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答え

準備らしい準備は簡単だ。

幾つかの着替えと仕事で使う地図。その他野営に必要な物を整理しながら詰め込み、部屋の片隅に纏めておくだけ。

城で与えられているエラの部屋とされた客間に残された荷物は、エラが不在のうちに別の部屋に移動される事になった。


今後夜空が統べる国となる。その国の主の居城に夜と星が住まう。そこに月も住まうのだからと、新しい部屋を月の間として改装するのだそうだ。


「月の間ねぇ…」


話を聞いたアイザックは、つまらなそうな顔をしながら頬杖を突く。

腐れ縁がいよいよ遠い存在になってしまうと思うと寂しいらしい。


「その部屋どこに作らせるんだ?警備ちゃんとしてもらえるエリアなんだろうな」

「アルのお母様の中庭が見える場所」

「警備が増えるからやめてくれって言ったんだけどな」


嫌そうな顔をして、アルフレッドは隣に座るエラにじとりと恨めしそうな目を向けている。

久しぶりに三人で食事をしようと、三人は城下の食堂に来ていた。

良家出身の者が好まない、所謂大衆食堂というやつだ。だが、この店の肉は美味いと評判で、訓練生時代も何度か来た事がある。


「いつでも二人きりになれる距離が良いんですぅ、ってかーんじ?」

「馬鹿」


茶化すアイザックの足をテーブルの下で軽く蹴り、エラは先に運ばれてきていたサラダを頬張った。戦争が終わったばかりでまだまだ不安定な世の中だが、流石に王都ならばこうした庶民向けの食堂でも新鮮な食材が手に入るらしい事に安心した。


王都から離れた土地はどうだろう。テルミットは今頃どうなっているだろう。

早く見に行きたい、知りたい。だが、今目の前で楽しそうに笑っている腐れ縁たちと離れるのは寂しい。

どうせなら一緒に行けたら良いのにと思っても、それは叶わない事なのだ。


エラに役目があるように、二人にもそれぞれの役目がある。いつまでも子供でいられないのだから、寂しいという感情にそっと蓋をした。きっと、アルフレッドとアイザックも同じだろう。


「ああそうだ、二人共昔渡した飾り紐切れただろ。出発する時に新しいのを渡すからな」

「お、やったね。もうあれ無いと手首が軽くて落ち着かねぇや」


ぷらぷらと左手を振りながら、アイザックは出されていたナッツをぽんと口に放り込む。アルフレッドも小さく微笑み、自分の左手首を摩った。


「お嬢の首に下がってる魔石ってアルからの贈り物だろ?俺何もお嬢に渡せてねぇや」

「別に良いよ。気になるなら帰ってきた時おかえりって笑って迎えて」

「それは当たり前だしそういうんじゃなくてさー」

「いくらザックでも、エラにアクセサリーを贈るのは怒るからな」


じとりと睨みつけるアルフレッドに「怖い怖い」と茶化すアイザック。それを呆れた目で眺めながら、エラはゆったりと口元を緩ませた。


懐かしい。

がやがやと賑やかな食堂。馬鹿みたいな話をして笑い合ういつもの三人。なんとなく訓練生時代を思い出した。

あの頃は訓練学校の食堂だったが、まるであの頃に戻ったかのような気がしてこそばゆい。


「何笑ってんだお嬢?」

「いや、いつまでも変わらないなと思って」

「何だそれ」


へらりと笑う二人が、わしわしとエラの髪を掻き回す。

やめろと文句を言うエラの顔は、とても嬉しそうだった。


◆◆◆


出発までの二日間、エラはそれなりに忙しく過ごしていた。

一緒に遠征に出る隊員との顔合わせ。階級ではエラはまだまだ新米なのだが、月の魔女という立場上、新しく作られた隊の隊長として動く事となる。

急な出発になる為、最初の目的地はテルミットに設定し、無事辿り着けるだけの物資を搔き集めた。既にある程度グレースとサラ、テオドールで手分けして準備してくれていたらしく、作業自体は簡単に済んだ。


