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狂い悪夢に一人と一匹  作者: 灰猫 無色
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1.赤い鉄箱踊る二人

※理解をしようとしてはいけない。その先にあるのはただの歪みだけだ。

 問。交差点で目の前に、急に郵便ポストが飛び出してきたら、どうする?


「うおぅ!?」


 答。びっくりして後ずさる。

 しかしながらそんな本来はありえない現象に驚いていては、この世界じゃ長くは生き残れない。


「チェストぉ!?」


 郵便ポストのあちこちにあるマークが急に伸びて、腕みたいにぶん回してくる。それに僕は押し潰されて死んだ。

 けど、


「ぐぁ、痛ってぇ……」


 ポストを叩き潰した五体満足の僕は、コキコキと首を鳴らす。


「手紙を入れてくだされば、美味しく消化し巻き込んで、世界へ羽ばたきシナプスを通し人々を幸福の讃歌で埋め尽くす我の前へ立ち塞がるか?」

「意味が、わか、らん!!」


 男かと思えば甲高い子供の声で、気づけば老人のような声で言葉を紡ぎ、次々降ってきたりいつの間にか横に居たり下から湧いてきたりする郵便ポスト共を、ハンマーで砕き両手で押し潰し巨大な音符で吹き飛ばす。

 あまりに唐突で理不尽で、それでも何かができるのを理解してか、本能が暴れろと身体を突き動かす。


 時に槍で貫き、時にダンプカーで押し潰し、時に炎で炭と化す……溶けないのは何故だろうか。

 気付けば最善らしき動きをとって、あまりに死に急ぐ思考の時だけ気を付ければ、後は感覚に身を任せればいい。


「主たる御身に言わせれば、鉄籠は溶けて無様に声を高く上げるべきと。しかして蝶が蛹から羽化するかの如く新たな命の誕生を、その身を持って崖から飛び降り谷間を駆ける獣と共に過ごすでしょう」


 嫌な感覚。

 相変わらず何を言っているか一ミリも理解できないけど、無限に湧いてくるポストは一旦無視して、逃げた方が良さそうだ。


 そうしてどこにあったかは知らない小高い山の頂上で、ポストがくっついては少し大きなポストになって、を繰り返していく様を見続けた。


『相変わらず品がないというか、妄想力が高いというべきか。君の頭の中は一体どうなっているんだい?』

「うるさいよ……僕が知りたいくらいだ」


 馬鹿にしたようでそうではなく、ただ呆れているであろう声をかけてきたのは、一匹の獏だ。

 若干腹が立つが、自分自身でもわけがわからなのは事実。知っているなら教えて欲しいくらいだ。


『ま、なんてことはない。()なんてこんなものだしね。連日こんなのばっかり見続けているのと、それを繰り返していながら気が狂っていないことが、大変不思議だけども』

「それこそ知ったことか。僕はこの悪夢が早く終わればそれでいい」


 遠距離から巨大なライフルをロボットで撃ち出すが、ギャグのように「カーンッ!」などとご丁寧にビックリマークまである文字が、漫画やアニメのように色付きの岩の形で空中に浮かぶ。

