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悪の宰相を倒す話

人魔共和国(ニムさんち)の恋愛事情 長男の場合

作者: くま

 両親と、母の夫がふたり、弟が三人に妹がひとり。それから、婚約者候補がふたり……。


 にこにこ笑いながら嫌味の応酬をする彼女たちから逃げるべく、私は王宮の廊下をひた走っていた。


「殿下が逃げたぞー!」


 ガンガンガンガン!


 叩かれる銅鑼の音に、ほんの少しだけ後ろめたい気持ちになる。けれど、続いた声は「王女様だー!」だった。自分も逃げていることを忘れて回廊から下を覗くと、ピンク色のドレスを優雅にたくしあげて、ヒールを履いた妹が全力で走る騎士たちを振り切ったところだった。


「できるものなら捕まえてごらんなさいな!」


 ……妹よ、それは悪役のセリフじゃないかな?そして、未婚のレディが脚を丸出しで走るのはいかがなものかと、お兄ちゃんは思うんだ。


「エメ兄様、そこ退いて!」

「こら、ガーニャ!はしたない!」


 今年十二歳になる妹のガーネットは、母に似て美人と言うわけではないけれど、愛嬌のある顔立ちをしている。

 将軍である父親譲りの身体能力で城壁をかけ登り、ガーネットは私のいる回廊にふわりと舞い降りた。


「あーら、ごめん遊ばせ。ところで兄様、イオン様とキャンディ様が探してましてよ?」

「……会いたくないからここにいるんだ」


 ガーネットの言葉に思い切り顔をしかめる。ガーネットは「まあ」と目を見開き、ころころと笑った。


「では、お母様から伝言ですわ。サファリ様とツキ様が行き遅れてしまいそうなので、わたくしより早く婚約者をお決めくださいませ。期限は明日から一月。できなければハウライト卿のハレム送りだそうですわよ?」

「……なぜ、人生の墓場かこの世の地獄の二択なんだ。しかも、よりによって相手がガーニャだって?勝ち目なんかないじゃないか」

「弱気な発言ですこと。決まっているでしょう?エメ兄様はそのくらい追い詰めないと決断致しませんもの。相手がわたくしなのはヘタレのキース兄様ではあてにならないからですわ」


 まったく、酷い言われようだ。


 確かに、私が結婚しないことを理由に、次男のアイオライトも、三男のクォーツも結婚を先延ばしにしている。四男のオニキスに至っては「僕くらい良いよね❤️」なんて言って魔術師団の研究棟に引きこもってしまった。けれど、それが魔術師団長の娘アマーリアに振られたせいだってことは皆が知っている。

 もちろん、アマーリアも。


 ちなみに、彼女は既婚者だ。


 見た目も中身も母親似で、大雑把でめんどくさがりだが行動力のある妹より先に、婚約者を決めろだって?

 しかも、できなかったら特殊性癖で有名なハウライト卿のハレム送りだなんて母上、なにをとち狂っての発言ですか……。


「あ、エメラルド様、こちらにいらっしゃったんですね!」

「キャンディ、私が先に見つけたのですから遠慮してくださる?」

「げっ」


 あまりの衝撃に忘れていたけれど、私は彼女たちから逃げていたんだった。思わずふたりとは反対方向に走り出す私に、ガーネットは「確かに伝えましたわよ!」と叫んだが、返事をする余裕はなかった。



