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序章  『神と呼ばれる者』

 そこには何もなかった。

 光も音も全く何も。

「はあ・・・」

 ため息が何もなかったところに一つ響く。

 そして、ため息と共に世界に色がついていった。

 上には、黒い空が広がり、星たちがきらめき、太陽がこうこうと燃えだした。

 下は、水が染み渡り、大きく青い海を創り出す。

 そして、中央にいびつな菱形の大地が現れる。

「駄目だ、駄目だ、駄目だ!」

 中心にいる大きな存在が叫ぶ。

「何故だ、何故こうもうまくいかない!」

 いらだちが世界をぴりぴりと張り詰めた。

「やはり私ではだめなのか・・・いや、そんなことはもっと前から分かっていたことだ。分かっていながらまたやってしまった。今度こそはうまくいくかもしれない。今度こそは。そう思って始めた。そんな淡い希望にすがった結果がこれだ。幸福な世界などとは程遠い、飢えと戦乱が人々を覆い、苦しみ、悲しみ、泣き叫ぶ声が世界のどこかで聞こえる。こんな世界しか私は創り出すことができない。これで何度目だ?また真っ白に戻さなくてはならないのか?」

 その問いかけに答えることのできるものはいなかった。

 光り輝く大きな存在のウウッといううめき声が、荒れ果てた世界に響く。

 不意にシュッと風が吹き騒いだ。

 そして、一人の男がそこにいた。

 男はあたりを不思議そうにキョロキョロと眺めていた。

 やがて目の前の大きな存在に気づく。

「ここは何処なのでしょうか?一体貴方は誰なのでしょうか?」

 質問してから少し間があって、うめき声が消える。

 もう一度男が声をかけようとした時、返答が返ってきた。

「我は天帝なり。この世界を統べる者。ここは天上界と呼ばれる、世界の中心」

 男はハアと気のない了承をして、頭をかく。

「そして、貴方は私になりかわりこの世界を統べる新しき王となる者。私はあなたをずっと待っていた。心より歓迎する。新しき王よ」

「新しき王?私が貴方に成り替わり天帝となるということですか?」

「その通り。愚鈍な私に成り替わり、この世界を救ってやってほしい。もちろん貴方の思い通りにいくらでもしてもらって構わない。貴方の望む世界を創ってくれ」

 男はかゆくもない頭をまたかきながら、黙って考えていた。

 そして、

「お断りします」

 そう答えた。

 男は光の中心をじっと見つめていた。

「何故だ。何故。世界を自分の思い通りにできるのだぞ。貴方が世界を治めなければ、誰が治める?一体どうして?」

 抑揚のない驚愕の声が響く。

「私はこの世界に満足している。だから引き続き貴方が天帝として、この世界を治めてください」

 同じく抑揚のない返答。

「こんな荒れ果てた世界のどこがいいというのだ?」

「さあ」

「飢えがあり、」

「だからこそ食べ物のありがたさが分かる」

「病があり、」

「だからこそ健やかでいることの大切さが分かる」

「戦乱は絶えない」

「だからこそ争うことの愚かさを知る」

「大切なことだとわかっていながら、飢えも病も戦乱も一向になくならない。何故だ?」

「それは・・・人が愚かだからだ」

「・・・」

「人は愚かだから、分かっていても同じ過ちを何度でも何度でも繰り返す」

「・・・」

「本当に飢えや病や戦乱をなくしたいのであれば、人は存在してはいけないのかもしれない」

「・・・」

「飢えも病も戦乱もなければないにこしたことはないが、私はそんな荒れ果てた世界であっても満足している」

「・・・何故?」

「さあ」

 光り輝く存在は、だんだんと小さくなって人の形をとった。

「残念ながら私には理解できない。貴方なら私と違って、平和で幸せな世界を築けるというのに・・・もう、元いた世界に戻りたいだろう。送って差し上げよう・・・本当に残念だ」

「申し訳ありません。そして、ありがとうございます」

 そして、また風がシュッと騒ぐと男の姿は消えた。

「・・・来たれ。メシアよ・・・誰でもいい。誰かこの世界を救ってやってくれ」

 神は神に世界の命運を祈った。




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