表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/87

星の魔女

不機嫌そうな顔のジェームズをはじめとした臣下たちがずらりと並ぶ。その中心に立つサラは酷く機嫌が良さそうだ。


「それで?わざわざ重鎮たちを集めて何の用だ」


そう言葉を投げるルーカスは無表情だ。警備の兵は普段よりも多く、玉座の間は人が多い。その全員からの視線を一身に浴びながら、サラはにこやかに微笑んだ。


「陛下にお見せしたい物がございます」

「何だ」

「こちらを」


普段通りの鈴の音を転がしたような高い声。その声と共に取り出された透明の球。その球を見たジェームズの表情は若干強張るが、あくまで白を切り通すつもりなのか、言葉を発する事すら無かった。


「何だ、それは」

「魔石ですわ。魔法使いの持ち物です」

「魔石だということくらい分かる。それが何なのだと聞いている」

「ウォード公の裏切りの証拠ですわ、陛下」


薄い唇を歪ませながら、サラはカーテンを閉めろとその辺りで立ち尽くす兵に命令する。すっかり次期王妃としての立ち振る舞いが身についていた。


「こちらはとある魔法使いに描いてもらった術式です。これをこうして…」


薄暗くなった部屋の中心で、サラは床に術式を描いた紙を置く。更にその上に魔石を置くと、待っていたとばかりに魔石は光を発し始めた。


「皆様どうぞご覧あれ。これが国を売り渡す男と、魔族を敵に回す愚かな人間の交わした契約ですわ」


部屋の中が一気に騒めき出す。天井に映し出された契約の文言に、誰もが「信じられない」と言葉を漏らした。


「これはどういう事だ、ジェームズ」

「さあ…私は何も」

「貴様の名が書かれているようだが」

「誰かが偽装したのでは?私には全く身に覚えの無い事でございます」


ふふんと鼻を鳴らしながら、だが確実に顔の色を悪くさせながら、ジェームズはじろりと兄の顔を睨みつける。怒りに震えるルーカスが、静かに玉座から立ち上がった。


「お前は私を裏切ったのだな」

「…知らぬと、申し上げております」

「いいや、これは紛れもない証拠だろう。サラ、これを何処で手に入れた」

「私鼠を飼っておりますの。その子がウォード公のお屋敷から見つけて持ち帰ってきたのですわ」


鼠とは駒。使える駒は誰だろうと自分の鼠。にたりと目元が弧を描き、垂れたサラの目が怪しく光を零した。


「知らぬと仰るのなら、この文章にもっときちんと反論なさいませ。それが出来ないと仰るのなら、強制的に屋敷の捜索、関係していると思われる者の尋問等々、手を出すには充分な物証かと思われますが」


どうしましょうか。そう言いたげな顔でにっこりと微笑み、サラは静かに立ちすくむルーカスを眺めた。たった一つだけの重要な証拠。あとはもう出せるものなど一つもない。普段ならば絶対にしない危ない賭けだが、これ以上どうしたら良いのか分からなかったのだ。


「人間に媚を売ってまで魔王になりたがるなど…私には理解出来ませんわ。どうでしょう殿下、こんなにも魔王になりたがっているのです。数年間だけでもお任せ致しますか?」


もう此処からは口喧嘩だ。煽るだけならサラの得意分野。簡単に乗ってくれる相手だとは思えないが、何もせずにただ「これで御終いです」とは言い出せない。


「なりたければなれば良い。父上や私以上の王になれると言うのなら」

「小僧が…」

「あら、その小僧と侮っている方の方が王としての素質がおありですのよ?少なくとも、人間なんかに媚を売ったりしませんもの」

「月の魔女を差し出すか…フン、それがこの国にとってどれだけの損失になるかも分からずに…」


テオドールも加勢してくれるらしい。小馬鹿にするように鼻で笑いながら、叔父であるジェームズを睨む。するりと列から抜け出し、たった一人観衆の真ん中で立っていたサラの隣へ立つ。慈しむようにサラの腰を抱き、纏められた金の髪を弄んだ。


