決意の瞳は心に届いて
春・・・この季節がとうとうやって参りました。
現在の浅葱は花粉症による涙と鼻水でグチャグチャです。
そして目の前にはティッシュの山が・・・
春よ、早く過ぎ去っておくれ。
その日、空はとても青く、澄んでいた。
ふわふわとした羊雲が城をかすめ、ゆっくりと進んで行く。
今日は、将軍就任式が行われる偉大な日だ。
辺りには、就任式に参加する各地の大名達が次々と城の門をくぐる。
そんな時、我らが将軍様は・・・
「うっぎゃ――!」
城内に雄叫びがこだました。
百合はため息をつくと、綾尉の部屋へと小走りで向かう。
「あんたうるさすぎよ!着替えくらい静かにできないわけっ!?」
勢いよく障子を開けると、そこにはたくさんの帯と着物でぐるぐるまきにされた綾尉の姿が。
「で、でも百合っ!なんだこの重ね着の多さは!」
必死にもがきまくり、帯がさらに絡まる。
「綾尉様、動かないでください。これで最後の腰帯です。」
変わりに答えた蒼に叱られ、しぶしぶ静かになる。
今日の服装は普段とはだいぶ異なり、胸紐と腰帯、そして大紋で飾られた長袴を着用していた。
だが、この長袴は長い上、超動きづらいので綾尉はさっきから文句たらたらだ。
「しっかりしなさいよ。今日は歴史に残る大切な日なんだから。」
百合までもに指摘された綾尉はさらにテンションが下がる。
蒼は最後の帯をきつく縛り終えた。
「ハイ、できましたよ。あとはこれを・・・百合様がのせてください。」
蒼から手渡された『風折り烏帽子』を受け取ると、クスリと笑う。
百合はそれを沈んでいる綾尉の後頭部にチョコンとのせると、掛け緒をていねいに結ぶ。
「よしっ、完成!カンペキね。」
手をパンパンとはらい、綾尉を見上げる。
「あんた、そうしてると顔はかなりイケてるんだから、もっとしっかりしなさいよ。」
百合の微笑に、綾尉は顔を上げた。
「う・・そうか。なら今日は一日シャンとする事にする」
はりきって帯を結び直す綾尉を見ていると、ふいに障子が開く。
「百合様・・・忘れていませんよね?」
そこにはやたら笑顔を浮かべまくる夢津美がいた。
「へ・・・?」
百合は首をかしげる。忘れていること?
「百合様も着替えるんですよっ!」
夢津美はそう言うと、どこからか櫛と口紅を取り出し、ニマァっと笑った。
同時に百合の血の気がサァ~ッと引く。
「う・・うっぎゃああ――!」
別室へと引きずられていく百合を見て、綾尉は吹き出した。
「なんだ・・・百合のヤツ、私と一緒ではないか。」
「同レベルと言うやつですね。」
蒼は聞こえないような小声で呟く。
その時、視界に佐門が映った。
「綾尉様、そろそろ大広間へ。」
その言葉に二人は真顔になると、ハッと顔を上げた。
「綾尉様の、おなーりー!」
沢山の家臣達が頭を下げている横を通り過ぎる。
大広間に足を踏み出すと、ゆっくり中央に置かれている座布団に腰を下ろす。
右、左、後、ともに各地の大名達の姿。
そして綾尉の一番近い場所には、『カラスから白鳥へ』見事な変身を遂げた百合が笑顔で座っていた。
綾尉が腰を下ろしたすぐ直後、障子が開き今の大老にあたる人物が入場。
皆とは畳一段分高い場所に腰を下ろした。
余談だが、大老は老中とは違う。大老は老中(佐門)の補佐役に当たるのだ。
大老は佐門よりも年がいった男だ。口は髭で半分隠れている。
大老が咳払いをした。その場の空気が張り詰める。
「綾尉殿。」
「ハッ」
大老のしわがれた声に頭を下げ、勢いよく返事。
「突然だが、そなたはこの国をどう思われる。」
意味不明の質問に、大名達が騒ぎはじめる。
(何言っちゃってんの、あの老いぼれ?)
(大丈夫か?お年を召してらっしゃるから・・)
(おいおい、台本と違うだろ)
台本があったのか・・・と思いながらも、綾尉は聞き返した。
「・・・と、おっしゃいますと」
「そのままの意味じゃ。この国をどう思うかと。」
心の中で首をかしげながらも答える。
「正直・・・平和ではない。松重地方では戦があったりと・・・荒れています。」
出身地の名前を口にされた百合がかすかに反応する。
大老はうんうんと頷くと、次の質問をした。
「では綾尉、そなたはこの国を平和にできるか?そなた一人の力で。」
綾尉は目を見開いた。心拍数が上がる中、百合と桜の下で交わした会話を思い出す。
「・・一人では、出来ません。でも、佐・・老中や家臣、多くの人々と力を一つにすれば―できます。」
大老は顔を上げた。そして、最後の質問。
「綾尉、そなたはこの国を平和にすると、誓えるか。」
綾尉の心に迷いはない。下げていた頭をクッと上げると、大老と瞳を合わせる。
「―――誓います。」
大老はニッコリと微笑んだ。そして、佐門から何かを受け取る。
「これを、そなたに授けよう。民を導き、国をまとめる力となるだろう。」
差し出されたのは、刀。
これはただの刀ではなかった。その昔、兄弟どうしの乱が起こり、弟はみずからこの刀で兄の命をうばったのだ。たった一人の血縁だった兄を。
そして、その弟こそこの国の初代将軍。
以来、この刀は国の秘宝とされ、将軍が変わるたびに授けるようになった。
そして、綾尉も――
「たしかに受け取りました。」
丁寧に刀を両手で受け取る。その目は、決意で満ち溢れていた。
今、ここに新しい将軍が誕生しようとしている。
国を愛し、民を愛し、この世のすべてを愛する男。
大老は大声を張り上げる。皆が一斉に頭を下げた。
「これより、貴殿を第七代将軍としてここに任命する。」