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与えられたもの

謹慎処分は、本来ならばもっと厳しく監視されるものだ。だが、エラの場合は違っていた。実家に軟禁されるという言葉は本当だったが、仮にも敵部隊を殲滅した戦果はかなりのもので、ちょっとした里帰り、休暇を楽しむようにのんびりとしたものだった。

勿論父親にはしっかり怒られたし、兄にもねちねちと小言を言われたし、姉はボロボロと涙を零しながら平手を食らわせてくれた。

三人から纏めて叱られた事で、気まずい時間は比較的短く済んでくれたと思う。


「無事で良かった」


そう言ってきつく抱きしめられただけで、エラは自然と刻み込んでいた眉間の皺がふっと消えていくような気がした。安心してしまうのは、ここが生まれ育った家で、抱きしめてくれているのが大切な家族だからだろう。どこか一線引かれているような、壁があるような気がしていても、やはり血を分けた家族なのだと思った。


「ごめんなさい」


素直にぽつりと零した言葉に、家族は黙ってエラを抱きしめる腕に力を込めた。

ああ、もしこの場に母がいたならば。家族全員に揃って抱きしめてもらえたなら。どれだけ嬉しい事だろう。もしかしたら母は誰よりも心配して悲しみ、怒っただろう。母が怒るととても怖かった気がするのだが、今はどうしても母が恋しかった。


「頼むから、二度と無茶をしてくれるな。父より先に娘が死ぬなんぞ許さんからな」

「はい、お父様」


愛する妻を失い、その次は可愛い娘までも失うと思うと、アルバートは胸が締め付けられる思いだった。生まれ落ちたその瞬間、僅かに生えた髪が白銀である事に気付いた時、ゾッとしたのだ。自分の家に伝わる伝説はよく知っていた。自分の両親、娘にとっての祖父母は大喜びしていたが、いつか娘が否応なしに戦場に引き摺り出される未来を想像する度に、恐ろしくて堪らなかったのだ。


「王都で祭り上げられるだけにしてくれ…頼むから」


それはきっと魔王が許さない。あの強欲な王は、エラを喜んで戦場に出し続けるだろう。戯曲にある通りの、最強の盾として。このテルミットという地は、人間の国と接した守りの要の一つ。かつての月の魔女はこの地を守り抜いたという話も伝わっている。伝説をもう一度現実にしようとしているのだろうが、アルバートにとってエラは大事な娘だ。愛する娘を誰が喜んで最前線に出すのだろう。死んでしまうかもしれない。大怪我をするかもしれない。その役目を自分が変わってやれたらと何度も考えた。勿論それは無理な話だったが、せめてエラの支援をしてやれるようにと、テルミットに所属する軍人たちの育成に力を入れてきた。


それは兄であるリアムも同じだった。可愛い妹の為に、父の想いを受け継ぐべく、次期当主として学びながら軍人として己を磨いて来た。魔術も剣も必死で学び、いつか争いが無くなった時、妹が安心して帰れる場所になれるようにと。


「時々、帰ってきても良い?」

「当たり前だ。ここはお前の家なのだから」

「…おかえりなさい、エラ」


アデルがそっと、エラの髪を撫でる。いつも母がしてくれていたように、髪を指ですく様に。母よりも拙い手つきだったが、アデルなりの優しさなのだと思うと、何だかこそばゆかった。


「ただいま」


正直まだ何となく壁は感じる。自分と同じ血が流れていても、彼らは自分とは違う。好きに生きようと思えばそう出来る。それが羨ましい事に変わりはないが、以前よりも少しだけ、壁が薄くなったような気がした。


◆◆◆


「アル」


実家の庭、母の気に入りだったガゼボに、彼はいた。じっと黙って本を読んでいた彼に、そっとエラは声をかけた。まだ怒っているのか、アルフレッドはちらりとも視線を向けてくれない。それがとても寂しいが、それだけでめげてやれる程エラは軟ではない。


