表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/31

四神の化身

百合が城に来てから二回目の冬が訪れようとした時だった。

冷たい冬風が城の庭に生えている木々を揺らす。

そんな時、城の中は大騒ぎだ。


「百合様にお子ができたそうな!」


「しかも今生まれたという話です!」


「どうやらお子は男君だそうで!」


バタバタと百合の部屋に続く廊下を女中たちが駆け回る。

そして夢津美が八十七回目の水くみに行った時だった。赤子の産声が上がったのは。

それにいち早く反応した夢津美は慌てて廊下を引き返した。

「ゆゆゆゆゆゆ百合様ぁぁぁぁっ!!」


障子を開ける。視界に飛び込んできたのは赤子の姿。

「…夢津美…泣きすぎ…よ…」

ハアハアと息を吐く百合の背中を勢いよくさする。

「百合様ぁ…よかった…本当に…」

涙と鼻水でグチャグチャの夢津美に向かって微笑を浮かべる。

「これで、ようやく休めるのね…」

汗をダラダラ流した百合は力つきたように布団へと崩れ落ちた。

夢津美は生まれたばかりの赤子の体を丁寧に洗っている。

「…まあ、何と可愛らしい…」

小さいものの、そのハッキリとした瞳は百合似である。

(この子が将来、この国を背負うんですね…)

元気よく泣き声を上げる赤子を優しく抱きとめる。

そんな時、勢いよく障子が開き、綾尉達が転がり込んで来た。

髪は恐ろしいほどに乱れ、着物は着くずれてヨレヨレだ。


「ああああああああああああ赤子は…っ!?」

「ここですよ」


呂律が回らなくなった綾尉は赤子を見たとたん、ヘナヘナと畳に手をつく。

「こいつが…我が子…」

夢津美はゆっくりと赤子を差し出した。

「抱いてみてはいかがですか?」

「う、うむ…」

若干不安げに赤子を受け取る。ダラーンと首が垂れた。

「うっぎゃああああああああ!!」

「綾尉様、心配しなくても大丈夫ですって!」

爆笑した。叫びすぎだろう。


「思えば…あの日から数カ月ですか」

苦笑する蒼は遠くを見つめた。


百合に子ができたと分かった時、全員あんぐりと口を開けた。それは本当か!?と。

でも、だんだん大きくなっていく百合の腹を見て誰もがすべてを理解した。そして、今日――

ようやく赤子が誕生した。時期に将軍となる子供を。


抱くのに慣れてきた綾尉は眠っている百合に視線を向けた。

「百合…頑張ったな」

場の雰囲気が和む。赤子は泣くのを止め、うとうとと眠りにつく。


「私は、この子供とともに、この国を――」

最後の呟きは、小さすぎて誰にも聞こえることはなかった。


            ☆



はらはらと雪が舞い降りる。縁側で子供を抱く百合の隣に、綾尉は腰を下ろした。

「百合、もう体調は大事ないのか?」

百合は舞い降りる雪を目で追いながら笑った。

「ええ、すっかり元気よ、じゃないとこの子と遊べないじゃない」

綾尉も微笑を浮かべる。異様な静けさの中、赤子は母に抱かれてご機嫌だ。

しばらくの間、静寂が続いた。雪はさらに降り積もる。


「……一年、ね」

ふいに百合が口を開いた。綾尉が不思議そうにそれを眺める。

「何がだ?」

綾尉の問いかけに目を閉じる。

「…この城に来てからよ、色んなこともあったけれど…楽しかったわね」


そう。早くも百合がこの城に来てから一年が経とうとしていた。

この一年…本当に波乱万丈だったけれど、それでも楽しかった。


実家、松重での戦いで撒を亡くし、檜皮の乱で綾伽が逝った。

自分は、色々な人の命を踏み台にして生きているのだと、感じた。

それは申し訳ない気分にもなったが、誇らしくもあった。

そして、将軍が綾尉に変わり、この国は安定した。


雪の中に、一瞬だが亡くなった人達が見えた気がした。


そんな中、綾尉は口を開いた。

「なあ、百合、その赤子の名前は決めたか?」

少しの間ののち、コクンと頷く。綾尉は先を促すようにそれを見つめる。


青竜せいりゅう…ってどうかしら。」


思いもよらない名前に首をかしげる。

「その由来は…」

「四神の一つよ、神様の名前」

二人は、青竜を眺めた。


「父上から文が来たの、男の子は『竜』っていう名前が入っているとかっこいいって」

雪が、はらはらと舞った。

「それで決めたわ、この子は将来この国を背負う神、だから青竜」

綾尉は、優しい笑みを浮かべる。

「私も、それに賛成…だな」


二人が会話をしていた時も、雪は途絶えることなく舞っていた。明日は積もりそうだ。


この時、彼女達は青竜と人生を共にすることを誓ったのである。

あと一話でこの話は完結予定です。

長々と私のこの物語につきあっていただきありがとうございました。

ラストスパートに向けて最後の頑張りです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