二章 『世界の命運の鍵となる者』
「頭がいまいちやな・・・やり直しや!」
男の号令で宙を舞う数万本の剣が竜の姿をなし、地をえぐる。
「やっぱ目―んとこは、あの剣やないとあかんな」
長身のコートの男はそう言って、シニカルに笑った。
大きな館の大きすぎる庭に彼はいた。
剣は時に鳥の形、蝶の形といろいろ姿を変える。
まるで彼は手足のように刀剣たちを操る。
彼の力は神が与えたもうた奇跡の力とも呼べるものだった。
「ミカエル!今日はもうええわ。お前たちもう戻ってもええぞ」
そう彼が言うとまるで洞窟に帰っていくコウモリの大群のように、剣の大群が一斉に空中に現れた大きな扉に向かう。
最後に男と一本の大振りな剣が残った。
「主よ。いつもご期待に添えず、申し訳ありません」
「いや、お前らはよーやってくれとる、ミカエル。儂の考えをよー分かっとる。儂がいろいろこだわり過ぎとんやろ。刀剣一本一本の美しさを活かしきれていないよーな。なんか物足りんというか」
男は椅子に腰をおろして、脱力したように大きなため息をついた。
ミカエルと呼ばれた剣は、音もなくテーブルの上に乗って、男の前で静かに横になった。
薄暗い闇の中で、刃に反射する光だけが妙に明るく輝いている。
「何度もお伺いしますが、何が問題なのですか?」
「・・・お前は知らんやろうが、昔儂がなくしてもた剣があるんや。それがあれば儂の理想の技の形に近づくと思うんやが」
「それは存じませんでした。ひょっとしてその剣も神剣の一つだったのですか?」
「せや、お前と同じように儂の愛剣やったんや。今頃どうしとーやろなー。お前と違って性格悪かったなあ。今ではいい思い出や。もう会いたくもないけどな」
男は感慨深そうに虚空を見つめる。
ミカエルがすまなさそうに主人を思い出の世界から引き戻す。
「しかし、主よ。そういう訳にもいきますまい。神剣すべてを主には集めていただわなくてはいけないのですから」
「んー。ああ、刀剣集めのついでにな」
「ついでにですか?」
ミカエルが怪訝そうに問いかける。
「せや、儂は神と魔族との戦いも、『絶対なる幸福』も関心ないからな」
「・・・そうですね。その方が主らしいかもしれませんね」
「せやろ」
この世界に十二本あるとされる神剣。
神に封じられた天の使徒のもう一つの姿だと言われている。
その一本一本が強力な能力をもち、すべてを集めるものに絶対の力を与え、その力をもって魔を封じるものに、絶対なる幸福を授けられる。
限られたものしか知らない遥か昔の伝説だ。
その神剣の中の一振りであるミカエルが主として選んだのが彼、レイ・ラインゴットであった。
「んじゃ、そろそろいこうか、刀剣集めに」
「御意のままに」
「警部、また美術館が襲われました」
新聞を読んでいた中年の男性は、眉間にしわを寄せて声をかけてきた若者をちらりと見る。
そして、また新聞に目を戻す。
「ほっとけ、どーせやつの仕業やろ。関わって命落とすこともない。死にたいんやったら別やけどな」
「しかし、それでは警察の威信が。それに犯罪者を野放しにするのはどうかと。危険人物ならなおさら」
若者は警部に対して熱く訴えかけるが、彼は相変わらずやる気なさそうに新聞を見ながら、タバコをふかしている。
「馬鹿らしい話だが、一応世界でほっておこうと決まっているのだ。五分で国一つ潰す化け物相手に対して、一体お前はどうしろと言うのだ。ほっとけばたいした被害しか出ないんだからほっとけ」
警部はやる気なさそうに言う。
しかし、若い刑事の方は犯人逮捕をあきらめていなかった。
いや、むしろ燃えていた。
「そうですか・・・分かりました。それでは私はほかにも仕事がありますので、失礼いたします」
「・・・春日」
春日と呼ばれた若い刑事は、はいと短く返事して振り返る。
そして、先程とは違い真剣な表情をしている警部に少し驚く。
「手を出すなよ。絶対に」
春日は短く答えて、敬礼した。
警部は若い刑事の後ろ姿を見ながら、小さくため息をついた。
「・・・全く困った奴や」
その夜、帝都美術館にて。
先頬の若い刑事と同僚の髭が特徴的な刑事とが二人、闇に身を潜めている。
「本当に来るのか?」
「ああ、馬に人参、パンダに笹。やつは剣のあるところなら必ず現れる。今夜あたりこの帝都美術館に来るはずだ」
「確証はあるんだろうな」
「ああ、俺の刑事としての勘を信じろ」
「勘かよ」
突然玄関の方からガラスの割れる大きな音がする。
「まさか真正面から?!」
「コソ泥ならコソ泥らしく来いっての」
夜の静寂が支配する美術館の中とは対照的に、心音がうるさい。
ゆっくりと歩いてくる人影がある。
(行くぞ。警察の威信と名誉にかけて!)