「隣、座るよ」


返事を待つこともせず、そっと隣に腰かける。逃げられたら捕まえようと思っていたが、アルフレッドは黙って本を読み続けるだけだった。読書なら温かい室内ですれば良いのに、何故わざわざこんなに寒い庭にいるのだろうと首を傾げる。ラフなシャツの胸元からきらりと光を反射する魔石に反応したアルフレッドが、漸くちらりとエラに視線を向けた。


「アル」

「…なに」

「ごめんね」


素直に詫びた。たった一言だが、エラが素直に詫びた事で話を聞いてくれる気になったらしい。読んでいた本を閉じ、エラとは反対側にそっと置いてエラを見る。まだ微笑んでくれる事はなかったが、怒っている顔では無かった。いつものように優しく垂れる茶色の瞳をじっと見つめながら、エラは言葉を続けた。


「アルが怒るのは当然だった。自分が何をしたのか分かってて、反省するどころか不貞腐れた。子供みたいに。ごめん」

「…首、大丈夫か」

「え…ああ、何ともないよ。ちょっとびっくりしたけど」


そうかと零したアルフレッドは俯き、もぞもぞと指を動かし続ける。二人の間に流れる空気は重く、沈黙が痛い。だが、このままなあなあで終わらせて良いものではない。また怒られるか喧嘩になるかを覚悟しながら、エラはまた口を開いた。


「私は戦場に立つことにした。少なくとも今の戦争が終わるまでは」

「それで、良いのか」

「うん。テルミットは私の地元だし、何よりここはお母様のお墓があるから。荒らされたくない。だから私はテルミットの為に戦うよ」


ガゼボのあちこちにあしらわれた百合の花のモチーフの一つをそっと撫で、エラはそっと目を細める。母の大好きだった花。お母様と同じ名前の花なのよと教えてくれたあの日も、今日と同じように寒い日だった。


「守る為には死ねないし、人間に良いように使われるのも嫌。だから使えるもの何でも使ってこの国で生きて行く」

「月の魔女として?」

「アルの前ではエラだけどね」


へらりと笑いながら、そっとアルフレッドの手を取る。ぎゅっと握った手が、遠慮がちにエラの手を握り返してくれた。


「迎えに来てくれてありがとう。無事でいてくれて安心した」

「もっと感動的な美しい再会をしたかったよ」

「じゃあ次はそうなるように努力しよう」

「どこぞの御令嬢みたいに、綺麗に着飾ってハグでもしてほしいね」

「なんだよ、アルってそういうの趣味だったか?」

「男ばっかりのむさくるしい場所で生活してるんだ。腐れ縁の女でも着飾れば少しは見られるようになるだろ」

「良い度胸だ氷漬けにしてやる」


ぎゃあぎゃあといつも通りふざけ合い、漸くいつものやり取りが出来るのが嬉しかった。自分の為に本気で心配して、怒ってくれる人がここにいる。家族もいる。自分の帰る場所は、アルフレッドとアイザックだけでは無かったのだ。


「エラ。俺たちはそろそろ王都に戻る。次に何処に向かわされるのかは分からない。いつまた会えるかも分からない」

「…そうか」

「だから今言っておく」


何を。そう言うよりも早く、アルフレッドはエラの体を腕の中に閉じ込める。ぐっと後頭部を支え、耳元に寄せられた唇から囁かれた言葉に、エラは目を見開いた。


「愛してるよ。心の底から、誰よりも」

「…は」


最後にもう一度腕に力を込めたアルフレッドが体を離すと、にっこりと微笑みながら立ち上がる。何を言われたのか理解しきれないエラが呆けているのを良い事に、じゃあなと手をひらりと振って歩き出した。

その背中を見送りながら、エラは囁かれた耳を抑えて何度も言葉を繰り返し思い出す。


愛していると言った。あのアルフレッドが。誰よりも愛していると。どういう意味だ。友人に向ける言葉でない事は分かる。家族に向けるなら分かるが、エラは家族ではない。ならば、異性に向ける言葉ならば。もし仮にそうならば。


「なんだ…」


言い逃げじゃないか。恥ずかしさと胸の苦しさをどうにかしようと、エラはその場で膝を抱え込んだ。


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