忙しくしていないとあれこれ考えてしまって落ち着かなかったのだ。

グレースから言われた「答えを出してやって欲しい」という言葉。アルフレッド本人は急かすような事を言わないが、自分でもこのままのらりくらりと答えを出さないままいるのが良くないという事くらい分かっている。


遠征に出たら、平気で数ヶ月は会えないままだ。その数ヶ月の間、離れている間逃げているのは簡単だ。きっとアルフレッドの事だから、帰ってきたエラを優しく出迎え、アイザックも含めた三人で楽しく過ごさせてくれるのだろう。だがそれはアルフレッドには残酷な時間だ。

好いた女に好きだと言った。体を重ねたというのに、するりと逃げられてそのままなのだから。


もやもやとまた考え始めてしまった頭を軽く振り、首元で尻尾のようにした髪をひょこりと揺らしながら窓の外を見た。

城の長い廊下に規則正しく並ぶ窓。そこから覗く晴れた空。最近ずっと天気が良い。

初遠征の出発には良い天気だろう。


きっちりと着込んだ新しい軍服の裾を揺らし、コツコツと真新しいブーツの踵を鳴らしながら歩き、城の玄関ホールを目指す。

外には既に隊員たちが待機しているだろう。だがその前に、腐れ縁の二人がしっかりと送り出してくれると約束してくれた。


毎回で無くて良いから、どうか初めての出発は笑顔で送り出してほしいと言ったエラに、二人は当たり前だと笑って頭を撫でてくれた。


「おせぇぞお嬢。置いて行かれるぜ」

「そりゃ困る」


ぶんぶんと大きく手を振るアイザックに、エラは小さく苦笑しながら手を振り返す。

アイザックの隣に立つアルフレッドの顔は寂しそうで、それを隠そうとしているのか少々強張った笑みを浮かべていた。


「ほら、新しいやつ」


上着のポケットから引っ張り出した新しい飾り紐。キラキラと小さな魔石が輝くそれは、昔士官学校を卒業する日に渡した物によく似ている。

あの頃よりも多少魔力の調整に慣れたのか、そう時間を掛けずに魔石の一つ一つに魔力を籠められた。


何も無いのが一番だが、もしも何かあった時に二人を守ってくれますように。そう願いを籠めた飾り紐。


「お嬢結んで」

「はいはい」


ずいと左腕を出したアイザックがへらりと笑う。片手で結ぶのは難しいからと、エラはそっと微笑みながらアイザックの手首に紐を結んでやった。

やっと相棒が戻ってきたと笑うアイザックがその紐を嬉しそうに摩る。


「ほら、アルも」


早く腕を出せと手をちょいちょいと動かすと、アルフレッドも大人しく左腕を差し出した。手早く手首に紐を結んでやり、そっとアルフレッドの顔を覗き込む。


いつもの優しく垂れた目が、じっとエラを見つめた。


「別れの挨拶は手早くな」


何か察したのか、アイザックは苦笑しながらそっと扉を開いて外に出る。隊員たちにエラは腐れ縁と別れの挨拶中とでも説明してくれるのだろう。


「気を付けて行けよ」

「散々聞いたよ。大丈夫だから。隊員たち結構やり手ばっかりなんだ」

「それでもエラは…じゃじゃ馬だから」

「今言うかそれ?」


手首の紐を摩りながら呟くアルフレッドの声はいつもと同じ穏やかさ。

ただ違うのは、微笑んでくれている筈なのにそれがぎこちないという事だけ。


「…なあ、アル」

「うん?」

「もう一回言って。前に北に行く時に言ってくれたやつ」


どれの事だと首を傾げるアルフレッドの前で、エラはもじもじと指を動かし続ける。耳が熱い。


「ああ…」


漸く何を言ってほしいのか理解したらしいアルフレッドが、嬉しそうな顔をしながらエラの頭を撫でる。

びくりと揺れた体をそっと腕の中に閉じ込め、優しい声色で耳元に囁いた。


「心の底からエラを想うよ、何処に居ても」


唇が耳に掠る。そこまでしなくて良いと文句を言おうと顔を上げたエラの唇に、ふいに湿った温かく柔らかい何かが触れた。


眼前に広がる閉じられたアルフレッドの目。ああ、またか。この男は当然のように唇を落とす。それを拒みもせず受け入れてしまうのは、彼に答えを出すと決めた他でも無い自分だった。