「止まれ!!」
そう言って春日が銃を向けた瞬間。
春日の肩口に激し痛みが走った。
肩にはいつの間にか日本刀が突き刺さっていた。
ゆったりとした足取りで男が近づいてくる。
男は丈の長いトレンチコートを着ていて、短髪で背が高かった。
顔は童顔なせいか実際の年齢よりもかなり若くみえる。
何よりも印象的なのは、その青い瞳である。
深みがあって、それでいて輝きがある、まるで南国の海のような、そんな表現がふさわしい独特の色合いをしていた。
「あらー、大丈夫かいな。むやみに儂に銃向けるからやで。儂が誰か知らんわけやなかろうに。知らんかったら運が悪かったと諦めてくれ。それにしてもよかったな、急所に刺さらんで」
あっけらかんとした関西弁は、彼の外見とは似つかわしくなく、誰もが違和感を感じざるを得ないだろう。
彼はゆっくりと刑事の肩から日本刀を抜く。
大量の血が床を伝う。
(何が起こった?何も分からないが、ただ・・・こいつが怖いということだけは分かる)
その恐怖はもしかしたら生物の本能なのかもしれない。
この者ヒトに非ず、ヒトよりも上位の存在であるという。
しかしながら、この生物の本能的な畏怖は彼と対峙したものしか分からないらしく、同僚の髭の方の刑事が飛び出す。
「春日をはなせ!さもないと・・・」
(駄目だ。かないっこない。止めないと・・・)
気を失いながら春日は同僚の無残な死に様を見た。
一瞬にして無数の剣に貫かれたその姿は、まるで大罪人のようであった。
コートの男は頭をかきながら、困った顔をしていた。
「どうしたもんか・・・とりあえず救急車やねんけどなあ・・・」
しばらくその場に立ちすくんでいると、足元から声が聞こえる。
「主よ。誰かが来ます。早く目的の品を」
床からぬっと大振りの剣が生えてくる。
そして、重力を無視して彼の周りを舞っている。
急いでその場を離れようとした時、遠くから人を呼ぶ声が聞こえた。
「あの声は・・・どっかで聞いたことのある声やなあ・・・あっおじさん?!・・・ミカエル、心配ない。昔の知り合いや」
「さようですか」
「おーい。春日。おるかー・・・おお、レイ」
中年の男が息を切らせてやってきた。
懐旧の笑顔もすぐに雲がかかる。
レイの背後にある惨状を見て警部は、一つ大きなため息をつく。
「間に合わんかったか」
「ああ、おじさんの部下やったんか?悪いことしたなあ。殺す気無かったんやけどな」
「いや、気にせんでええ。命令無視したこいつらが悪いんやから・・・春日の方はまだ息があるようやな」
「そうやねん。今救急車呼ぼうかと悩んどったところやねん」
「その心配はいらんやろ。処理班も来とうようやし」
二人は暗闇の方に目をやる。
人影たちがこちらを見つめているのを確認して、その場を離れた。
「そうや。お前の師匠はどうしとるんや?元気しとるか?」
「師匠は三か月前からずっと会ってないからな。何や仕事でハワイに行くとか言うとったけど」
(弟子ほっといて遊びに行ったな。あいつ)
「そうか。それで順調なのか?」
「何が?」
「刀剣集めや」
「ん。ああ、ほどほどにな」
「そうか・・・その刀剣集めいつまで続けるんや?」
「・・・多分飽きるまで・・・ただ師匠に言われて理由もわからんと刀剣集め始めたけど、この頃なんか楽しくなってきたから、当分先やと思うけどな」
「そうか・・・やめる気はないんやな。やめて普通の生活に戻る気はないんやな」
抑えた感じだったが、明らかにとげのある口調だった。
両者は足を止め、じっと見つめあう。
しばしの間をおいて、レイが少し微笑んで口を開く。
「儂の今の生活が儂にとっての普通なんや、おじさん。おじさんの考えとう普通の生活っていうのをしてみても同じや。いつかどこかで人が死ぬ。同じなんや。そやったら自分の好き勝手しといた方がいいやろ。殺した相手には悪いが、いつかは儂も死ぬんやから、それまで待ってもらわなしゃあない。自分で死ぬこともできひんしな」
「・・・しかし・・・」
「どうしても儂を止めたいんやったら儂を殺すんやな。おじさんにできるんやったら」
「・・・」
「儂はできればおじさんを殺したくない」
「レイ・・・」
「儂はこんな生き方しかできひんのや。普通やないから。こんな普通しか生きられへんねん。勘忍な」
レイは微笑んでいた。
相変わらずあっけらかんとした口調であったが、表情に少し憂いを帯びている。
運命を受け入れ、そしてその運命の中であっても自分の生き方をしようと、もがいているように警部にはそう思えた。
もしかしたら彼のやっている刀剣集めは彼にとって人生の生き方を探し求めている行為そのものではないか、そうも思えた。
ほんまに勘忍なと、レイはもう一度つぶやく。
笑顔のまま。
「いや、謝ることはあらへん。どうせ誰もがその人の普通でしか生きられへんのや。かくいう儂もな」
「何やそれ」
その夜、帝都美術館では薄闇の中、笑い声が響き、血のにおいが充満していた。
(レイ・ラインゴットというのか、その男は。ラファエルよ)
歴史のありそうな大きな日本家屋の一室。
その一室で光の粒が舞って、すぐに消えた。
床の間には猿の掛け軸とやや長めの日本刀が一振り飾られている。
人の気配はないが、声だけが聞こえる。
(本当にそのものに世界の命運を預けていいのだろうか?裏切り者がそばにいるのだろう?あのミカエルが。信じていいものだろうか?)