 今もなお巨大化していく郵便ポストは当然、無傷だ。


『………………』

「………………」

『え、なに、高度な精神自傷行為?』

「んなわけあるかぁ!!」


 空が真っ暗になるほどの巨大な足で踏み潰す。

 かと思えば、ちゃちなナイフで刺した瞬間、ガラスの割れるような音と同時に、山ほど大きくなっておきながら更に巨大化していたポストが粉々に砕けた。


『最後はあっさりだったね』

「だったら良かったな」


 やれやれとのんびりする獏に、夢から醒めないということを突きつけながら僕はフルプレートアーマーを纏っていた。

 重いとは感じないが、なんとなく息苦しい。


『おや、君の猫がお腹の上に乗ったようだね。丸くなってゆったりしているようだ』

「ちー子やめろぉ……ってここで言っても意味ないよな……」


 息苦しいからフルプレートアーマーなのか。

 一応海中とかじゃなかったのを幸運と喜ぶべきか……いや、寧ろ海中の方が良かったか。


 そんな無駄なことを考えながら視線を獏から前に向けると、少し離れたところで郵便ポストが空中に浮いていた。

 何かすね毛が生えまくった足が二本あって、正直キモい。そのくせ腕は郵便マークが伸びた感じから人間の手の様なロボットアームという、奇妙な姿をしている。


『………………』

「………………」

『………………何か羽が生えそう』

「あ、馬鹿!!」


 獏が言って僕が認識した瞬間、ポストの受口が細くなり、前面の郵便マークが口で笑みを浮かべるかの様に歪んだ。


 ミチリ、と変な音を立てて郵便ポストから絵画で見かけるような天使の羽根が生えた。

 そしてマークの縦線を掴み、剣のようにブンブンと振りだした。


「馬鹿! お前もう獏じゃなくて馬鹿って種族だよ馬鹿!!」

『馬鹿とは何だ! 思ったことをつい言ってしまっただけだろう!?』

「それが悪いんだよ!! 言われたらつい想像しちゃうだろ……っ!!」


 叫びながらも回避して、通り過ぎた郵便ポストを見てみると、それは両足を閉じて回転しながら、さながらドリルのように突っ込んできていたようだった。


「『いやその棒使えよ!!』」


 全力で避けながら思わずツッコんだ僕らは絶対悪くない。


「天より受けたりしこの指揮は、ただ美を照らし汝らに思考を促すためのオリーブオイル! たっぷり大さじ五リットルを分離して堅実に駒を削って鰹節」

『む、いけない』


 獏が何か警告する前に耳を塞ぎ、あえて夢に身を委ねて思考停止する。

 だらん、と腕を下げている僕に郵便ポストが身振り手振りで何かしているが、肝心の僕はというと目の前のそれを無感情で見ていた。


 右左右右上体内から耳から、突如湧き出し飛来してきたビー玉を避け、郵便ポストの攻撃と思わしき何かを受け流す。

 何か目の前がぐにゃりと歪んだけど、夢に全て委ねた僕は勝てなくとも負けることはない。


「--獏、状況はってうわぁ……」


 一瞬でポストから離れた場所に立った僕が一息ついて思わず獏に聞くが、ぱっと見渡すだけで説明してもらわなくても良くなった。

 いつの間にか周囲は某野菜の戦士たちの様な荒地になっていて、郵便の顔マークが縫われている道着を郵便ポストが着て、両手を上に上げていた。その先には巨大なエネルギー玉が練られていて、逃げたくなるような感じだ。

