』
ピンクナースの円が大きくなり、中に「独占欲」「監禁欲」「抑圧による反動」等と書かれていく。
『それに気づいて止めようとしたモルに対して、クソ女はその力を使ってモルの記憶を曖昧化したんだ。当時はまだ響介と関わりが浅かったからか、まだアイツの方が強かったから……。今は違うけどね』
と、モルペウスの円が大きくなり、中に「親愛」「恋慕」「甘えたい」等と書かれていく。
そしてそれが一つ一つ増えていく度に夢野さんが顔を赤くし、羞恥に悶えながら何かを呻いている。
しょうがない、こんな自分が好きな相手の目の前で自分の内面を暴露されるなんて地獄絵図、誰が想像するものか。
モルペウス、容赦がない。
『さて、そんなこんなでアイツはその計画を実行し始めたわけだけど、小娘が響介と関わり始めてからモルの意識下に響介を守ることが入ってきた。それからクソ女やアイツに絆された人外連中が響介を襲い、モルが守る日々が始まったんだ』
「えっと、その女性とモルペウスちゃんが私、って言うのは良いんだけど、それがなんで私を殺すことに繋がるの?」
珍しく理知的に喋るモルペウスに無意味に感動していると、モルペウスはため息を吐いた。
『お前が死ねば、ここまで力を持ったモルもアイツも、自由になるからだ』
その瞬間、夢野さんの円が消え、モルペウスとピンクナースの円がホワイトボード内を自由に動き始めた。
『力を持つまではそうじゃなかった。小娘が死んだらモルもアイツもまとめて消える。けど今は違う。どちらも存在がはっきりとしている。固定化されつつあるんだよ』
「だから私っていうオリジナルがいない方が、私という意思に引きずられないからやりやすい、ってことかな」
『そういうことになるね。今のままだと、どれだけ頑張っても響介を殺して自分だけのものにする、みたいなものは万が一の事故を引き当てるか、他の人外たちが上手くやる以外に方法はなかったから。けれど今は違う』
「僕を、人外化させることで現実との関わりをなくせば、夢の住人として自分のものにするという目標を達成できるってことか」
「天音くん……」
『そういうこと』
なるほどね、と納得すると同時に希望が生まれた。
「ということは、さ。まだ僕は人の側に戻れる可能性がある、というわけだよね」
『わからない。けど、可能性はゼロじゃない』
そう言って、モルペウスは僕を見上げた。
『そういうわけだから、気張れよ、響介』
「了解。夢野さんを頼んだよ」
「え? あれ、あの人……ピンク色のナースさん?」
ニヤリと、口が裂ける程に笑う彼女。
後ろには普段と違って神々しい雰囲気になっているモルペウスと、夢野さん。
なるほど、自分じゃ殺せないのは現実だけで、夢なら殺せる可能性が出てくると。
あれ、モルペウス何してくれてんの。
『言っておくけど、今のアイツは限定的とはいえ現実にも手を出せるよ』
「そういえばそうだったね」
そして以前は夢野さんに手を出せなかっただろうけど、今は違うんだろう。
なにせ、空中に浮かぶ無数の注射器の矛先が、僕だけでなくモルペウスと夢野さんにも向いているのだから。
「天音くん、これがモルペウスちゃんが言ってたこと、なのかな」
「そう、だね。ごめんね、巻き込んで」
「ううん、知らないままいなくなるよりは良かった」
「そっか……」
『甘酸っぱいのは終わってからにしてくれよぅ……モルだって嫉妬するんだぞ……』
「あはは、ごめんねモルペウスちゃん」
『撫でるなバカ―!』
そんな、明らかに場違いな雰囲気に、目の前の彼女はゆっくりと拍手した。
何度も、何度も。
狂ったように、けれど常に一定のリズムで、パチパチパチパチと。
「素晴らしい、素晴らしいわ! ここで殺してくれた方が一番良かったのだけど、こうして後一歩で私たちと同じになれる状態の天音響介に、最後の後押しをできるのも最高じゃないの!!」
『チッ、こっちは手遅れ近いか』
「あら、せっかく面白おかしくしてあげたのに……でも安心して妹ちゃん。今度は記憶なんて消さず、響介と一緒になりましょう。姉妹仲良く、ね」
『気持ち悪!?』
「まぁ、姉に向かって酷いわねぇ。でも、許してあげる。この後皆、一つになるのだから!」
その言葉を皮切りに、彼女の前に展開されていた注射器の数が増えた。
そして勢いをつけるかのように後ろにゆっくりと動いていくのを見ながら、僕は大丈夫、と夢野さんに聞こえるように呟いた。
「僕が守るよ。モルペウスも一緒に。だから帰って、改めて進めよう」
「っ! ……はい!!」
『はん、モルだって護れるんだからな! 響介の隣にふさわしいのはモルだ!』
「うふふ、足掻きなさいな!! 足掻いて足掻いて、私をもっと楽しませて!!」
注射器が、メスが、ハサミが、巨大なベッドが。
ピンク色のナースと一緒に僕へと殺到するのだった。
拙作を読んでいただきありがとうございます!
良ければ評価やレビュー、ブクマ等頂けると、大変嬉しいです!
次回投稿は12月12日20時予定です。
※12月15日追記
体調崩したり仕事が忙しくなったりで投稿できませんでした……次回は12月19日20時には頑張って投稿できるようにします!