その問いかけに答えるものはもういなかった。
しかし、声の主は一人遠い所の仲間に対して語り続ける。
(賭けるしかないのか?このわずかな希望に。いや、希望などありはしない。やはり神殺しをしようとした者の言を真に受けることはない。もし、事実その者が主である可能性が出てきたとしても、このウリエルのこの目で確かめればいいだけの話。時間がない。すぐそこまで決断の時は迫っている)
「ラファエルよ、未来はあなたの思い通りいかない。未来は変えてみせる。主などいなくとも、この私が」
「誰かいるのか?」
そこには誰もいない。
あるのは少し長めの一振りの日本刀と猿の掛け軸が掛かっているだけ。
「確かに声が聞こえた気がしたのだが・・・」
春日は胡散臭いいわくつきの日本刀を見つめていた。
家の家宝として代々伝わっているものだが、春日にとって全く価値のないものだった。
他の一般人にとっても同じだろう。
抜けない刀など全く価値はない。
しかし、あの者にとってはどうだろう?
あの日、春日に一生分の恐怖を与えたあの相手ならば。
あの者にもう一度会える、そう考えると春日の体を恐怖と怒りが走り巡った。
春日の体は、自然と刀を手にしながら震えていた。
闇夜に二人の影が向かい合っている。
「お久しぶりです」
「?ああ、あの時の刑事さん。もう怪我は良うなったんか?、まあ、自分でやっといて言うんも何やけど、あんたを傷つける気もあんたの仲間を殺す気も無かったんや。勘忍したって。っていうのも虫が良すぎるか」
あっけらかんとしたとしたものの言いようは、悪意のかけらさえ感じ取れなかった。
「んで、今日は何のようなん?たぶん違うと思うんやけど、復讐なんて辛気臭いのは勘弁してくれるとありがたいな」
春日は静かに日本刀を差し出した。
「これをあなたに渡そうと思って。実は実家を掃除していたときに出てきたものなんですが・・・」
そう言うとうつむいて黙りこくってしまった。
春日の手がかすかに震えていた。
「まあ、訳ありの品っちゅうことなんやな。儂は刀剣ならば妖刀、魔剣何でもござれや。心配無用や」
(誰でも常に気を張っているわけにはいかない。必ず隙ができる。その時になれば・・・この至近距離なら刺し違えることぐらいは・・・いや、そんなことができるだろうか?今の私に)
命を捨てる覚悟、そんなものは彼を目の前にして呼び起された大きな恐怖に飲み込まれてしまっていた。
事実春日の体は、その波の如く寄せては返す恐怖に気を失わないようにするだけで精一杯だった。
「何や変わった刀やな」
レイはじっくりとさやの細工を見る。
そして、ゆっくりと刀を抜く。
(まさか!?・・・抜けた!?)
その瞬間、あたりがまばゆい光に包まれた。
「何やこれは?」
「一体何が起こった?・・・まさか持ち主を異世界へ導くという伝承は本当だったのか!?くだらない迷信だと思っていたが・・・ハッハッハッ。お前はこの世界には必要ない人間なんだ。異世界だろうが何処にでも行ってしまえ」
それから気が狂ったように春日は何かを叫び続けている。
「必要ない人間か・・・懐かしい言葉や」
レイはシニカルに笑った。
『来たれ、メシアよ』
何処からか声が聞こえた気がした。