 思わず苦笑いを浮かべる僕は僕で、指先にシャボン玉をくっつけていた。


『見事に侵食されたねー』

「見た目だけだろ。これを見たところで弱いとは思わないよ」


 寧ろ強い。特にシャボン玉は劇物になりえる。

 例えばそう、こんな風に。


『うわ気持ち悪い』

「クトゥルフってこんなもんじゃない?」


 シャボン玉の中に見える異界が大地を侵食し、更には、郵便ポストに向かって何か(・・・)が飛び出し食らいつく。

 郵便ポストは堪らずか僕に向けて投げる予定だったであろうエネルギー弾をそれにぶつけて難を逃れる。


「異界の(ことわり)が大海原でストンピング。ぶぶ漬け願って牛乳のたけのこに世紀末!」

「なんて?」

『理解しようとしちゃダメだよ』

「言われなくても」


 シャボン玉の怪異は郵便ポストだけじゃなく、僕にも襲ってくる。それらをできる限り郵便ポストに誘導しつつ、自動で飛んで斬りつけにいく剣を大量に呼び出していく。


『クラウ・ソラスか勝利の剣か。何にせよ人間ってこういう、自動で何かをする道具大好きだよねー』

「あ、あるんだこんな武器。自動で戦ってくれたら楽だと思ったから想像してみたけど」

『存在自体は結構古いよ? 何千、何万年も昔から人間は楽をしたがるね。気持ちはわかるけど、道具ありきの考え方はどうかと思うけどね』

「道具もいつかは壊れるからなぁ」


 口を動かしながらもしっかりと身体は動かし、ショゴスと思わしき軟体生物やティンダロスの猟犬だろう、角から出てきた犬を郵便ポストへ投げ飛ばす。

 もしこれが現実ならありえないけど、夢だからできることだろう。

 とはいえ、疑問を持ってはいけない。


「あ」


 ショゴスを投げようとした瞬間に腕が溶けた。

 そう思った時には郵便ポストの背後で五体満足であることを確認している。


「あっぶな! 結構痛かったんだけども!?」

『油断したねー。疑問でも持っちゃったか』

「ああ。はぁ、考えても駄目なのはなんとかならないかな……」

「天使は目に入れても美味しい鉄分。影はスパイス噴き出すスーパーボールでタモ網は午後の天気予報!」

「っと」


 身体のところどころを溶かした郵便ポストが、振り向きながら腕をブン回すのを避ける。

 あ、あいつ中身が赤色でギッシリ。


『つまるところ中身がない、と』

「構造なんて知らないし」

「赤身たっぷりビート板なれど、山は溶けて北極星へ総スカン!」

「ソース感?」

『あー、トンカツ食べたくなってきちゃった。響介が起きたら食べたい』


 タコをハンマーのように叩きつけ、ポッ○ーを口に咥えながら道着姿で踵落としを決める。

 べコンとヘコんだ郵便ポストは少しだけ揺れ、震え始めた。


「寂しがり屋のハンプティ・ダンプティはサイコロと共に生き、百舌鳥(もず)に捧げる星の欠片を持って進行し振興し信仰し侵攻し死の格子!」


 そして胸の郵便マークが輝きだしてーー


「おい待てふざけっ!?」


 世界は、圧倒的な熱量と光に包まれた。






























『やぁ響介、おはよう。生きているかい?』

「……死んだかと思ったよ」

『夢を見て死ぬなんて、感受性が豊かなんだね』

「うるさいよ。そんなことより僕のお腹からどいてくれないか。そこを許してるのはちー子だけだぞ」

『あう』


 目が覚めた僕は、お腹の上にいた獏を座布団に投げつつ、同じくお腹の上で丸まっているちー子を撫でてから持ちあげて座る。

 座布団に頭から無事着地した獏が抗議の声を上げているが、それはとりあえず放置してちー子をもふる。


「はー……今日も生きてることに感謝、だね」


 ここ数日続いている、平穏な朝に祈りながらちー子の匂いを嗅ぐ。

 うん、癒される。

 抗議するかのように鳴くのも可愛いよ。


『扱いの差が激しすぎない?』

「ある日突然やってきた謎生物と、長く一緒に暮らしている家族。どっちを優先するか」

『なるほど。それでも一考はお願い』

「頭の片隅にでもおいておく」

『それ絶対考えないやーつ』


 断固抗議するー! とそんなに本気度を感じないのんびりした口調の獏を放置して僕はちー子を離してようやくベッドから降りた。


「ま、それでも感謝はしてるんだけどね」

『してるならせめて一考……』

「床に直でも良いけど」

『君の猫ほどとは言わないから、投げるにしてもせめて足から着地できるようにしてくれ!! 聞いているのか? おい!!』


 獏が何かを言っているのを無視して、僕はいつも通りの生活を始める。


 これは僕が、天音(あまね) 響介(きょうすけ)が、突如始まった地獄のような悪夢で日々生気が失われていく生活を、これまたある日突然やってきた獏ことモルペウスによって解決されてからの日常。

 悪夢を見て、戦って、時には楽しんで。

 そうして悪夢を見ながらも、何とか生きていけている話だ。

読んでいただいてありがとうございます!

良ければ評価やレビュー等頂けると、続きを書く気力が上がります!

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