花は荒地へと旅立ち
「もう、限界だ!」
一人の男はそう言うなり、机に拳を叩き込んだ。
男は四十代ぐらい。その周りには沢山の村人たち。
男のそばにいた老人がそれをたしなめる。
「ちょいとおちつくのじゃ。そんなことでは何も解決できん。」
優しく肩に置かれた手を男は振り払った。
「そんなこと言われても、これは村の危機です!長老。」
「だからって暴力ばかりでは皆が悲しむ。」
村の女達は二人のやり取りをハラハラしながら見守る。
「今こそ、団結の時だ!」
辺りの男の群れから、ワァーッと歓声が上がった。
老人はそれを悲しげな目で見つめる。
そんな老人をよそに、男はさらにまくし立てた。
「一揆だ!我々の道はこれしかない!!」
その叫びを合図に男達は立ち上がると、机に置いてある紙に自分の名を書き込んでいく。
そして名前で形どられた円に、最後の者の名が書きこまれると男は笑った。
「我々で、この梔子の地を守るのだ!!」
歓声の中、村の長老は一つのため息をこぼした。
☆
「将軍様、こちらの書類お願いします!」
早朝、勢いよく山ずみにされた書類に綾尉はげんなりとした。
今まできちんと整理していた書類は、新たに来た書類と混ざりグチャグチャになる。
「あ~・・・・」
綾尉は無造作に書類を積み上げると、その一つ一つに目を通す。
この光景はもはや日常茶飯事となっていた。
将軍の手始めの仕事は、『各地域の問題点を知る』という者だ。
月に一度、各地域の問題点が書かれた書類が送られてくる。
将軍はそれを見て、その地域に良いアトバイスを伝えなくてはならない。
だが――・・・
「アハハ蝶が飛んでるな~」
徹夜をしてナチュラルハイになっている綾尉は、筆を手に取ると書類に蝶の絵を書き込む。
「こらぁ――!何やってんですか!」
蒼の手から放たれた硯が、綾尉の脳天を直撃する。
綾尉はそれをくらい、ハッと目が覚めた。
「す、スマン蒼・・・」
この光景も城の日常だ。
「ちゃんと仕事してください。あなたはもう将軍なんですからね。」
蒼は厳しい視線を向けると、部屋を出て行く。
綾尉のげっそり度はさらに上がった。
「面倒くさい・・・」
そうして、次の書類を手に取ると目を通す。ハッと綾尉は目を見開いた。
その書類は、松重地方のものだった。字を目で追いながらウンウンと頷く。
「ほう。百合の故郷もなかなか米や野菜の出荷額が多いのか、これで安心だな。」
なにが安心だかまったく分からないが、綾尉は上機嫌だ。
あっという真に松重地方は読み終え、新たな書類へ手を伸ばす。
しばらくダルそうに読んでいたが、次第に目つきが変わってくる。
「・・・この書類、妙だな。」
綾尉が言うのには理由があった。その地域では、地域の出金が六千両と異様に多い。
気になってその地域のほかの資料を見てみると、その地域は出金の理由がほとんどなさそうな小さな土地だった。とくに目立った出来事もない。
「横流し、ですね。」
びっくりして振り向くと蒼の姿が。
「へ・・・?それは一体・・・」
「この地域の出金、ほかの所と比べないと分かりませんがかなり異常です。
そして、今の時期に一揆が集中している・・・」
資料を読みとりながららサラサラと答えていく蒼に少し関心した。
「これは、間違いなく上で何かがあります。」
「じ、じゃあすぐに家臣に探りを入れさせて・・・」
蒼はプルプルと首を横に振った。
「下手に家臣を入れさせると、策略がばれたと思われて向こうは何をしだすか分かりません。」
「つまり慎重に行かせた方がいいと言うことだな。」
蒼はまたしても首を振る。
「慎重すぎてもダメです。ここは一見幕府側に見えない身なりと性格をしていて、相手に不審に思われないようにし、なおかつ正確に内部の事情を探れる人間でなければ。」
「で、でもそんな都合のいい人間いるわけが・・・」
綾尉が言いかけたとき、障子が開いて寝起きの百合が入ってきた。
「おっはよ~今日も頑張るわね~」
二人の脳裏にあることがひらめく。
(ボサボサの髪、よれよれの着物・・・これならどう見ても将軍の正室とは誰も思わない!)
超失礼なことを考えると、二人はそろって百合に土下座した。
「百合、お願いがあるっ!」
「はは~ん・・・つまり、その横流しが横行しているかもしれない地域の藩主の女中に私が成りすませと・・」
「ま、一言でいうとそんな感じだ。」
百合は綾尉の向かいに腰を下ろした。
「私からもお願いです。国の平和がかかってるのです。」
蒼も隣に座る。
百合は額に手をあてた。そして数泊の沈黙。
「いいわよ。」
あっさりとした返事に二人は目を見開く。
「いい・・のか?大体一ヶ月ぐらいだぞ。」
「かまわないわよ、綾尉。国の平和を維持するためにはこれぐらい当然でしょ。」
綾尉の顔がパアッと輝く。
「た、頼んだぞ百合っ!」
百合は微笑を浮かべる。
「藩主の屋敷に潜入して、不審な点や行動がないか調べるんでしょ。任せなさい!」
「百合っ・・・」
「でも、綾尉達にしばらく会えないのは寂しいけどね。」
その瞬間、綾尉は百合をギュッと抱きしめた。突然の事態に蒼もポカンと口を開ける。
「ち・・ちょっ・・・」
きつく抱きしめられた百合は身動きがとれない。
「百合、お前に言っておかなければならないことがある。」
「え・・・?」
綾尉は顔を上げた。
「お前は、本当に汚らしいな。」
その言葉に、百合のこめかみに青筋が浮かぶ。
「バッカやろぉ―――!!」
「ウゲフッ・・!!」
またしても百合のパンチをくらった綾尉は倒れこんだ。
(無理もない・・・)
蒼は心の中で思った。
「あ、そうそう。」
百合はクルリと死にかけの綾尉を振り返る。
「そこの地域・・・何ていう名前なの?」
綾尉は目をパチパチさせたが、すぐに返事を返した。
「梔子・・・だ。」
おわかりの人も多いと思いますが・・・姫君に出てくる地名は全部色の名前です。
檜皮、こげ茶色みないな色 梔子、黄色みたいな色
そして浅葱、水色に黄緑を混ぜた感じの色。
ただ、松重だけはどんな色か忘れてしまいましたが・・・(おい)