表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/87

不穏な噂

訓練生になって四年目。今年で訓練を終え、訓練生は皆それぞれ配属先を決められて仕事をするようになる。自分は何処に行くだろう、あの場所だったら嬉しいだとか、わくわくと楽しそうに語らう事が増えた。

配属希望は第三希望まで出せる事になっていたが、数名は既に配属先が決められている。その中に、当然のようにエラとサラも含まれていた。エラはテルミット、サラは王都だ。


「アルとザックも王都だっけ?」

「外れの方で警備担当部隊だってさ。一応王子様とそのお供みたいなもんだし」

「じゃあ私だけ遠方か。手紙出すからちゃんと返事してよね」


少しだけ寂しいような気持ちが湧くが、どうせいつかはそうなる運命なのだ。遠征部隊に入ったら、手紙のやり取りなんてそう簡単には出来なくなる。それならば、まだ新米として現場に慣れるようにと配属されるテルミットにいる間はまだマシというやつだろう。


「アメリアは何処だっけ」

「私もテルミット。山と麓で物資のやり取りをする部隊に入るの。土属性は前線よりも後方部隊配属になる方が多いでしょう?その練習みたいなものよ」


アメリアもそのうちの一人だと、何となく複雑そうな顔で微笑んだ。

一年目の時の気弱そうな雰囲気は、四年目にもなると多少自信を持ったのか消えていた。変わらないのは、穏やかに可愛らしく微笑むというところだけ。

エラもサラも、唯一「普通の」女子となったアメリアの事を気にかけていた。何も無理に軍人になる事は無い。実家は裕福な商家なのだから、その縁を辿って嫁入りでもすれば良い。自分たちが望んでも手に入れられない穏やかで平凡な人生を送ってほしいと何度も話したものだが、それは断固として拒否された。どうしても前に立たなければならないエラとサラを後ろからでも守ってやりたいからと微笑んだアメリアに、二人はぐっと唇を噛み締めた。


「貴方はいつでも普通になれる。無理をしないで、生きていてくれるだけで私は嬉しい」

「そうだよ、私たちの大切な友人なんだから」

「何言ってるの?私だって軍人になる為にここに来たの。後ろからにはなるけれど、私も二人の事守ってみせるからね」


私の大事なお友達!

そう笑った少女は、苦しそうな声を漏らしながら二人の友人に抱き付かれるのだ。


「それに、今はこの国だって平和じゃない。もう何年も戦争も内戦も無いんだから」

「…それはどうかしら。北側のステプがちょっと不穏なのよね」


友人を抱きしめたままのサラが、いつもよりも低い声で唸る。不穏な噂は訓練生たちの耳にも届き始めていた。次期王妃のサラが知らない筈が無かった。

ファータイルという国は大きく分けて王都と東西南北にエリアを分け、国境は北と東に接している。

南のコースト地方には海が広がり、その海を渡れば魔法使いの国ハイランドだ。西のプレイン地方はサラの出身地。比較的穏やかな気候で平原の広がる穏やかな土地。此処がファータイルの食糧事情を支える重要な場所である。

問題は北と東だ。この国は北と東に延びる巨大な山脈で人間の国と切り離されている。北のミングル地方はステプ王国という人間の国と接し、土地の殆どが山なせいかとても寒い。東のアンビット地方はエラの出身地。北程山の面積は広くないが、テルミットを始めとする標高の高い所は酷く寒い。また、ステプの他クリフ王国の二国の国境に面していた。


「ステプの王が代替わりしたわ。新しい王は大の魔族嫌いで、魔法使いを集め始めてる」


サラのその言葉に、エラは眉を潜める。人間の王が代替わりするという事は、国家間の状況が変わるという事だ。魔王のように、一人の王が数百年統治するなど人間の国ではありえない。人間の寿命が短いので仕方の無い事なのだが、その度にこの国は暫しの間緊張状態になるのだ。王によっては此方に攻めてくる事がある。そうなれば、望んでいなくとも戦争になる。その度に、傷付かなくても良い筈の人々が傷付いていく。何度やっても無駄な事をいくらでも繰り返す人間の愚かさに、魔族は皆首を捻るのだ。


「魔法使いを集めてどうする気なんだろう」

「知らないわ。でも、どうせ良くない事を考えているに決まってる」

「…前にリュカ先生が言ってたわ。魔法使いは研究熱心な人が多いって」


なんとなく嫌な予感がした。あの時リュカに言われた研究熱心な者が多いという話と、魔族を生きた魔力貯蔵庫にするという話。人間嫌いな王が魔法使いを集め、此方に攻め込んでくるだけならまだ良い。蹴散らせば良いのだから話は早い。だが、魔法使いを集めているというのが引っ掛かった。


