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火種

場所は戻りテルミット。謹慎させられて約一か月が経過し、そろそろ我慢の限界になってきたエラは、苛々としながら自室の窓を睨みつける。もう随分前に腐れ縁たちは王都へ向かって発ってしまった。もうそろそろ王都に着く頃だろうと想像したところで、あの日アルフレッドに囁かれた言葉をふいに思い出す。

愛していると囁いたあの声。何度も思い出しては恥ずかしい思いをしているのだが、アルフレッドから与えられたその言葉は、エラの中でじわじわと大きさを増していた。


「愛って…」


ぐしゃりと自分の頭を掻きながら、エラは抱えた膝に頭を埋める。さらさらと髪を揺らす風は、細く開けられた窓から優しく吹き込んでくる。もう外は氷に閉ざされた。この一か月、人間達に大きな動きはない。恐らく何処かに潜んでいるのだろうが、ひ弱な人間がこんな寒い土地で長い事耐えられるとも思えない。だが、掴めなくなった動きを探ろうにも、エラは自由に動くことを許されない。

さて、どうしたものかと何度考えても、良い案なんて一つも浮かばなかった。


「入るぞ」


コンコンと控えめにノックされた扉は、部屋の主であるエラの言葉を待たずに無遠慮に開かれた。何だと視線を向けると、そこには不機嫌そうな顔をしたザッカリーがいた。


「来い」

「はい」


単語だけの会話。上官に来いと命じられれば、何の用だと聞く時間は無い。ただ一言了解の返事をし、大人しく後をついて行くだけだ。コツコツと踵の音を鳴らしながら、ザッカリーは慣れたように屋敷の廊下を歩いて行く。一か月もこの屋敷に滞在していれば、何処に何があるのかよく分かっていてもおかしくない。


「入れ」


この屋敷は私の実家だと反論したくなる程、ザッカリーは淡々とエラを案内する。屋敷の奥に用意された部屋で、父が「内緒話」をする時に使われる部屋だった。中には既にハンスが待ち構えており、彼の顔もまた、重く固い表情だ。


「お待たせ致しました…?」

「突然すまないね。ちょっと大切な話をしようと思って」


座るように促され、エラはハンスの向かい側に大人しく座る。ザッカリーはハンスの隣に陣取ると、じろりとエラを睨みつけた。何だ、あれからきちんと言われたとおりに大人しくしているではないか。何故突然連れて来られて睨まれなければならないのだとやや不愉快になりながら、エラはしれっとした顔を作り続けた。


「色々と面白い話を仕入れてな。お前の耳にも入れてやろうと思って呼んだ」


ザッカリーが静かに口を開く。面白い話と言われて、素直に笑える程面白い話が聞けるとは思えない。何となくこれはある意味面白いが、普通に聞けば面白くも何ともない話であろうことは容易に想像できた。


「内通者がいる」

「は…?」

「可笑しいと思っていただろう。何故人間が簡単に此方に来て、支援部隊を襲撃出来たのか」


確かにそれはずっと疑問に思っていた。人間には厳しすぎる土地、土地勘も無く、前衛にいたエラたちの部隊をすり抜けて後方に行けた理由が分からない。内通者がいたのなら、出来ない話では無いのだろう。だが、その内通者とやらに思い当たる節が無かった。


「誰です?」

「…我らが大隊長殿」

「まさか!」


思わず鼻で笑ってしまった。あの胃袋に何か詰め込むことしか出来ない男が、国を裏切り人間を手引きするなんて。そもそもあの男が人間を引き入れてやって何の得があると言うのだ。人間から豪勢な食事でも振舞われる約束をしているのか?なんてわけの分からない想像をするが、それほど信じられない話だった。


「何故大隊長が?何を考えて?」

「爵位だ。あの男の実家は所謂没落貴族と言うやつでな。数世代前に爵位を失っている」

「そんなものの為に…」


呆れて何も言えない。爵位なんて貰って何になる。一度失った栄誉をもう一度と望んでいるのかもしれないが、あの男が爵位なんて貰っても、与えられる責任をきちんと果たせるとは思えない。それ程、スミス・デンバーという男は無能だった。


そこまで考えて、エラは思考を一度止める。爵位の為に人間を手引きする?爵位を与えるのは王の役目だ。何故魔族の王がわざわざ自国に敵である人間を引き入れるのだろう。むざむざと民を殺されているこの現実を、大嫌いなルーカスが望んだとでも言うのか。


