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新芽はやがて大木を追い越す

月がどんよりとした黒い雲の流れとともに飲み込まれていく。

梔子藩主邸は、すっかり静まりかえっていた。

ざあ、と春にしては珍しい冷たい風が吹いた。

そんな静寂をギシギシときしむ古びた廊下の音が破る。

(伺龍、伺龍、伺龍――っ!!)

百合は必至に音を立てないように廊下を駆け抜けていた。

心拍数が上がり、呼吸が乱れる。

まだ、信じられなかった。本当に横流しが行われているなど。


離れた寮がわりの部屋の障子を乱暴に開けた。

「ゆ、百合さん!?」

伺龍がなにごとかと目を見開く。

「何があったんですか、そんなに呼吸を乱して・・・」

「たい・・へ・・ん・・よ・・こなが・・し・・が・・!!」

ゼエゼエと荒い息を吐く百合の肩を優しくつかむ。

「おちついてください、何があったんです?」

「そ・・・それが・・・」

百合は今までの出来事を丁寧に伺龍に伝えた。

話し終わった時の伺龍の反応が気になったが、以外にも冷静だった。

「そう・・ですか。やはり・・・」

「伺龍、やはりってどういうことよ。」

百合の的を射抜いた質問に少しためらいがちだが、伺龍は瞳をふせると、ゆっくりと語りだす。


「実は・・・何年か前に見てしまったんです。横流しの帳簿を。」

驚いた。伺龍は知っていたのだ。

「僕が倉庫に向かった時のことです。父上と兄上が中で一つの本を覗きこんでいました。」

「伺龍はなんで倉庫に?」

「学問の書物を読みたかったんです。僕の夢は、将来学者になることですから。」

関心しながら聞いた。まさかそんな夢を持っていたとは。

「それで・・・不思議に思って後からその本を見たら書いてあったんです。その、金額が・・」

百合はう~んと腕組をした。

「その倉庫はどこにあるの?」

「え、えっと、たしか兄上の部屋のずっと奥です。」

そうなると侵入はかなり困難だ。聯の部屋の横を突破しなければならない。

「ほかに、その倉庫に行ける道はない?」

伺龍は固い表情でしばらく考え込み、顔を上げた。

「僕の知っている範囲では、ありません・・・」

そう、と百合は呟く。


今、百合の脳内ではいくつかの考えが廻っていた。使えるとしたら―――

「伺龍、話があるの。ちょっと紙と筆持ってきて。」

さらさらと、筆を滑らせる。


二人の密談は、翌朝まで続いた。





一夜明けて、早朝。

紙に書かれた一、二、三案という文字の三案に筆で丸を書く。

「いい、分かった?決行は聯が私を呼び出した時よ。」

伺龍が大きく頷いた。

「ぜったい、横流しを止めます。」

その険しい決意の顔を見て、微笑を浮かべる百合。

と、その時、女中の声が廊下に響いた。

「百合さん、聯様がお呼びですよ。」

元気な返事を返すと、頼んだわよ。と伺龍に耳打ち。

一人残った伺龍はポツリと呟く。太陽の光が彼を暖かく照らした。

「父上、兄上・・・」

彼は立ち上がると、こっそりと部屋を出た。


一方、百合。


「・・・・は?」

目の前に気だるそうに座っている聯に吐き捨てる。

「だからいっただろう。屋敷の溝掃除・・・をしろと。」

百合の体は怒りで震えていた。今すぐカウンターパンチをしそうな勢いだ。

辺りにいた数人の女中から笑いが起きる。

「君は、ここの屋敷の女中なんだからおとなしく私に従うんだな。」

拳を振り上げる前に聯に腕を掴まれた。クスクスと笑う。

「とてつもなく気性が荒い女だ。」

顔が真っ赤になる。コイツ、本当にあの天然伺龍の身内か?