「何を考えているかは分からないけれど、近いうちに北の人員を増やすことが決まると思うわ」

「それここで言って大丈夫な話?」


国の重要な話なのでは無いかとエラはサラに視線を向けるが、此処だけの話よと小さく微笑んで誤魔化された。


「何も無いのが一番だけれど、きっとそうはいかないでしょうね。大きな戦争になったりしないと良いんだけれど」

「月がー星がーとか騒がれたくないもんね」

「それ」


アメリアの冗談めいた言葉に、エラとサラはほぼ同時に声を上げた。頼むから大人しくしておけよ人間どもと内心毒づきながら、まだ抱き付いたままのアメリアの頭をわしわしと撫でた。


◆◆◆


訓練生になって四年目ともなると、殆どの者の年齢は十九歳になっていた。アルフレッドとアイザックはすっかり大人の男になっていた。まだあどけなさは残っているが、エラは見上げなければ顔を見られなくなったのが何だか寂しかった。何となく、置いて行かれているような気分になるのだ。


「今日の訓練は何だっけ?」


そう言ったアルフレッドの声は低い。耳に心地よいテノールの声が、まだ何となく聞きなれない。


「今度の遠征訓練の準備だろ?今度は南だから、雪山みたいに寒くなくて良いや」


けらけらと笑うアイザックの声も随分低くなった。アルフレッド程では無いが、すっかり大人の声をしている。また、アイザックはほぼ人間である事を気にしているのか体を鍛えるようになった。マシューに付き合ってもらっているせいか、筋肉ダルマその四として扱われる事が増えた。いつまでもよく笑う事は変わらないくせに、首から下は筋肉の鎧に包まれている。


「なんか。なんだ」

「何が気に食わないんだお嬢様?」


にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、アルフレッドは隣を歩くエラの頭に肘を乗せる。やめろと何度も言っているのに、意地悪を言う時はよくこうして嫌がらせのように腕を乗せるのだ。その度になけなしの身長が縮んでいくような気がした。ムッとした気分に身を任せ、アルフレッドの服を僅かに凍らせると、漸く頭から重みが消えた。


「人間って狡い」

「何が?」


アイザックは何を言っているのか分からないと言いたげな顔でエラを見る。魔族よりも短命だが、その分早く大人になれる。勿論それはあっという間に老いていくという事なのだが、若いうちはその成長速度が羨ましい。いくら鍛えてもそう太くはなってくれない腕も、男に劣る体力も、身長も、身体的なものはなんだって羨ましかった。


「そんな事言ったってなあ…俺はお嬢はそのままゆっくりで良いと思うぜ?」

「そうそう。いつか大人になった時、エラがどんな女性になるのか楽しみだし」

「な。楽しみは後に取っておかねぇと」


そう言われても何も嬉しくない。だが、大人の姿になった自分はどんな姿をしているのだろう。顔つきは亡くなった母によく似ていると言われる。色こそ違うが、雰囲気は大好きな母、リリーによく似ているそうだ。それならば、きっと母のように美しい人になれるだろうか。そんな淡い期待をするのだが、その想像が現実になるのはあと数十年は先の話だろう。


「そういや今度の外出日、どこ行く?」

「そういえば何も決めてなかったな。エラ、買い物は?」

「消耗品の買い出しくらい。二人は?」


訓練に向かうのに歩き続けながら、三人は三日後の外出日に胸を躍らせる。二か月に一度の外出日は忙しい。消耗品はこの日に買い集めなければならないし、美味しい食事に飢えている者はこの日に外食を楽しむ。訓練生たちの憩いの日なのだ。


「俺はマシューたちと買い物してくる」

「何か最近ますます仲良いな」

「筋肉ブラザーズなんで」


にししと笑ったアイザックが、ちらりとアルフレッドを見る。見られたアルフレッドはスンとした顔をしてはいるが、ちらりとエラを見下ろすとやや緊張したような顔で声をかけた。


「じゃあ俺と二人だな」

「だね。荷物持ちして」

「仮にも王子を荷物持ちにするのか」

「王子様が女性に荷物を持たせるおつもりかしら?」


わざとらしくお嬢様らしい言葉遣いをしてみるが、生意気と頭をぐりぐりとかき回されるだけだ。男たちの意味ありげな視線は、やめろと抵抗しているエラには見えていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