「弟君、ジェームズ・ウォード公。あの方…いや、あいつが本命だな」

「何故…公が」


ウォード家とは魔王の弟であるジェームズが当主を務める公爵家である。つまり国の重要人物の一人。王とその家族と共に、国の為民の為に尽力すべき人なのだが、何故その人が

人間を呼び込むのか。


「爵位を与える事を条件に、デンバーに人間を此方に引き入れてやるよう手引きしている。人間側も、我が国の土地の一部を与えるだとか、食料を優先的に輸出してやるとか、まあそういう約束で動いているんだろうな」


ハンスがやれやれと目頭を押さえながら呻くようにエラに説明を続ける。

ジェームズは昔から兄であるルーカスが嫌いだった。同じ親から生まれ、同じ土の精霊に加護を受けているのに、生まれた順番というだけで魔王になる事が出来なかった。兄よりも優れている筈なのに、生まれた順番だけがそれを許してくれなかった。


「人間に攻め込まれこの国は戦争状態に陥った。この混乱に乗じて王座を奪う算段なんだろう」

「そんな簡単に出来る話だとは思えないのですが」

「簡単ではない。だが不可能でもない。正直ルーカス陛下は反感を買いやすい。今も自分の息子の為と言いながら、王家への忠誠を集める為にお前たち夜空を集めているだろう」


権力を存分に使い、古くから続く名家の娘を二人も自分の息子達の為に囲い込んだ。使える駒は何でも使うが、利用されてお役御免にされたと感じる者も少なくない。


ちょっとした不満というものは、本当に少しだけならば大した問題ではない。だが、積もっていけば、確実に大きな不満になる。


「夜空に魅入られた王は、足元を見なかった」


ぽつりと呟いたハンスは、口元をゆったりと歪ませる。苦々しい笑み、というやつなのだろう。嫌だと懇願する子供を三人も縛り付け、上を見上げるばかりの王は足元を掬われようとしている。だが、王は無能ではなかった。というよりも、ジェームズは少々短絡的だ。もっときちんと深くまで考えぬいてから動けば良かったものを、半ば勢いで動いてしまった。


「今王都には星がいる。彼女は頭が良い。新米として配属され、王妃教育が始まるのとほぼ同時に、近くにいる駒を全て手の内にしてみせた」


あの女ならやりそうだと変に納得しながら、エラはサラを思い浮かべる。もう何年も会っていないが、きっとサラもそれなりに大人の姿になっているだろう。

努力をいつまでもやめない女。誰よりも強く、誰よりも美しくあろうとする女。きっと、今もそれは変わらないのだろう。


「星の魔女が剣を取るのなら、それに続く者がいるということですか」

「そういう事だ。恐らくジェームズはあの子はまだまだ小娘としか思っていないんだろう」


実際のサラは既に王の妃に相応しい器を手にしている。どうすれば自分の思う通りに駒を手に入れ、動かし、王となるテオドールの助けになれるかを知っている。勿論まだまだ未熟だしこれから学ぶことも多いのだろうが、小娘と侮るには少々面倒な部類になっていた。


「では、この戦いは内戦が起きる事を前提に動いた方が良い、という事ですか」

「そうなるな。とはいえ、俺たちは国の外れであるこの地から大きく動く事は出来んだろう。守りの要だからな」

「内戦自体は星に任せろ…という事ですね」

「そうだ。王の剣となるのは星、国の盾となるのは月。勿論俺たちも全力を出すが、お前にはやはり前に立ってもらう必要がある」


ザッカリーは申し訳なさそうな顔をしながらエラを見る。月の魔女になる事を嫌がっていた話は知っている。それよりも、まだ若い少女とも呼べる新米に最前線を任せなければならない事を心苦しく思っていた。

儚げな見た目の女に、戦いの象徴となれと言わなければならない事が、エラを見つめる男二人にとってどれだけ重たい言葉となるだろう。エラ自身はそれを受け入れ、守りたいと思える者の為に戦おうとしているのだが、周囲にいる大人たちはそれをあまり快く思っていなかった。


「私は何をすれば良いですか」

「…俺たちを守ってくれ。出来るだけ死者を減らせるように」

「了解致しました。私に出来る限りのことを」


守るだけなら自分にも出来る。人間の部隊を一つ潰してみせたのだ。自分の力は通用する。ただ少し制御が苦手な事が気がかりだが、そこはきっと上手い事ハンスもザッカリーも助けてくれるだろう。


どうか願わくば、このまま何も起きず、内乱なんて起きずに戦争が早く終わりますように。そう願いながら、三人は細かく作戦を練り始めるのだった。


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