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最前線

この地を治める辺境伯は、裏切りに加担していた。それを知った民は、皆信じられないといった顔をしていたものの、自分たちを利用し自分の家を守る為だけに動いていた事を知り怒り狂っていた。


その悪事を暴いた夜空に、民は「私たちを助けてくれ」と膝を付く。隊が進む道の両脇に、民が皆深々と頭を下げて並ぶ。まるで人で作られた道のように見えて、何だか気分が悪かった。


「助けてくれ、ねえ」


小さく呟き、エラは深々と眉間に皺を寄せる。この地に生きる者は弱い。魔力を持つ魔族ですら、助けてくれと懇願するばかりだ。自分たちの暮らすこの地を自分たちで守ろうとは思わないのか、それでも生きる気があるのか。そんなどうしようもない不満を胸の内に抑え込み、エラはじっと前だけを睨みつけた。


どうしようもないのだ。自分たちでどうにかしようにも、この地を治める男は貴族。何か機嫌を損ねればあっという間に殺されかねないし、そうでなくとも今は戦争中。前線とされるこの地で、若い男たちを戦闘に使われ、生きて行くだけで必死なのだ。そんな事はほんの少し考えれば分かる。


分かりはするのだが、行く先々で「助けてくれ」と涙ながらに訴え続けられれば、そのうち段々嫌になってきてしまったのだ。


お前たちは良い。ただ涙ながらに助けてくれと懇願し、エラたちが戦っている間、夜空の勝利を願いながら大人しくしていれば良いのだから。実際にその身を晒して戦うのが誰だと思っているのだろう。

冷めた目を向けないよう必死で前を睨みつけていたエラ率いる一行は、既に戦闘を再開している前線へと辿り着いた。


「殿下…?!」


信じられない、本当に来た。そう言いたげな男が振り返る。ぞろぞろと隊を引き連れてきた事で、戦力だと誰かが叫んだ。


「夜空だ!本当に夜空が来てくださった!」


喜びに叫ぶ者、感激の涙を流す者、どうせ大した事は出来ないと冷めた目を向ける者。

それぞれがどんな反応をしようがどうだって良い。今はまず、此方に雪崩れ込もうとしている人間の群れを追い返すのが先決だ。


「ふむ、なかなか苦戦しているようだ」


さして困ってもいないような顔で、テオドールは黒馬の上からじっと前を見つめる。

前の方ではまだテオドールたちが到着した事に気付いていない。人間達の群れもそれは同じで、ただ必死で目の前の敵と戦っていた。


「少し盛大にやってやろう」


にっこり笑ったテオドールは、器用に馬の背中に立ってみせる。危ないですよと誰かが声を漏らすが、腰に差していた剣をすらりと引き抜き、切っ先を天に向けた。


「我が月よ、我が星よ。行こう」


兄のその姿に、エラの隣にいるアルフレッドが緊張した目を向ける。やれやれと溜息を吐き、エラはさっさと白馬から降り、その辺りに居る男に手綱を任せた。


「エラ」


無茶をしてくれるなよと心配そうに声を掛けるアルフレッドと、その反対側で心配そうな目を向けるアイザクにちらりと視線を投げながら、エラは小さく笑う。


「待ってろ、すぐに終わらせる」


エラは胸を張ってすたすたと歩き出す。その隣に並んだサラ。二人を取り囲む男たちが、これから何が起きるのかを想像出来ないといった顔でじっと動きを待った。


「道を開けよ」


静かに命じたテオドールの声に、隊はぱっかりと二つに分かれるように月と星に道を開けた。

ちゃきりと金属の音がした。「行っておいで」と優しい声色で、テオドールの命令が下される。


弾かれるように、エラとサラの足元から氷の柱が放たれる。足の裏を突き上げるようにしたそれは、開けられた道を一直線に吹っ飛ぶように二人を運ぶ。


「上」


ぽつりとエラが呟く。にたりと笑ったサラが、「下」と呟いた。勢いそのままに吹っ飛ばされているサラだったが、足を支えている氷の柱を勢い良く蹴り、炎の渦を生み出した。下から突き上げるように拳を天へ向け、生み出された渦が人間を焼く。