「・・・かりました」

ここでキレても恥をかくのは自分だ、と言い聞かせ、かなり無理やり返事をする。

部屋を出ると、掃除用具を片手に屋敷の溝へと向かった。

溝は変色してコケが生えており、辺りに異臭をまき散らせていた。

「あーもうっ!やってやろうじゃない!!」

人一人分入れそうな溝に頭を突っ込む。

鼻を片手でおさえながら溝にはまっていた木の板を外すと、驚きの混じった声を上げた。

「何・・・コレ!?」




じんわりとカビくさい臭いが倉庫の中を包む。伺龍は暗い中、手さぐりで本を探す。

百合達の作戦――それは百合が聯の注意を引きつけ、そのすきに伺龍が倉庫へ侵入するという単純なものだった。


一つ、本を引き出してみた。バッと、ホコリが舞う。

本の背表紙を見てみた。それは、国学に関する本。でも、中身は違う。

パラパラとページをめくり、中身を確認すると着物のあわせに本をしまう。

その時だった。ヒタヒタと、足音が響いたのは。

反射的に振り替える。そこには見慣れた父の姿。暗くて表情は分からないが。

「・・・やはりお前だったか、伺龍。」

伺龍は突きつけられた刀を見ても、無言だった。だが、一筋の汗が頬をつたう。

「父上・・・なぜ、ここに。」

「しらばっくれるな!」

刀が首へと移動した。首筋に浅い傷を作り、血が垂れる。

「お前の思い通りにはさせんぞ!!」

刀が振り下ろされる。狭い倉庫の中、伺龍によけるすべはなく、刀は伺龍の腹を射抜いた。

『ガ・・ハッ・・!』

ぽたぽたと血が落ちる。それが自分の物だということに気付くまで数秒かかった。

誤算だった。兄上のことばかり気にしていた伺龍たちは、父に対する対処を忘れていたのだ。

(百合さん――!)

心の中で絶叫した時、何かが倉庫の床下を突き破った。

『バキバキバキッ!!』

「な、何が・・・!?」

父は、次のセリフを言うことができなかった。刀と一緒にふっとばされる。

もくもくと立ち込める煙の中、百合は立ち上がった。

「私のカウンターパンチ、決まったわね!」

「!!」

激痛にも構わず、伺龍が立ち上がる。

「ど、どうして・・それにその格好は!?」

百合の服装は、溝に入ったためボロボロでシミがついていた。

「ん?溝掃除しようと思って中に入ったら、何とこの部屋につづく通路があったのよ!!」

伺龍はあきれて声が出なかった。まさか溝の中に入るとは。

この発見は、百合しかできなかったであろう。


再び伺龍に激痛が走った。本を懸命につかみ、百合へと手渡す。

「これ・・を・・奉行所へ・・」


百合の驚きの声とともに、伺龍の意識が途切れた。




一ケ月後。


伺龍は百合を見送るために外へ出た。傷はだいぶ良くなった。

前のように、段差につまずいたりはもうしない。

自分は梔子藩主だという誇りと自信を身に纏えたからである。


あの騒ぎの後、百合が二里先の奉行所へ帳簿を届け、父と兄はお縄に。

そして、次の藩主は伺龍に託された。

就任したときは軽蔑のまなざしで見られたものの、次第にそれも減ってきた。

今では、それが誇りに思える。

学問という道をあきらめ、藩主になったのは、民たちを救いたかったから。

梔子の地は、変わろうとしている。


伺龍はゆっくりと百合に歩み寄ると、頭を下げた。

「ありがとう。」

百合は目を白黒させたが、すぐに微笑む。

「頑張って・・・いい藩主になりなさいよ。」

伺龍は、どこか綾尉に重なるものがあった。


頷く伺龍。だまって、百合が籠に乗り込むのを見つめる。

彼は思い出したように、百合に問いかけた。

「そういえば・・・百合さんは何者なんですか?ただの人じゃありませんよね・・・」

不思議そうに見つめてくる伺龍の唇に人指し指をあてる。

「・・・秘密。」


百合が将軍の正室だということを伺龍が知るのは、ずっと後になってから。




伺龍、かなり好きなキャラです。

なので今回は伺龍を悪役にすることはどうしてもできませんでした。

あの天然さ・・ほしい~!!(作者バカ)

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