 それから三週間が過ぎ、ハレム送りが現実になってきても、私はイオンとキャンディから逃げ回っていた。


「いい加減決めたらどうにゃんですかぁ?」


 カーテンの中という、子供のかくれんぼのような場所に縮こまっていた私を見つけて、侍女のキティは呆れましたとぼやいた。

 長い黒髪をまとめた彼女はケットシーの末裔で、他の種族と混ざったため耳が二対ある。四つ耳と蔑まれていたところを母上に拾われて私の侍女になった。


 夢は、私の子供の愛でることだと豪語する変わり者だ。


「毎日毎日毎日毎日、いい年した男とかくれんぼする私の身にもにゃってほしいです」

「すまない……でも、こうなってしまうと余計決めづらくて」

「まったく、もう。そんにゃエメラルド殿下に、女王陛下から伝言です。別にふたりにこだわらなくてもいいよー。だそうです」

「母上……せめてもう少し早く言ってください」

「ついでにこれも預かってきました」


 キティから渡されたのは、婚約者を決めたら渡すと言われていた指輪だ。受け取った指輪を、そのままキティの指に嵌めてみる。


「にゃにをしてるんですか」

「こうしたらキティが婚約者になってくれないかと思って」

「にゃんですか、それ。都合良く使おうったってそうはいかにゃいんですからにぇ!」

「そうだよねぇ……」


 母上のような妙なカリスマ性はない。

 父上のようになんの準備もなしで他国に飛び込んでいく勇気も。

 宰相のように国政のサポートもできなければ、将軍のように戦斧を振り回す膂力もない。

 アイオライトのように外交が得意なわけでも、クォーツのように戦術を組み立てられるわけでもなく、オニキスのように魔術の才もなければ、ガーネットのように度胸もない。

 ないない尽くしの私が、たまたま一番最初に生まれただけで王太子なんて呼ばれている。


 できるなら、誰かやなにかを選ぶ立場ではなく、選ばれる立場になりたかった。


 そんなもろもろをため息と共に飲み込んで、キティの指に嵌めたままの指輪を引き抜くために力を入れる。


「ハウライト卿のところに行く準備を始めないといけないね……キティ?」


 少しだけ動いた指輪をそれ以上引き抜けないように指を握って、キティは反対の手を伸ばして私の頬をつついた。


「馬鹿ですにぇ。選ばれたいんでしょう?前にそう言ってたじゃにゃいですか」

「覚えてたのかい?」

「もちろん!」


 にっこり笑って、キティは私の手を引いて立ち上がった。


「返しませんからにぇ!」

「え、ちょ……!」


 指輪を嵌めたまま駆け出したキティを追いかけて、私は走った。回廊を抜けて、謁見の間を通りすぎ、広間へ差し掛かる。


 元々の身体能力に差があるせいで、すぐに彼女を見失ってしまった。

 途方に暮れていると、通りかかった騎士がいい考えがあると笑った。


 ガンガンガンガンガンガン!


「キティが逃げたぞー!エメラルド殿下に情報を回せー!」


 銅鑼を打ち鳴らして、騎士が叫ぶ。すると、その辺りにいた侍女たちが次々情報をくれた。


「キティなら、洗濯室の方へ行きましたよ!」

「ありがとう!」

「洗濯室は通りすぎたって!」

「じゃあどっち?」

「ええと、あ、庭園の方!」


 彼女たちの声に従い、庭園へ向かう。そこには、イオンとキャンディが待っていた。そして、ふたりの後ろに控えるキティも。


「あ……イオン、キャンディも。どうして?」


 私の問いかけに、ふたりは顔を見合わせて微笑みあった。


「私、うじうじした方って好みではないんです」

「私は、私を好きでいてくださらない方に興味はないの」


 だから、とふたりは続けた。


「「私たちはあなたを選びません」」


 にっこり花が綻ぶような笑いを残して、彼女たちは去っていった。呆然とする私の手を取り指輪を嵌めて、キティは眉を下げた。


「フラれちゃいましたにぇ」

「そうだね。……でも、楽しかった」


 なんだか笑えてきて、その場で座り込んでしまった。キティが首をかしげて「どうしたんです?壊れちゃいました?」と心配そうな顔をした。


「逃げるだけじゃなくて、追いかけることもできたんだな」

「今さらにゃにを。逃げ回る陛下や殿下方を捕まえるにょは、いつだってお父様方じゃにゃいですか。半分はその血を引いてるんだから、逃げる以外のことだってできて当然です」


 呆れたキティの腕を引いて、隣に座らせる。深呼吸をひとつ。


「これを本当に渡したいって言ったら?」

「私には力不足ですってお断りしますにぇ?」


 残念。

 だけど、私は生来父親似で、諦めは悪い方なんだ。いいよ、キティがその気なら、外堀から埋めてあげる。



 そして。



 本人を伴わずにご両親に挨拶を済ませ、母上から王命という形でキティを配偶者にという書状を手にした私は、だめ押しで宰相の承認と、騎士団長、魔術師団長の推薦状。さらには父方の伯父である島国の王の推薦状まで揃えてキティに突きつけた。


「うそでしょぉ……」


 涙目のキティに微笑みかけて、「もう諦めなよ」と囁く。

 白いドレスは黒髪のキティにとてもよく似合っていて、自分のセンスを誉めたくなる。弟たちの婚約者が、揃って感動して「これで行き遅れずにすむねぇ!」と頷きあっていた。


 なんて幸せな光景だ。


「愛してるよ、キティ」

「そんなことよりどうしてこのドレスぴったりなんですかぁ!?」


 キティの叫びを掻き消すように、教会の鐘の音が鳴り響いた。

お読みいただき、ありがとうございます!

子供の名前は、ニムさんが宝石縛りをして、それぞれのパパが決めてます。

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