それに巻き込まれないように勢いを殺したエラは、いつも通り自分の体を支えるように下半身を凍らせ、上から陣を見下ろす。サラの炎が熱くて不快だ。折角作った氷が溶けてしまうではないかと舌打ちをしながら、人間がどのあたりに集中していて、同胞が何処に居るのかを確認した。


正直入り乱れていてよく分からない。だが、後方で指示を出していたであろう人間は見つけた。真っ青な顔でエラを見上げ、無様に震えている姿は滑稽だ。


「失せろ」


にたりと口元を歪ませ、エラは両腕を頭の上に真直ぐに伸ばし、祈るように指を絡める。深く息を吸い込み、髪の先まで発光させて魔力を練り上げると、ごきりごきりと鈍く低い音が響いた。


組んだ手の上で、歪で巨大な氷の球が出来上がっていく。それが落ちてくると思ったのだろう。下からエラに向けて矢が飛んでくるが、それは味方の炎の術師が防いでくれた。


成程、少しは使えるんだなと満足げに笑い、エラはまた意識を氷に集中させた。


もしもこの氷に無数の棘が生えていたら。その棘が一本一本勢いよく地面に向かって突き刺さったなら。人間達はどうやってそれから逃げるだろう。


いや駄目だ。制御が下手なエラでは、同胞も数多く傷付けてしまうだろう。それでは後でサラにどんな嫌味を言われるか分かったものでは無い。


「魔女だ!魔女を殺せ!」


守れ守れと喚きながら、後方で震える男は部下を肉の盾にしてまだ偉そうにしている。

ああ、なんとも滑稽だ。こんな男の為に、この寒く凍てつく地で死ぬのかと思うと、敵ながら憐れに思えてならなかった。


「ううん…違うな」


巨大な球一つでは、大して削れはしない。強大な力を持っている事を見せ付ける為には充分な効果を発揮したようだが、順調に前に出てきていた人間を焼き、切り捨ててていくサラのように上手い事出来そうにない。


「ああそうだ、小分けにすれば良いんだな」


良い案だ。

パッと組んでいた手を離し、顔の前でパンと渇いた音を鳴らした。すぐさま細かな氷の粒となったそれは、キラキラと輝きながら風に運ばれ、人間達の陣、後方へと流れて行った。


良い方向に行ってくれた。

にんまりと笑ったエラが、今度はそちらに向けて手を向け、開いていた手をぐっと握り込んだ。


散っていた氷が、ぱきりと音を立てた。何だと様子を伺う人間達の頭上で、氷たちは再び集まり出し、質量を増し、掌程の大きさの棘となった。


握った手をもう一度開き、掌を下にして勢いよく振り下ろす。動きに合わせ、棘たちは地面に向かって突き刺さって行った。勿論、そこに集まっている人間達の肉を貫きながら。


「効率が悪い」


これだけ多いなら逆に降りた方が早そうだ。パンパンと二度手を鳴らし、体を支えていた氷を砕いた。支えを失った体はあっという間に地面に叩きつけられようとしていたが、ふわりと体が風に煽られる。


「エラ!」


声のした方を見れば、見慣れた顔がそこにある。あちこちに擦り傷を作ったハンスだった。何故此処に、テルミットに居る筈だと目を見張ったが、今はそれどころでは無い。勢いを殺してくれたおかげでふわりと着地する事が出来たが、そこは人間達の真ん中だった。


