装い
テオドールもサラも、自分たちがどのようにすればどのように見られるかを良く知っている。
例えばサラならば、軍服を着ていればまだまだひよっこの新人として見られる。
ドレスを着ていれば育ちの良い御令嬢に見られるし、そのドレスが豪奢なもので背筋を伸ばして城で行動していれば、次期王妃として見られる。
それを良く知っており、理解し、利用する事に慣れているサラは、テオドールが何をしようとしているのか瞬時に理解したようだった。
「まさか試作品を着ろと?」
「そのまさかだ。私の戴冠式までまだ長い時間があるが、その分試作をする時間は多い」
そうして出来上がっては没にされていく試作品の山。そのうちの一組を手に取って、テオドールはにんまりと笑った。
「人間も魔族も、威厳やら見た目の派手さに意識を持って行かれる者が多い。誰が新米の偉そうな命令に従う?」
何をしようとしているのか理解出来ていないエラは、手渡されたやけに重たい服をその場で広げて首を傾げた。
エラに渡されたのは、真っ白な丈の長い軍服の上着。あちこちを銀糸で飾られ、動く事よりも飾る事に意識を向けられたそれは、やけに重たかった。
「白銀と深紅ですか…そして陛下は黒。お好きですわね」
呆れたように言うサラが持っている服は紅かった。あちこちを金糸で飾られたそれもまた、酷く重そうだ。テオドールの服は黒かったが、金糸と銀糸で飾られたやはり丈の長い上着。
「動くには少々重たいが、この程度で動きが鈍るわけがあるまいな?」
にたりと笑ったテオドールは、さっさと着替えてこいとエラとサラに隣の部屋を指す。
何故わざわざこれから長旅をするのに、こんなに動きにくい服を着なければならないのだと文句を言いたかったが、サラに腕を引かれてしまえばそれに従うしかない。
サラに従う謂われは無い。だが、正真正銘この国の王子、次期魔王であるテオドールには従わなければならないのだ。
「何でわざわざこんな…これもしかして普段から着ろとか言われないよな?」
「まさか。式典用に決まっているでしょう」
ふっと笑ったサラは、エラがいる事を気にもせずさっさと今着ている服を脱ぎ出す。つい数時間前に治療されたばかりの体は、まだ所々肌が赤い。広範囲に重度の火傷を負ったと聞いていたが、回復魔法のおかげですっかり元通りとはいかずとも、動き回れる程に回復したらしい。
「何人の体をジロジロ見て。さっさと着替えなさい」
「大丈夫なの、体」
「何が」
「聞いてる。傷が酷かったって」
ああ…と声を漏らし、サラはげんなりと眉間に皺を寄せる。あの激痛と苦しみを思い出してしまったのだ。もうあの苦しみは御免だと溜息を吐きながら、真新しい黒のシャツに腕を通した。
エラも同じようにシャツに腕を通す。上着は白だが、シャツは黒い物を着せられるようだ。着心地はさらさらとして気持ちが良く、上質な布をふんだんに使っている事に気付く。
「無駄に金掛けて…」
「象徴を美しく飾り立て、この国の頂点に君臨させる。それが自国だけでなく他国への威嚇になるのよ」
「どうだか…」
ただの若造共が、分不相応の服に身を包んだだけで何が変わると言うのだろう。どれだけ着飾ったところで、戦場に出てしまえば何の役にも立たないだろうに、何故テオドールが今この服を着ろと言うのが理解出来ない。
「…この国の民は、夜空の再来を心から待ち望んでいるわ。待ち望んでいる中、久しぶりに人間達と戦争をしている」
着替えを進めながら、サラはぽつぽつと説明をしてくれる。
「今この国は不安定なの。不安定なこの国で、王の弟が反旗を翻した。そして目の前には此方に攻め込んでくる人間がいる」
その群れを前に、もしかしたら国は、王は倒れるかもしれないという漠然とした不安が必ずある。その最中、待ち望んでいた存在が堂々と現れたらどうなるか。彼らが共に戦ってくれるというだけで、湧き上がる物があるのだ。そう言ったサラは、深紅の上着をかっちりと着込んでにこりと笑ってみせた。
「どう?似合うかしら」
「ああ…うん、とても」
「ありがとう。貴方もさっさと着替えなさい。少しは威厳のある魔女に見えるわよ」
にたりと笑うサラは、もうすっかりいつもの調子だ。きっと体はまだ辛いだろうに、憎まれ口を叩いてみせる。虚勢だ。そして普段通りの自分であろうとする事で、己を保っている。彼女なりに、必死に立っているのだろう。
ぐっと唇を引き結び、エラは渡されていた真っ白なパンツと上着を身に付ける。ずしりと重たい上着に肩が凝りそうだ。
「あら、見られるようになったじゃない」
「煩い」
ばさりと上着の中に入り込んでしまった髪を引き抜き、エラはふっと息を吐く。
この恰好をしたから何か変わるとは思えない。着ているのは所詮自分、ただの小娘エラ・ガルシアだ。サラの言う効果がどれだけあるのかは分からないが、たったこれだけの事で士気が上がるのならやってやる。
「殿下、お待たせ致しました」
扉を開き、長い裾をひらひらと揺らしながらサラはゆったりと微笑む。二人の衣装はまるで対のようなデザインで、色だけが違った。
大きく開いた胸元には、大柄の刺繍が施された襟。袖は大きく折られ、そこには細かな刺繍がびっしりと埋め尽くされている。
