三人
エラとサラが陣に戻ると、既に隊は落ち着きを取り戻したらしく、眠っている者も多かった。
勿論見張りの数は増えていたし、テオドールも外に出てきている。
「戻ったか」
「魔法使いを三名程潰してきました」
「物理的にね」
エラの報告に一言付け足し、サラは手にしていた魔石をちゃりと音をさせながらテオドールに差し出した。どれもこれも上質な物だ。
「こんなに?」
「何故かは知りませんが、エラも持っていますわ」
促されて差し出した魔石を合わせて十五。本来三人の魔法使いが持っていてはいけない数の魔石に、テオドールは眉間に皺を寄せて小さく唸る。
恐らくまだいるであろう敵側の魔法使いが、あとどれだけ魔石を持っているか分からない。そもそも魔法使いが何人残っているのかも分からないのだ。
夜襲の意図は全く分からないが、少なくともこれだけの数の魔石を回収出来たのは戦果としては上出来だった。
「これに魔力を籠める事は出来るか」
ちらりとエラを見ながら零された言葉に、エラは小さく頷いた。
握りしめた魔石は六つ。それらを割らないように、弾けてしまうギリギリを狙って魔力を掌に集めた。
ひやりと冷えていた魔石が、じんわりと熱を帯びる。握っていて心地よいと思える程度の温度になったところで、パッと掌を開いた。
「七分目、といったところか?」
「申し訳ありません、細かい調整が出来ないもので」
これ以上は割りかねませんと続けたエラに、テオドールは満足げな顔を向けた。
「これを消耗している隊の隊長に渡そう。少しは助けになるだろうから」
そう言うと、エラの持っていた魔石とサラの持っていた魔石を取り換える。新しく渡された残りの魔石にも、同じように魔力を籠めた。
「これだけの石に魔力を籠めても何ともないのね」
「普通は何かあるのか」
「倒れるでしょうね」
貴方は普通じゃないんだから。
少し前にそう言ったサラが、今は「信じられない」と言いたげな目をエラに向ける。
普通じゃないのだから、倒れないのは当たり前。それどころか、この倍以上の石に魔力を籠めてもピンピンしているだろう。
何処までも普通では無いのだなと苦笑し、エラはまた石をテオドールに手渡した。
「ああ、この二つは良い」
「私共に必要ありません」
「そうじゃない。友人に」
ころりと返された石は、他のものより質は劣る。だが、キラキラと輝く青い魔石はどの石よりも美しかった。
友人とはきっとアルフレッドとアイザックの事だろう。心配そうに遠くから此方を見ている二人を顎でくいと差しながら、テオドールは行ってやれとエラに微笑んだ。
「…お心遣い、感謝致します」
ぺこりと小さく頭を下げ、エラはすっと深く息を吸い込む。
大勢の前でこれを渡せば、月の魔女はあの二人だけを贔屓すると言われかねないだろう。三人だけでこそこそとやり取りをしたおかげで、エラが魔石を二つ持っている事は周囲には知られていない。
ぐっと拳を握り込み、その場で大声で二人を呼んだ。
「アルフレッド、アイザック来い!」
月の魔女としての命令。見回りに行くからついて来いと命令をしているように見せ、この場から少し離れる作戦だ。
ぎくりと肩を揺らした二人が、少し急ぎ足で夜空の三人の元へ走り寄った。
「お呼びですか、魔女」
声色の固いアルフレッドが、月の魔女としてエラに言葉を返す。そうさせているのは自分だが、何だか落ち着かなくてエラは苦笑しながら「見回りだ」ともう一度言葉を零した。
◆◆◆
さくさくと雪を踏みしめる音が三人分。真夜中になり月はすっかり高くなっているが、もう眠っているような気分でもない。そもそもエラは今夜は眠る気は無かった。
「なあお嬢、まだお月様扱いしなきゃダメ?」
アイザックのふにゃりと気の抜けた声に、エラは表情を緩ませながら振り向いた。
「もうする気ないんだろ?」
「だってあれ疲れるんだぜー?俺畏まった感じ苦手」
べっと舌を出しながら、アイザックは面白くなさそうにエラを見た。アルフレッドは昼間喧嘩した事を気にしているのか、一言も発さない。
「さっきの騒ぎは何だったんだ?」
「さあ?魔法使いが三人潰れてたけど、特にそれ以上の情報は無し」
肩を竦めるエラに、アイザックは「なんだそれ」と口を尖らせる。そんな顔をされてもそれ以上の情報が無いのだから、何も言えやしないのだ。
「折角氷の術同士でやりあえると思ったのに」
心底つまらないと言いたげなエラの言葉に、何か言いたげなアルフレッドが顔を上げる。だが、結局何も言わずに唇を噛み締めるだけだった。
「魔石を持ってた。しかも結構な数。残されてたやつは全部回収してきたけど、何であんなに持っていたのかも、それを回収せずに去ったのかも謎」
「ほーんと何がしたかったんだろうな?」
「回復するのを阻止したかったとか?何にせよ、十五も上質な石を回収できたのは大きい」
にたりと笑うエラが、ころりと掌に魔石を転がす。月明りを反射する魔石の輝きにアルフレッドもアイザックも目を見開いた。
「何でエラが持ってるんだ?」
漸く口を開いたアルフレッドに、エラはちろりと視線を向ける。目があった途端それを逸らされるのは何だか気分が悪いが、さっさと用事を済ませようとエラは無理矢理アルフレッドの手を取った。