「夜空を彩る物語は私と妻であるサラだけで事足りよう。だが、それを照らす月の居ない夜空がどれだけ暗いかをお前は知らない」

「何を…」

「民が望んでいるのだ。私たち三人、夜空が揃うその治世を」


お前はお呼びではない。どう足掻いたところで、民の付いてこない王など憐れな道化でしかないのだ。そう笑いながら、テオドールは更に言葉を続けた。


「古くから愛された戯曲が今再演されようとしている。民はそれを望んでいる。それを台無しにするお前はどれだけ嫌われるだろうな?」

「何が戯曲だ…ただ黒髪を持って生まれただけの小僧が!」


ここ暫く自由に動けない鬱憤もあったのだろう。思っていたよりもあっさりと怒りを露わにしたジェームズが、テオドールに向かって怒鳴り散らす。


「お前に何が!ただ兄よりも後に生まれたというだけで望んだ物が手に入らない空しさよ!王座も地位も女も手に入らん!足掻いて何が悪いというのだ!」

「ほう?母上に恋情を抱いていたか。憐れだなあ…奥方がそれを知ればどう思われるか」


お可哀想にと眉尻を下げ、サラは口元に手を持って行く。仲睦まじくお互いを支え合う若い夫婦のような姿に、ジェームズの目は怒りに燃えていた。


「望んでいない妻など、跡継ぎさえ出来ればどうでも良い。私はそこに座るグレースが欲しかった!」

「愛した男の為に沈黙を貫き、屋敷を守っていたというのに。どう思っているのか今この場で教えていただけませんか、叔母上」


スッと後ろに腕を伸ばすと、観衆の中からフードを被った外套の女が進み出る。カタカタと小さく震えながら被っていたフードを外すと、そこに居たのは小柄な可愛らしい印象の女性だった。ジェームズの妻である。


「貴方様が私を愛してくださらない事は分かっておりました。息子を産んでから、ただの一度も触れてはくださらなかった」

「ジュリア…」

「触れてはくださらぬとも、愛してくださらぬとも、私を不要とは仰らないでほしかった!」


涙を零しながら声を張るジュリアは、震える指を夫に向けながら前を向く。美しい緑の瞳が、憎しみを籠めて夫を睨みつけていた。


「この男は反逆者。自らが魔王となるべく人間と通じております」

「根拠は」

「此方に。夫が書いていたステプの王への手紙の書き損じですわ。燃やしていたのを見つけて拾い上げておりました」


ぐしゃぐしゃに丸められた紙。それを開きながら腕を前に突き出すと、所々焼け焦げてしまった手紙だという事が分かった。


「何故…何故!」

「愛しているからこそ、許せない事があったのです。いつかこれが、貴方を苦しめる事になるだろうと」


ざまあ見なさい。

無理に笑ってみせるジュリアの顔は痛々しい。元々二人の結婚は政略結婚というやつだったが、ジュリアはジェームズを愛していた。王の弟、公爵となった男と長い人生を共にする。最初の頃は優しく微笑んでくれていたジェームズを、ジュリアは心の底から愛した。決して返ってこない愛情を望みもせず、ただ自分を妻としてくれるのならと耐えた。


「そこにおられるコットン・キャンベルの妻、ジゼルは夫の愛人です。恐らくキャンベル邸の何処かにも何か隠しているでしょう」

「まさか!」


指差されたコットンが真っ青な顔で叫ぶ。まさかこの場で初めて妻の裏切りを知る事になるとは思いもしなかったのだろう。


「ああ、ジゼル様といえば先日素敵な贈り物を頂きましたわね、殿下」

「毒見係が一人死んだ。誰か、ジゼル殿を迎えに行ってくれ。丁重にお礼をしなければ」


恐らくあの時差し入れられた菓子は、ジゼルが用意した毒の入っていないものをジェームズが毒入りのものとすり替えたのだろう。万が一次期魔王か王妃、ないしはその両方が死んだ原因が差し入れられた菓子だとバレれば、ジェームズからの贈り物では捕まるのはジェームズだからだ。愛人を犠牲にするとは冷酷な男だと、サラは冷めた目をジェームズに向けた。


「何も知らないとお思いだったのでしょう?魔法使いだというあの女、あれはステプの魔法使いですね。屋敷に連れ込みまさか同じ屋敷に私がいる事を知っていてその女を抱くなんて!」


悲痛な叫び。女を抱きながら国を売る算段を付けていた最低な男、どんな気分で耐えていたのか、全てお前の為に、妻として夫を守ろうとしたのに。

言葉を叩きつけるように叫ぶジュリアに、ジェームズは怒りをぶつけたらしい。


ぎゃっと小さな悲鳴が上がる。ごとりと音を立てながら倒れ込んだジュリアの首は、半分胴体と切り離されていた。どくどくと溢れる鮮血。磨き上げられた大理石を血で汚しながら、最期まで憎しみを籠めた目を夫に向けて事切れていた。


「無能な女を妻にしたというのに…最後まで使えぬ女だ」


腕を妻の亡骸に向けながら、ジェームズは奥歯を噛みしめながら言葉を絞り出す。大理石の一部が魔術により変形させられ、尖った大きな棘となっていた。


「もう良い、そうだ、全て認めよう」


ぽつりと呟いた言葉に、ルーカスはそっと目を閉じた。乾いた笑いを零しながら、ジェームズはそっと手を兄へと向けた。


「動くんじゃないわよ、ドブネズミ」


いつもの鈴の音は何処へやら、ジェームズの腕をみしみしと軋む程握りしめながら、サラは体勢を低くし下から睨みつける。見開かれた目は絶対に逃がさないとジェームズを睨みつけ、空いている左手には熱が集まり出す。