エラの衣装だけが詰襟で、袖の部分は大きく広がりラッパのように見えた。その袖を中心に細かな刺繍が施され、遠目に見れば雪やら氷の精霊に見えなくも無いだろう。
「似合うじゃないか」
満足げに笑うテオドールは、自分の黒髪をくしゃりと掻き上げる。まだ若い男だが、少しだけ大人びたような印象に見えた。
「さて、隊の支度は既に整い始めている。我々の馬もな。まさかとは思うが、馬に乗れないなんて言わないな?」
どれだけ訓練させられたと思っているのだ。早馬にしがみ付き、たった三日で王都まで辿り着く事がどれだけ大変だったか。その苦労を思い出し、エラは僅かに眉間に皺を寄せた。
「支度も済んだ。もうそろそろ出ようじゃないか」
ゆったりと演技掛った動きで、テオドールはそっと大きな扉を開く。その先には長い廊下。恭しく頭を下げた衛兵が、出てきた三人の姿に目を見張る。ああと小さく声を漏らし、ただ前だけを向いて歩き出す若人たちに視線を奪われていた。
「再来…」
「我らの夜空」
小さく呟く声を聞かないふりをして、エラはまた唇を噛み締める。
本当は怖くて堪らないのだ。戦場という場所が怖くて堪らない。覚悟を決めたとはいえ、月の魔女として扱われるこの先の未来が恐ろしい。誰も自分をエラとして見なくなる。必要とあらば、すぐさま前線に送られる事になるであろうこの先の人生が、心の底から恐ろしくなった。
「エラ!」
ばたばたと騒がしい足音に、エラはその場で足を止める。後ろから迫ってくる二人分の足音と、自分の名前を呼ぶ腐れ縁たちの声。振り返ったテオドールとサラは、何も言わなかった。
今すぐその声に振り向いて、一緒に来てくれと言えたらどれだけ良いだろう。一緒にいてくれと抱き付けたなら。だが、それをしてしまえば、魔術の使えない大好きな二人は無駄死にだ。生きていたとしても、どんな状態になるか分からない。
比較的安全と思われるこの王都で、ただ自分の帰りを待っていて欲しいのに、どうしてそれを分かってくれないのだろう。
「エラ、こっち向いてくれ」
ぎゅっと背中から抱かれる感覚。いつものアルフレッドの香り。熱くなった目頭を必死で耐え、エラは必死に前だけを向いた。
「何だその服、似合ってないぞ」
絶対に言葉を返してなるものか。今言葉を発せば、それはきっと無様に震えてしまうのだ。そんな格好悪い姿を晒して、行ってきますなんて言えない。
「月の魔女になるなんて嫌だって、言ってたじゃないか」
今でもそうだ。心の奥底では嫌だと思っている。思っている筈なのに、守りたいとも思っている。どうするのが正解なのかも分からないこの感情を抱え、これから戦場に出なければならない。そう願ったのは自分なのだから。
「一緒に居てくれ、一人で行くな」
エラ、エラと何度も繰り返し、アルフレッドは更に腕に力を込めた。なんて居心地が良いのだろう。ずっとここに閉じ込められてしまいたい。そう出来たなら、どれだけ嬉しいか。
「愛してるって言っただろ。愛してるんだ、一緒に居たい、何でわざわざ戦場なんかに送り出さなきゃならないんだ?」
それはプロポーズか?と小さく呟いたテオドールは、嫌だと駄々を捏ねる弟に呆れた目を向ける。黙っておきなさいと視線を向けたサラは、ただゆったりと口元を綻ばせた。
「行きたくなくなるような事言わないでよ、アル」
漸く言葉を発したエラに、アルフレッドの腕が僅かに力を緩めた。
くるりと体の向きを変え、アルフレッドを見上げたエラは、しっかりとアルフレッドの首に腕を回して抱き付いた。
「仕事をしてくる。帰る場所になるって今この場で約束して」
ザックも、お願い。
そう続けたエラは、離れたくないと言いたげにアルフレッドの体にしがみ付いて離れない。その体をアルフレッドもしっかりと抱きしめて、兄や幼馴染の前である事も気にせず、穏やかな声色で囁いた。
「エラ、心の底から君を想うよ。何処に居ても」
そっと体を離し、アルフレッドは涙を堪えようと必死になっているエラの左頬をそっと包んだ。ゆっくりとその手を後頭部まで移動させ、何と問われる前にその口を塞ぐ。
あらまあと小さく零したサラだったが、エラはそれどころでは無い。何をした、何をされたと目を白黒させ、視界いっぱいに広がる目を閉じたアルフレッドの顔を凝視する。
「殴るなら帰った後にして。兄上、俺とザックも一緒に行く。駄目と言われてもついて行くからそのつもりで」
「好きにしろ。死んでも知らんがな」
「ねえ俺置いてきぼりも良い所じゃない?!」
ぎゃんぎゃん文句を言うアイザックにアルフレッドから引きはがして貰ったエラは、ぽかんとした表情のまま固まり続ける。
「おーいお嬢、行くぞー」
「あ…え?はあ?!」
大声を上げながら漸く我に返ったエラの背中をぐいぐいと押しながら、アルフレッドは満足げにけらけらと笑う。初めてだったのに何をしてくれているんだと文句を言うエラに、サラは呆れたように溜息を吐いた。
「ちゃんと仕事中はそれらしくしなさいよ」
半分涙目になったエラは、じろりとサラの背中を睨みつける事しか出来なかった。