「そこまでしろとは言ってない」

「あの時もしたし」

「そうだけども」


ぺちりとアルフレッドの頬を軽く叩き、唇を尖らせたエラの顔はほんのりと赤い。

これから遠征に出るのだからこんな事をしている場合ではないのだが、嬉しそうにエラを捕まえるアルフレッドの腕は絡みついて離れない。


「で?急に可愛い事言い出してどうしたんだ。行くの寂しくなった?」

「遠征は楽しみ。色々見られるだろうし」

「じゃあ何。行かせたくなくなった」


ぎゅうともう一度抱き直すアルフレッドの腕の中で、エラはぐっと目を閉じて深く息を吸い込む。

肺いっぱいに満たされるアルフレッドの香り。弱り切った時、心の底から安心できると知った。昔迎えに来てもらっていた時から知っている、自分の居場所だと思える香り。この香りが大好きだ。


「アル、そのまま聞いて」


そっとアルフレッドの背中に腕を回す。珍しく抱き返してくれるエラの様子がいつもと違う事に気付きながらも、アルフレッドは黙ってエラの言葉を待ってくれた。


「私も、アルの事を心の底から想うよ」

「うん」

「ここは、私だけの場所にして。他の誰も入れちゃ駄目」

「ここ?」


エラの言葉を理解しきれないアルフレッドの声。ぎゅうとアルフレッドの肩に目元を押し込み、絶対に顔を見られないようにと抵抗しながら、エラは恥ずかしさを誤魔化す様に少しだけ声を張る。


「アルの腕の中は私だけ!」

「エラしか入れないよ」

「ああもう察せよ馬鹿!」


ばしんとアルフレッドの肩を叩き、真っ赤になった顔を半ばやけになってアルフレッドに向けた。

きょとんとした顔で、何故そんな顔をしているのだと言いたげなアルフレッドの首に腕を絡める。

ぐいと無理に引っ張り、体勢を崩したアルフレッドの唇にキスをした。


勢いが付きすぎて歯が少し当たったが、今はこれが精いっぱいだ。


「そういう事だから!良い子で待ってろ!」

「いやちょっと待て!エラ!」


もうこうなったら言い逃げだ。

驚いて固まったアルフレッドの一瞬の隙を突き、エラは扉に向かって走り出す。

突進するように体で押し開けた扉の向こうには、これから一緒に旅をする隊員たちがまだかまだかと待ち構えていた。


「どうしたお嬢…」

「何でもない!出発だ!」


アイザックがエラの馬の手綱を持っているのを見て、エラはずんずんと歩み寄る。

後ろから慌てて追いかけてきたアルフレッドは、隊員たちに囲まれたエラを見て納得いかないながらも仕方ないなと困ったような笑みを浮かべている。


「え、嘘だろお嬢。もしかしてマジで何も無いまま行く気?」


コソコソとエラに小声で問うアイザックがちらちらとアルフレッドの方を見る。

黙れと睨んだエラの顔はまだ赤いが、アイザックはそれだけで何か察してくれたようだ。


「ま、あっちから聞くわ」


ひらりと手を振ると、アイザックはそっとその場から離れ、アルフレッドの隣に立った。

馬に乗ったエラが、同じように自分の馬に乗る隊員たちをぐるりと見まわした。


「気をつけてな。副隊長の言う事ちゃんと聞けよ」

「うちのお嬢を宜しくお願いしますねぇ」


子供扱いをするなと怒るところなのだろうか。一応この隊の長なのだから少しは威厳を持たせてくれだとか、そういう文句はまたの機会に取っておく事にしよう。


「行ってきます!」


朗らかな笑顔を腐れ縁二人に向け、エラはそっと馬の腹を蹴る。

ゆっくりと進み始めた小さな隊は、何処までも続く青空の元を歩み始めた。


これにて本編完結です。

全部消して書き直して…があまりにも多かったので、ちょこちょこ修正したりします。恐らく番外編や本編で拾い切れなかったところを補完していくかと思いますので気長にお待ちくださいませ。

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