新たな命は芽生え
龍皇神凛様と叶愛夢様のありがたいご指摘により、大編集その二をやっております。前の話を読み返すと、少しだけ変化をしています。
「・・・・・・は?」
百合は瞠目した。
いや、彼女だけでなく、その場にいた全員が。
☆
時は少し遡る。
梔子の地での隠密を終え、城に戻ってきて一週間。
梅雨入り間近の城は、どこか頼りなさげな空気を漂わせていた。
百合は腰に両手をあてると、目の前で寝そべっている将軍に声をかける。
「いいかげん起きなさいよ。もうお昼回ってるじゃない。」
「・・・あと少しだけ寝させてくれ。」
綾尉はそう呟くと顔まで布団を被った。しかし百合は諦めない。
「起きなさいっていってんの!」
布団を掴むと勢いよくめくり上げる。布団を奪われた綾尉はダルそうに起き上がった。
「私は疲れているのに・・・」
「私の方が梔子行ってもっと疲れたわよ!」
ギン、と鋭い眼差しで睨みつける。と、そこに二人の人物が障子を開けて入ってきた。
「百合様、そのへんで終わりにしていただけません?」
「綾尉様が疲れているのは事実ですよ」
夢津美と蒼だ。
二人になだめられた百合は仕方なく睨むのをやめた。
「で、でもこのダルさは明らかにサボりたいのが見え見えよ。」
蒼は綾尉に視線を向け、まじまじと観察してから一言。
「五月病です」
今は六月の初めですけど、と心の中で密かにツッコミを入れる。
「綾尉様もお疲れなんですよ」
夢津美が笑顔で説得。さすがの百合でもこの『平和オーラ』には勝てない。
かばわれた綾尉にたちまち生気が戻る。
「そうだぞ、私は疲れているんだ~!」
絶対疲れてないだろ、と百合は絶叫した。
「あ~もう休みたいのは私の方よ」
瞳を閉じてため息をつく百合を、元気になった綾尉が励ます。立場逆転だ。
「でも、本当に良くやったな、百合」
くしゃくしゃと頭をなでられる。百合の顔が僅かに赤面した。
そんな彼女を見て、夢津美がクスリと笑う。
「そうですよ、あれから梔子は状況が一変しましたもの。以前は死んだようだった村も、今は野菜が良くとれたりと・・・特産物が増えました。」
百合の顔が輝いた。
「本当!?」
「ええ。」
「これも全部、百合様のおかげです。」
蒼の言葉に、胸がジ―ンとなる。ようやく自分に実感が沸いてきた。
「・・・私、やったのね・・・!」
「いきなり出てきてゴッメ―ン☆」
「ギャァァァァァ!?」
突如、佐門が登場。良い雰囲気は一瞬にしてぶち壊しだ。
(あ~あ・・・)
全員の心が一つになる。
「何しに来たのよ!いい所だったのに」
百合は佐門に向かい拳を一撃。しかし彼は年寄りパワー(?)でヒラリとかわす。
「興奮するな、我が孫よ」
ぶち切れそうになったが綾尉になだめられ、佐門の危機は去った。
「で、ほんと何の用よ!?」
せがまれた佐門は懐から一枚の紙を出すと、一目散に逃げ出す。
遠くから、「梔子の地からダヨ~」と言う叫びが聞こえる。超近所迷惑だ。
「・・・年々アホになってるのは気のせいかしらね」
本音をぶちまけながら紙を丁寧に開く。綾尉達もその紙を覗きこんだ。
『百合さん、お元気ですか。あなたが行かれた後、僕は大規模な梔子土地開発を行いました。
土地を調べると、野菜作りにうってつけであるということが判明し、農民達を集めて野菜作りの指導をしました。その結果、梔子は野菜の産地となりつつあります。農民達も皆大喜びでした。
今年は今まで以上の豊作となりそうです。これも全部百合さんのおかげです。本当に感謝しています。
そしてなんと、昨日嫁をもらいました。百合さんのような可愛い女ですよ。
では、これにて失礼させていただきます。
あ、ついでに言っておきますと、最近は一日に四十三回しか転んでませんよ!
梔子藩主 伺龍』
手紙ごしにも伝わってくる幸せそうな文章だった。下手な達筆で書かれた字を見て、微笑む。
どうやら松重の実家に送ったらしい。伺龍は百合が将軍正室だということは知らないからだ。
自分の選択は間違っていなかった。こうして多くの人々を幸せにできたのだから。
だが、微笑んでいる百合の隣で手紙を読み終えた綾尉はなぜか青い顔をしている。
「百合・・・この伺龍という男は誰だ・・・」
「誰って・・・梔子藩主だけど?」
不思議そうに綾尉を眺める。
「ここに、『百合さんのような可愛い女』と書いてあるが、まさかお前、不倫を・・・」
「違――――う!!もう、そんなことするわけ・・・」
会話がプツリと途切れた。百合がゆっくりと頭を抑える。
「痛っ・・・!」
「百合様!?」
異変に気づいた夢津美達が駆け寄り、しゃがみこむ百合の顔を覗き込む。
「どうなさったのですか!?百合様、百合様!!」
蒼はあわてて障子を開け、医者を呼びに走る。
綾尉はおろおろするばかりだ。
「頭が・・・っ割れるみたいに痛い・・・!!」
ついに百合は倒れこんだ。呼吸は荒く、顔は真っ赤だ。
「早く、医者を!」
夢津美が叫んだと同時に医者が駆け込んできた。あわてて荷物を下ろすと、検査の準備に入る。
「綾尉様は布団を敷いてくださいっ!」
蒼に怒鳴られ、ぎこちない手つきで布団を敷く。佐門もやって来た。
それからしばらくは、静寂が続いた。皆、布団に寝そべり荒い息を吐く百合を見守った。
時おり、医者が機材を動かす音が響く。
その音が止んだころ、ゆっくりと医者がこちらを振り返る。
只ならぬ気配を感じた綾尉達は身を乗り出した。
「百合は・・・!?」
医者は顔を背け、ためらいがちに目を閉じた。
辺りの空気はピンと張り詰め、今にも切れそうだ。
「おめでとうございまする」
その言葉で、辺りは再び騒然となった。
「何がめでたいのですか!?こんなに苦しそうで・・・」
夢津美の泣き声が混ざった声は医者によりさえぎられる。
「子じゃ。赤子ができたのじゃ。心配するでない。」
沈黙が訪れる。この世界中の時が停止したかのように。
苦し紛れにも関わらず、それを聞いた百合の口が開く。
「・・・・・・は?」
それは、百合だけでなく、その場にいた全員の心の中にあるただ一つの言葉だった。