「使えない駒が一番嫌いなのよ。それ以上に、主に逆らう無能でクソな駒のなり損ないが死ぬ程嫌いだわ」

「ならば死ね小娘」


にたりと歪んだ口元に、サラはいち早く反応する。握りしめていた手を離し、床を蹴り上げてジェームズから距離を取った。先程まで経っていた場所に生えた棘が、背中に嫌な汗をかかせた。


「この男を捕らえなさい。ただ黙って立っているだけの無能はテオの駒に相応しくないの」


じろりと周囲を睨みつけ、さっさと動けと威圧する。

サラが一番に想うのはテオドールだ。次期魔王であり夫となる男を誰よりも愛し、守ろうとする。例え現魔王であるルーカスが相手だったとしても、サラはテオドールを取る。それ程テオドールに執着している事をよく知る城の者たちは、わらわらとテオドールを守りながらじりじりとジェームズと距離を詰めて行く。


「砂利が…」


トン、ジェームズがつま先を鳴らす。土の術者であるジェームズにとって、足元が大理石であるこの場所は実に戦いやすい場所だった。元は地面に埋まる石、操るには丁度良い。土地へのダメージを考える事もなく、ただ淡々と望む通りに術を使えるのだ。

元は土の精霊と契約する魔王の為に用意された床だったが、まさか反逆者に有利に働くとは、誰も考えていなかった。


「厄介だこと」

「今この場で私を捕らえようが無駄な事。既に人間は動き出した」

「何ですって」

「誰が東を狙うと?」


にたりと笑うジェームズが、ぱちりと指を鳴らす。低い地鳴りのような音と共に、サラは勢いよく天井に向かって放り上げられた。


「どちらが囮、だろうな?」


北と見せかけ東。そう思わせるのは作戦の一つだったのだろう。勿論エラという人間への褒美を取りに行くつもりだったのだろうが、最初から舞台は北だったのだ。


「今頃北は賑やかだろうよ。東よりも山越えは容易い。充分に蓄えた魔石と魔力、東に集められたせいで手薄な陣。人間が魔族を倒す時が来た」

「それでも魔族かお前は!」


自由落下。落ちる先では既に床がうごめいている。落ちれば一瞬で肉の塊だろう。それは絶対に回避しなければならないが、エラのように固形になりえる何かを出せるわけではない。勢いよく炎を掌から噴出させたところで、大した距離も無いこの状況では無駄な足掻き。精々ほんの少し方向を変えられる程度だろう。


「サラ!」


叫ぶ婚約者の声に、サラは目を向ける。ダンと音を立てて床を蹴ったテオドールの足元から、バキバキとどこか懐かしい音をさせながら柱が生えた。足場にしろと言うのだろう。にんまりと笑い、サラは有難くその柱を蹴った。


「殺せるものなら殺してみなさいよ、なり損ない」


いつものサラの加速。柱を蹴るのと同時に足へ魔力を集中させ、一気に放出した。爆発的加速力でジェームズの眼前に迫ると、勢いそのままに燃え盛る炎を湛えた掌をジェームズの顔面に叩き付け、固い大理石の床に押し倒した。


「呼吸出来るかしら?出来なければ死ぬだけよ。出来たとしても肺が焼けるけれど」


にたりと口元を歪ませ、じたばたと暴れるジェームズの顔面にもう片方の掌を充てる。じりじりとサラの前髪を焦がしながら燃えるその手は、じくじくと焼け始めていた。


「サラ、もう良い離せ」


背中から抱きすくめられる感覚。フッと消えた炎と、ぜいぜいと乱れた呼吸を繰り返すサラが、背中に体重を預けた。


「この男を捕らえて治療せよ」

「生かすのですか」

「全て手に入れるつもりで動いたのだ。指の間から全て流れ落ちて行くその様を見てから死ねば良い」


クスクスと笑うテオドールは、そっとサラの体を抱き上げる。両腕に火傷を負い、だらりと力を抜いたサラに誰もが言葉を失う。騒ぎの中一歩も動かなかった父に向け、テオドールはそっと微笑んだ。


「ご満足頂けましたか」

「…ああ。下がれ」


何に対して満足したか聞いたのだろう。弟の裏切りの証拠を手に入れたから?裏切者の粛清をしたから?それとも、望んだ戯曲の通りに動いているから?

言いたいことはそれなりに沢山ある筈なのに、気力の限界と痛みに意識を手放したサラは、テオドールに抱きかかえられたまま玉座の間を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