再会と久方の
サラが満足げな顔をしながら落とした敵陣の頭の首を放り投げる。にんまりと笑った魔女の顔は、返り血に濡れていた。
「魔女様…!我らの魔女様だ!」
誰かがそう叫んだ。残った人間達は散り散りになって逃げていくが、残党狩りは後にするらしい。今は大人しく主であるテオドールの元に戻って行く二人の魔女を讃える声を上げ、同胞たちは「助かった」と喜んだ。
「エラ…いつもこんな、こんな事してるのか?」
「そういう女である事を望むのが、我が国の民だろう」
何を今更。困ったように笑い、エラはぐるりと隊を見まわす。絶句しているのはハンスとザッカリーで、何故そんな恰好をしているのだと言いたげな視線を向けていた。
月の魔女ではなく、エラ・ガルシアとして見てくれる隊員たちがいる。だが、その張本人であるエラは今、月の魔女として仕事をしてみせた。最強の盾として、迫りくる人間を蹴散らし、後方に下がってくる同胞たちを守り抜いた。
「流石に、此方も消耗しておりますわね」
「少し休もう。残党狩りはその後だ」
テオドールがそう言うと、この隊を率いていた男が慌てて案内し始める。野営場所は此処から少し移動したところらしい。疲れたと溜息を吐き、エラはのろのろとそれについて行く。自分の馬は何処だろうと見まわしてみるのだが、残念ながら随分遠い所にいた。
◆◆◆
「エラ、入っても良いか」
ザッカリーの声だ。ぴくりと反応したアイザックが、警戒しながらテントの幕を細く開ける。お前は何だと言いたげに不機嫌そうなザッカリーの顔がほんの少し見え、エラは苦笑しながらアイザックに「入れてやって」と声を掛ける。
「何故此処に?テルミットはどうされたのです」
「テルミットはガルシア家が守っている。あれから人間共が殆ど此方に来なくなったんでな」
「そうですか。まさかこんな場所で再会するとは思わず、驚きました」
無事で良かった。そう笑ったエラは、いつものエラだった。
さっきの偉そうにしているエラは見間違いか?と首を捻りながら、ザッカリーはハンスを引き連れてテントに入ってくる。随分広いテントに大人が四人。恐らくこの後アルフレッドも戻って来るとなると、かなり狭くなりそうだ。
「お前、その姿は何だ」
「少しは見られるようになったでしょう。式典用らしいですよ」
「そういう事を言っているんじゃない。月の魔女になるのは嫌なんじゃなかったのか」
ずっとそう言っていたじゃないか。ぽつりと零された言葉に、エラはへらりと笑う。
「散々良い様に利用したくせに、よく言いますね」
利用したという言葉に、アイザックがぴくりと反応する。デンバーから言質を得る為に利用された話を知っているからだ。この男がやらせたのかと睨みつけ、エラを守るように立ちはだかった。
「ザック、大丈夫だから。この人達は私の上官。会った事あるだろ?」
「テルミットで会った。でも利用したのは許せない」
「使えるものは何でも使え。ザックだって同じこと言ってただろ」
威嚇してくるアイザックに困惑し、申し訳ないと小さく詫びるザッカリーは疲れた顔をしていた。急いで隊を移動させ、デンバーがいなくなった今、仮の大隊長として隊を率いているという。
どれだけ大変な思いをしているだろう。ハンスだって、なりたくないと言っていた中隊長の役目を押し付けられているらしい。まだ一言も発していないが、大人たちの思うがまま祭り上げられ、最前線で誰よりも前で戦わされた姿を見ている。
「ごめんよ、守ってあげられなくて」
「私の役目ですから、どうぞお気になさらず」
「なりたくない存在になろうとしているんだろう?苦労が絶えないだろうに」
「友人が共に居てくれます。だから私は大丈夫」
にこりと微笑み、エラは真っ白な軍服のままそっと立ち上がる。
ゆらりと揺れた上着の見事さに、ザッカリーとハンスは息を飲む。見た事の無いエラの姿。ただ黙って真直ぐ立っているだけで、この女性は特別であると知らしめるその姿に言葉を失ったのだ。
「それよりも、私は月の魔女を演じなければなりません。お二人には非常に失礼な態度を取らねばならないでしょう。申し訳ありません」
深々と頭を下げるエラに、ザッカリーはそっと肩に手を乗せた。アイザックがそれを叩き、振り払う。
「構わない。それくらいで気を悪くする程小さくないつもりだ」
「感謝します」
ほっと息を吐いたエラが頭を上げる。そういえば何をしに来たのだと首を傾げると、タイミング悪くアルフレッドが戻って来てしまった。
「誰だ」
「ザッカリー中隊長とハンス小隊長。会った事あるだろう?」
さらりとした紹介だったが、アルフレッドはぴきりと額に青筋を浮かべる。足早にザッカリーの前に歩み寄ると躊躇する事無く拳を叩き込んだ。