「殺せ!」


周囲の人間達が口々に叫ぶ。殺せ殺せと煩いな、そう文句を言いたいのを堪え、眉間に皺を寄せながら地面を蹴った。

ぱきぱきと雪の上を這う氷。どれくらいならサラの邪魔にならないかとぼんやり考え、適当な所で這わせるのを辞めた。


魔族の陣営は、氷が這わされた場所で何が起きるのか予想出来たらしい。真っ青な顔で逃げてくれたおかげで、非常に動きやすくなってくれた。


剣を向けてくる男が飛び掛かってくる。恐怖で引き攣った顔をしているくせによくもまあ。体ががら空きだなあとぼんやり見つめ、体を低くしてその男の腹に掌底を食らわせる。

単純な衝撃に呻く男だったが、エラがそれだけで済ませてやる程優しい女である筈が無い。


にこりと微笑みながらよろめく男の胸元に入り込み、再度触れた手から鋭い氷の棘を突き刺した。背中を突き抜けてきた氷は、体温で溶けた水と血液が混ざり合い、滴り落ちて行く。雪を汚していく薄い赤に、引き攣った叫び声を上げる男たちは背中を向けた。


馬鹿な奴等。

ダンと雪を蹴り、這わせていた氷をいつも通り棘へと変化させた。運よくかすり傷やら無傷ですり抜けた輩も逃がす訳がない。トンと自分の太ももを軽く指で叩くと、肉を貫いたばかりの氷から新たな氷が向きを変えて出現し、逃がした人間を絡め取った。まるで棘の生えた蔦だ。


ただ真顔で淡々と指だけを動かす。氷の蔦に守られるようにしてその中心に立つエラは、まごう事無き月の魔女、白銀の魔女と呼ばれるに相応しかった。


「派手ねえ…」


少し離れた場所で形成されていく氷の蔦を見ながら、サラはふうと溜息を吐く。月と星が来たからと、魔族の陣営はじりじりと後方へ下がって行った。すっかり人間ばかりになったこの場所で、サラは何人の人間を切り捨て、焼いたか分からない。


その辺りに積み上がった生焼けの人間たち。既に呼吸の無い者、助けてくれと懇願しながら痛みに堪える者、ひゅーひゅーと細い息を繰り返すもうすぐ死ぬであろう者。それらにちらりとも視線を向けずに、サラは右腕を真直ぐ前に向けた。


「炎よ、全てを焼き尽くしなさい」


深紅の上着がぶわりと舞う。熱風だ。ちりちりと肌を焼く感覚に口元を歪めながら、サラはじっと掌から魔力を放出し続けた。


想像しろ。この身を焼く炎が形を持ち、自分で駆け抜けるように動いてくれたなら。そうだ、獅子なんかが良い。豊かな鬣を蓄えた立派な獅子。それが人間共の間を駆け抜けろ。


じわりじわりと炎が形を持って行く。想像した通りの獅子が、主に背を向けて走り抜けていく。周囲に炎をまき散らしながら走り抜ける獅子。焼かれて叫ぶ人間は炎の獅子から逃げ惑うが、サラはそれを許さない。


逃げ惑う人間の一人に飛び掛かると、首を掻き斬るそれを何度も繰り返し、時折炎で周囲を威嚇するように焼く。

折角綺麗な刺繍が施された袖が焦げてしまわぬ様調整をしながら、しかし人間共に恐怖を植え付けるように、何度も、何人も。


「みいつけた」


にいと口角を上げ、お前がこの集団の頭だなと震える男の前で立ち止まる。ガクガクと震える男が何とか剣を向けるが、ニタニタと笑うサラは容赦が無かった。

握っていた剣の刀身に炎を纏わせ一気に振りぬいた。


ぎゃっと短い悲鳴を上げ、庇うように腕を顔の前に持ってきた男は雪の上に倒れ込む。

ごろりと落ちた何か。それが自分の腕である事を理解し、痛みに絶叫するが、耳障りだと不快そうな顔をしたサラは振りぬいた剣を男の腹に深々と突き立てた。


「ふむ、想定より早かった」


満足げなテオドールの言葉に、アルフレッドとアイザックは絶句するしかなかった。


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