「私の魔力を籠めてある。割れると困るから限界量までは入って無いけど…お守りにはなるだろ?」
1つをぎゅっと握らせ、もう一つはアイザックに握らせる。
魔術も使えないただの人間とそう変わらない自分たちに持たせるなんて勿体ないと文句を言われ押し返されようと、エラはもうそれを受け取る気など更々無かった。
「お守りなら前に貰ってる!」
「そんな子供だましのお守りなんか、この戦場じゃ何の役にも立たないよ」
二人の手首に巻きつけられた飾り紐は、長い時間のせいですっかりぼろぼろだ。もういつ切れても可笑しくないだろうに、二人は律儀に手首に巻き続けている。ステプからファータイルに戻ってすぐに巻き直したのだ。
「見てただろ、私が戦ってるとこ。あれだけ動き回るから、二人に何かあった時すぐに守ってやれない」
じっとアルフレッドとアイザックを見つめながら、エラは静かに言葉を続ける。
「だからせめて、私の魔力を籠めた石を持っていて。気休め程度だけど、何かあった時一度は守ってくれるだろうから」
「守ってほしいなんて思ってない…」
ぽつりと零された言葉は、アルフレッドのものだった。
握らされた石をぎゅっと握り込みながら、エラを見つめて零される言葉は震えていた。
「何で愛した女に守られなきゃいけない?俺が何も持っていないからか?」
「アル」
咎めるようなアイザックの言葉に耳も貸さず、アルフレッドはふるふると小さく首を振った。
「そんなに、俺は頼りないか?」
「違うよアル。大事な人だから守りたいと思うんだよ」
「俺だってエラを守りたい!一緒に居るんだろ?俺とザックと、三人で!」
あんな戦い方をしていたら、いつか絶対に怪我をする。もっと悪ければ死んでしまう。
そうなれば、三人で穏やかに過ごすなんて叶わない。そうありたいと願っているくせに、誰よりも前で無茶をするのは何故なのだ。
そう責め立てるアルフレッドに困ったような顔を向け、エラは助けてくれとアイザックに視線を向けた。
「なあお嬢、やっぱ俺付いてきて正解だったかも」
「どうして?」
「お嬢がじゃじゃ馬なのは昔からだけど、戦場のお嬢はじゃじゃ馬どころの騒ぎじゃねぇもん」
「失礼だなあ…」
しょんぼりと項垂れるアイザックが、のろのろとエラの体を抱きしめた。アルフレッドに遠慮してあまり触れてくる事のないアイザックがだ。
「ほんとに、死んじまう」
頼むから、もっと後ろに下がれ。そう続けるアイザックは、心底恐ろしいと言いたげに身体を震わせる。鍛え抜かれた筋肉質な太い腕が、しっかりとエラを抱きしめて離れない。
「でも何言っても下がったりしないんだろ、お嬢は」
「よく分かってるじゃん」
「幼馴染だしな」
「腐れ縁の間違いだろ」
クスクスと小さく笑いながら、アイザックの体を抱き返してアルフレッドに視線を向ける。なんとなく複雑そうな顔をしているのは、自分ではない男と抱き合っているせいなのか、エラが何を言われても大人しく守られる気がないせいなのか。
「子供の頃、お袋がよくしてくれたおまじないがあるんだ」
何だと視線を向けた途端、アイザックはそっとエラの額と自分の額をこつりと充てる。何事だと固まったエラだったが、アイザックはそれを無視して続ける。
「可愛い子、愛しい子、どうかどうかこの子が健やかに生きて行けますように」
そう小さく呟くと、エラの頭の先に小さく唇を落とす。母親がやってくれたというまじないをそのままやっただけなのだろうが、頭とはいえキスをされるなんて慣れていない事にエラは勢いよく飛びのいた。
「何照れてんだよー」
「照れるとかそういう話じゃなくてだな!」
「まあまあ、おまじないだって。俺はお嬢に恋愛感情なんかねーもん」
へらへらと笑ってみせるアイザックが、一歩離れたアルフレッドの背中をばしばしと叩いた。
「こいつあの後結構落ち込んでたんだぜ?事実を突き付けられてその上拒絶されたんだから」
「止めてるのに中隊長を殴ったりするからだろうが!その件に関してはまだ怒ってるんだからな!」
ぎゃんぎゃんと怒り出したエラに困った顔をしながら、アルフレッドは小さく「ごめん」と詫びた。
「全く。後でちゃんと謝って来るんだからな。それから、二度とあんな事しないように!」
ふんふんとまだ鼻息の荒いエラだったが、漸くアルフレッドにそっと微笑むだけの余裕は出来たらしい。
「下がる事も、守られる事も受け入れられない。私はそういう存在だから。アルとザックを守りたい。三人で一緒に居る為に。その為に戦うの。分かって」
「…分かりたくない」
頼むよと零しながら、エラはそっとアルフレッドの体を抱きしめた。すっかりこの男に触れる事に慣れたなと苦笑しながら、のろのろと抱き返される感覚に目を閉じた。
「直接守ってやれなくても、向かっていく敵を出来るだけ削るから」
「うん、そうして」
「何も出来ない。ごめん」
「いてくれるだけで良い。本当は一人でここに来るの怖かったんだ」
小さく笑ったエラに、アルフレッドの腕の力が強まる。ごめんと何度も繰り返す声は、やはり小さく震えていた。