地面に倒れ込むザッカリーに、エラは小さく声を漏らす。
「お前がエラに女を使わせたか」
「…ああ」
「よくも…」
「アルやめろ!」
倒れ込んだザッカリーの前に立ち、アルフレッドから庇うように睨みつける。退けと体を押されるが、今退いたら馬乗りにでもなって殴りつけるだろう。
「私の上官、私の恩人だ!やめないなら今すぐこの場から叩き出すからな!」
「この子をどれだけ利用すれば気が済む!あの醜悪な肉の塊に媚を売らせ、何をされるかも分からないのに利用したな!」
怒りを露わにしたアルフレッドの言葉に、ザッカリーはのろのろと立ち上がる。口の端が切れ、流れる血を拳で拭うが、その目に怒りは抱かれていなかった。
「すまなかった。怒りは当然だろう」
お前たちの関係を知っていて利用した。そう零されても、別にエラとアルフレッドの間に何もない。少なくともあの時は何も無かったのだ。
「二度とエラの前にそのツラを見せるな」
次は叩き斬る。
そう威嚇し、アルフレッドはさっさと出て行けと幕を持ち上げた。
「…すまないガルシア、邪魔をした」
これ以上ここにいない方が良い。そう判断したらしいザッカリーは、言われた通りハンスを連れて出て行った。
結局、何をしに来たのか聞けもしなかった。折角生きて再会出来たのに、それを喜ぶ事すら出来なかった。
「何をしてるんだお前は!」
「一度で良いから殴っておきたかった。エラに危険な事をさせるからだ」
「使えるのなら使ってくれと私が頼んだ!お前は何を考えている?私たちは別に恋仲でも何でもない、ただの同期で友人、腐れ縁だろうが!」
勘違いをしてくれるな。そう怒りを込めて、エラはアルフレッドをきつく睨みつける。お前も出て行けと二人が出て行ったばかりの出入り口を指差し、エラはふーふーと荒い呼吸を繰り返す。
まだ感情が落ち着かないアルフレッドは、大人しくそれに従って出て行った。
「ザックも、出てって」
「…はいよ」
今は一人になりたい。疲れた。何も考えたくない。
一人になったテントの中で、エラは毛布を被って蹲った。
◆◆◆
夜空の三人が揃ったこの隊は、現状ファータイルの隊で一番活気を持った隊となっただろう。最前線とされるこの北の地で、攻めてきた人間共をどうしてやろうかとギラギラした目で作戦を練る。
「魔法使いがいなかったわね」
「それなりの数いると思っていたんだがな」
サラとテオドールの言葉に、ザッカリーは背筋を伸ばしながら報告をする。
「魔法使いは現れたりそうでなかったりとまちまちです。現れない時がいつなのか読めない為、我々も攻めるに攻められず…」
「成程な。今回も深追いして囲まれて叩きのめされるのを恐れていたか」
道理でなかなか進まないと思ったと零しながら、テオドールはゆったりと椅子の上で足を組む。
どこから見ても余裕のある自信に満ちた王。勿論そう見えるように演じているだけなのだが、それを知らない者たちには「これがこの先自分たちを導く王」と期待させた。
「魔石の魔力切れが原因でしょう。恐らく近くに貯蔵庫がいる」
ぽつりと零したエラの言葉に、サラは小さく溜息を吐く。
この地で攫われている魔族の子供たちが、前線からそう離れていない場所につれて来られているかもしれない。親元に帰りたいと望んでいるかもしれないが、きっと待遇はあまり宜しくないだろう。
食糧も物資も乏しいこの冷え切った地で、捕虜にしている子供に割く食糧も物資もそう多くはない。腹を空かせているだろう、寒さに震えているだろう。何も知らず、ただ甘言に乗せられただけの幼い子供たちの安否を気にしながら、エラはがじりと爪を噛んだ。
「敵を叩くにはまず後方から。それは以前テルミットで身をもって経験しております」
大好きな友人の笑顔を思い出しながら、エラはスッと細めた目をテオドールに向ける。
ふむと考える素振りを見せながら、テオドールはぐるりと自分を見つめる男たちを見まわした。
ザッカリーを始めとする元東地区担当の隊。元からこの地を担当していた隊。何方も疲れ切っており、あまりこの争いを長引かせたくない。出来れば早々に殲滅し、人間が入り込まないようにバリケードのようなものでも設置したいものだが、まずは入り込んだ虫を一掃しなければならない。
「まずは一晩休息を。その間月と星はこの陣を守り切れ」
「はい、我が王よ」
エラとサラの揃った声に、男たちは続く様にしてその場で跪く。
有難い、一晩休めるだけでも御の字だ。そう零す誰かの声に、たった一晩すら安心して休めない状況だった事にサラの眉間に皺が刻み込まれた。
「それではこれにて解散。各自食事を摂り休息を」
にっこりと微笑んだテオドールがパンと小さく手を鳴らし、緊張に包まれたテントの中はほっと息を吐いた。




