一陣の風は地に舞い降りる
障子を開ける気配がした。
辺りは白い煙が立ちこもっている。
その煙の出所は一人の男の口にあてられた西洋式のパイプから。
男は口に密着させていたパイプを放すと、フウッと深い息をこぼした。
「用件を早く言わんか。」
低い、男らしい声だ。視線を障子に向ける。その瞳は何の決意も感じさせない濁った瞳。
煙の中から現れた青年は男に向かって丁寧に正座した。
「申し上げます。」
ゆっくりと顔を上げる。
「この度、新しい女中がこの屋敷に入る予定です。」
「その女の詳細を教えろ。」
青年は懐から一枚のくしゃくしゃになった紙を広げた。
「年は十六。松重から来るそうで、名は百合。」
その言葉を聞いて、男の眉がわずかに上がる。
「松重・・妙だな。この梔子の地は松重からずいぶん離れているはずだ。なぜ、わざわざ・・」
男は何か考えるかのように額をおさえた。
「・・・その女中、目を放すでないぞ。」
「御意。」
青年が障子をゆっくりと閉める。男は再びパイプに口をつけた。
「・・・百合」
男の纏っている着物の色は、藩主のみが纏える紅梅色。
☆
「あんがい遠いのね。梔子って・・・」
心地よい籠の中で百合は呟いた。ここに来るまでの悪夢の記憶をたどる。
まず、一番最初の関所で引きとめられた。かけられた言葉は一言、
『おまえは百合様の偽物であろう』
前もって百合が関所を通るのを知っていた役人数人に囲まれて百合は籠から這い出た。
『失礼ねっ!私は正真証明の百合よ!』
『嘘をつくな!百合様はそんな貧相な顔はしておらぬ!』
どうやら役人達の頭の中には、「将軍の正室=とても美人」という方程式が成り立っているらしい。
(こんの役人~・・・)
それから猛烈な口喧嘩へと発展し、しまいには綾尉直筆の証明書が送られてくるまでの三日間、
百合は関所で夜を越したのだ。何ともバカけた話である。
ちなみに、百合は城から来たのがバレないように、在所を『松重』としてごまかしているのだ。
「ったく何よ!私ってそんなに貧相な顔してる!?たしか第一話で『百合はなかなかの女子だった。』とかって書かれてたじゃないっ!!」
ドカドカと籠が揺れる。担いでいる護衛たちはギョッとした。
「ゆ、百合様、もうすぐ着きますからお手柔らかにぃ~」
突然護衛の一人が、道端の地蔵に向かって拝みはじめた。この一行、変態か。
そんな風に道行く人々に超不審な目で見られ続けること四時間。やっと梔子の関所を通過した。
「つ、着いた~・・・」
達成感を味わおうと籠の外をのぞく。そこは、とても気持ちよさそうな畑と田が広がっていた。
(あんがいいい所じゃない。梔子って。)
だが、そう思ったのもつかの間だった。次第に妙なことに気付きはじめる。
(変ね・・・このへん、人が全くいない・・・)
そうなのだ。気持ちよさそうな田はあっても、全く人の姿がない。
たまに通行人の農民が通りかかるものの、百合達を見るとさっさと逃げてしまう。
まるで土地全体が沈んでいるかのように。
しばらく無言で籠に揺られていると、視界に何かが入った。
よく見ようと身を乗り出すと、そこには女の人と子供が倒れている。
(!!)
足をけって揺れる籠から飛び出すと、女の人の元へと護衛を無視して駆け寄った。
「大丈夫!?」
女の人は、かすかにうめき声を上げた。隣にいる男の子が泣き出す。
「うう・・おっかさんが・・・」
「どうしたの、何があったの!?」
男の子はしゃくりあげながらも、震える声で訴えた。
「最近、僕の村の人が・・・一揆を起こして・・・みんな藩主様に殺されちゃって・・・」
百合は目を見開く。
「それで・・・食べ物がみんな・・なくなっちゃって・・・お腹すいたよぉ・・・」
さらに泣き出す男の子に、百合は懐から二つの塩むすびを差し出した。
そっと男の子の小さい手に握らせる。ここに来る途中、夢津美が作ってくれた塩むすび。
「これ、食べなさい。お母さんにも食べさせてあげるのよ。あ、へたにうごかしちゃダメよ。村の人を呼んできなさい。」
百合の言葉にコクンとうなずくと男の子は立ち上がった。
「・・・ありがとうお姉さん」
「見てなさいよ・・私がその藩主の頭かちわってやるんだから!」
百合は大声で叫んだ。男の子はそれを聞いてあわてる。
「ム・・ムリだよ・・藩主様なんかにあえるわけないもん・・」
ニッと笑う。
「大丈夫よ。私は藩主に会えるから!」
男の子は目をパチパチさせた。
「お姉さん・・・何者・・・?」
再び籠に戻った百合はさらにドカドカと籠を蹴り飛ばす。
「藩主のヤツ~民が苦しんでいるのに横流しなんかして~!!」
籠にピシッと亀裂が入る・・・
「絶対ゆるさないんだから!!」
さっきの男の子の話でこの土地の近状況は把握できた。問題は、横流し。
どうやって現場をおさえるかだ。うろちょろしていると逆に怪しまれる。
(一人じゃ・・無理。誰か協力してくれる人がいないと・・・)
考えていると、籠が急に停止した。
「百合様、ご到着です。」
護衛が声をかける。百合は丁寧にお礼をいうと、籠から外に出る。
藩主の屋敷が目の前にそびえ立っていた。立派すぎる門構に一瞬たじろぐものの、拳を握りしめる。
(見てなさいよ。絶対に証拠をつかんでやるんだから―――。)
最近、投稿ペースがおそくなりすみません。
私自身、非常になまけものなので・・・
どうか暖かい目で見てください。