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朝日

ふっと意識が浮上する。

カーテンの隙間から差し込んでくる朝日が、エラの顔を照らし、まぶしさに目を細めた。


ベッドの周りに散らかる服たち。

どれもこれも皺になるなんて考えず、ただその辺りに投げ捨てただけだ。


「さむ…」


春を迎えたとはいえ、まだ朝は冷える。

冷たい空気に晒された肩を暖かい布団の中に潜り込ませ、もう少し休もうと目を閉じる。


「う…」


背後で身じろぎするアルフレッドの呻き声。しっかりとエラを抱きしめ、それどころか絡みついて離れない重たさに、エラの意識は徐々に覚醒していった。


体のあちこちが痛い。喉も掠れているし、朧気な記憶だが色々と思い出して顔に熱が集中した。


二人揃って肌を晒し、布団の中もまだ布きれ一枚纏っていない。

何をしたのか、何をしてしまったのか理解した瞬間、エラはばさりと頭まで布団に潜り込んだ。


「ん…寒いよエラ」

「煩い…」


目を覚ましたアルフレッドが、エラの後頭部に頬を摺り寄せて体を密着させる。

やめろ離れろと暴れるべきなのか、大人しくそれを受け入れるべきなのか分からないが、今はただ恥ずかしくて死にそうだった。


「水飲む?」

「…のむ」


大きく欠伸をして、アルフレッドはベッドからのそのそと出て行った。床に放り投げられた服たちから下着とパンツを探して身に付けると、少し離れたテーブルに置かれていたチェイサーに手を伸ばし、グラスの半分程まで注いでエラに差し出した。


「酷い部屋だ」

「お前が散らかしたんだろ…」

「余裕が無かったもんで」


へらりと笑うアルフレッドだったが、昨夜の見た事の無い顔を思い出し、エラはグラスを両手で抱えながら気まずそうに視線を布団に落とす。

胸元まで引き上げられた布団が落ちてしまわないよう、腕で抑えながらグラスを傾けるのは難しい。


部屋に連れ込まれたかと思うと、もう一度と唇を重ねられ、そのままあれよあれよという間にベッドに組み敷かれ、ドレスは脱がされ、この惨状だ。


とんだ痴態を晒した。自分の声だと信じたくない程甘ったるい声。体のあちこちに残る赤い痕は、アルフレッドに落とされた愛だった。


「体は平気?」

「…色々痛い」

「ごめん」


腰が痛いし、足を動かせばひりひりと痛む。喉もかすかすと掠れているし、今日は一日誰にも会えないかもしれない事を心配するが、どうせ昼にもなれば、普段鍛えているおかげで動き回れるようになるのだろう。


「今更すぎるが、何てことを…」

「あんなに乗り気だったのに」

「雰囲気に流された…」


うーうーと唸るエラに苦笑しながら、アルフレッドはベッドの端に腰かけてエラの頭をそっと撫でる。

いやいやと頭を振っていたせいで後頭部の髪が酷い事になっているが、それを何度も指を通して解していく。


「でもこれで、本当に清らかな乙女じゃなくなったわけだ」


王家に嫁ぐ為の条件はこれで崩れてくれた。それは良い。良いのだが、雰囲気に流されて一線を越えてしまった事を後悔していた。


エラだって普通の女なのだ。

初めてを捧げるのは心から愛した男が良かったし、出来ればそれは結婚式の夜が良かった。


現実は、好いた男が相手だが、結婚どころか婚約も恋人関係でもない。

本来ならばあってはならない事をしてしまった。それが後悔としてぐるぐると頭を回っていった。


「…嫌だった?」

「え?」

「何だかそう見えたから」


そっと頭を撫でるアルフレッドの顔は、寂しそうな、申し訳なさそうな顔だった。

嫌だったかと問われれば、別に嫌だったわけではない。

望んでいたわけでもないが、嫌でないから受け入れたのだ。

雰囲気に流された事も事実だし、何てことをしてしまったのだと頭を抱えてもいるが、した事自体は嫌ではなかった。


「やじゃ、ないけど」

「そう?」

「この先どんな顔してアルと一緒にいれば良いのか…わからない」

「今まで通りで良いよ。俺もそうするから」


今まで通りとはどういう事だろう。

今まで通り、三人一緒にいたいと我儘を行っていれば良いのだろうか。ただいつも通り、我儘で大人になり切れないエラでいれば良いのだろうか。


ならば、アルフレッドのいつも通りとは何だ。

隙あらばエラを口説き、甘ったるい言葉を吐いて、大事そうに抱えるという事だろうか。


訳が分からずじっと見つめてくるエラの頬に、アルフレッドはそっと唇を寄せた。


「これで最後で良い」

「それは、どういう意味?」

「昨夜の事を思い出にして、今まで通り腐れ縁でも良い。でも傍には居させて」


それは愛し合った翌朝に言う台詞か。流石に経験の無いエラであっても、これは違うという事くらいは分かる。

グラスをサイドテーブルに置き、胸元をしっかりと隠したままアルフレッドの頬をぐいと抓った。


「いたい」

「馬鹿言うからだ」

「何が…」


抓られた頬を摩りながら不満げにエラを見つめる。


「散々好きだの愛してるだの言ってきたくせに、一度抱いたらそれで満足って何だ」

「それはほら、半ば無理矢理抱いたようなものだし」


駄目だとか、やめてだとか言ったような気はするが、それを聞かなかったのはアルフレッドだ。

聞く気なんて全く無かったくせに、今更何だと眉間に皺を寄せ、エラはぐいぐいとアルフレッドの頬をまた抓った。


「良い度胸だな、人の純潔を奪っておきながら」

「じゃあ、またして良い?」

「調子に乗るな馬鹿」


ぺちりとアルフレッドの頬を軽く叩き、シャツを貸せとアルフレッドを睨む。

床に落とされたままだったシャツを拾い上げ、手渡してくれたアルフレッドは、エラの言葉の意味を測りかねているのか、困ったように首を傾げた。


「どうしてくれるんだ本当に!」

「ごめん本当にどういう事なのか分からないんだけど…」

「私が普通の女だったって自覚したじゃないか!」


ぎゃんぎゃん文句を言うエラが何を言いたいのか漸く察し始めたアルフレッドが、嬉しそうに頬を緩ませた。


—コンコン


部屋の主を起こすかのようなノック。既に主は目覚めているし、普段ならば朝から部屋に来るような使用人もいない筈。

何故と体を強張らせた二人が言葉を失っている隙に、扉は無遠慮に開かれた。


「殿下、お目覚めのお時間で、す」


床に散らばる布。そのうちの一つがドレスであり、視線を上に向ければベッドの上で硬直している部屋の主。


そして、明らかに何も着ていない女が固まっている。


「…最悪だ」

「うーん…まあ、諦めて」


声にならない悲鳴を上げた使用人が、顔色を悪くさせながら廊下を走って行った。


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