桜吹雪に勇気を託して
何だか、コメディなのかシリアスかよくわからなくなりました・・・
あっ、そういえば今までの話をだいぶ編集しました。
ところどころ変わっておりますが、そこは気にせず・・・
すべて、終わった。
百合は、城からは少し離れた屋敷の中で、ゆっくりと起き上がる。
檜皮の乱で城の一部が燃えたため、この屋敷で迎えた八回目の朝。
障子を開けて背伸びをし、朝日を見上げた。
「あの日から、八日か・・・」
口に出してみた。
あの日、綾伽は命尽きた。燃え上がる炎の中で。
百合は一部始終しか見ていなかったので、
綾伽の最後は知らないが。
でも、不思議と涙は出なかった。母上や撒とは違って。
将軍は文句なしに綾尉に決まった。
でも、なぜか心が晴れない。
この気持ちは一体、何?
「百合様。」
ふいに、後ろから声がする。
「蒼・・・」
声の主の名前を呟くと、百合は振り返った。
いつも通りの蒼の顔だ。
あの日、綾尉に再び忠誠を誓った蒼は、『禮叉』という自分を消滅させた。
これから彼は、『蒼』として第二の人生を歩むのだ。
ちなみに、蒼の同志だった准嗣は忍者をやめ、転職して寿司職人となった。
(その思考回路はわけわからんが・・・)
だが、変わったのはそのぐらいだ。百合自身も、周りの人々も何一つ変わっていない。
なのに、百合は自分が大きな変化を遂げたように思える。
『大人の階段の~ぼる~君はまだシンデレラさ~』
(バックミュージック・思い出がいっぱい)
「おはよう。蒼。何の用事?」
百合は自分で笑顔を浮かべたつもりだった。
だが、蒼はその小さな動揺を見逃さない。でも、それはあえて口に出さなかった。
「・・・綾尉様がお呼びです。何でも、ものすごく急ぎの用事だそうで。」
百合はため息をつく。
「こんな朝っぱらから?何かしら。急ぎの用事って・・・」
しぶしぶ綾尉のいる離れに向かう。
部屋の前に着くと、障子を開けた。
「おお、百合!待っていたぞ。」
綾尉の顔がパァァと明るくなる。
「で、何よ。急ぎの用事って。」
綾尉はニコニコしながら答えた。
「皆で花見に行こうぞ!」
「・・・・・・。」
すかさず百合のカウンターパンチが飛ぶ。綾尉はそれを器用によけた。
「あああああんたねぇ・・・人を朝早く呼び出して花見はないでしょ!!
何が急ぎの用事よっ!」
怒られてちぢこまる綾尉。蒼はその様子をだまって見守っている。
「でも、私は言ったぞ。檜皮の乱が起こる前に『皆で花見をしよう』と。」
百合の目が点になった。そして微笑を浮かべる。
「しょうがないわねぇ・・じゃあ、夢津美達を呼んでくるわ。」
部屋を出て行く百合の背中を見つめながら、綾尉は蒼に話かけた。
「蒼も行こうぞ。この花見はもうすぐ行われる『将軍就任式』の祝いのためなのだ!」
その言葉を聞いて、少し真顔になる蒼だったが、すぐに微笑んだのだった。
「よし。これで大体のメンバーはそろったわね。」
百合はフンッと鼻息をはいた。
隣には寝起きの夢津美と、「花見じゃ~」とくるった佐門。
そして寿司屋へと見事な転職を果たした准嗣だった。
ちなみに准嗣は掛け声さえかければ忍者時代のクセか知らないが
どこにいても飛んで来る。
そんな多少不安がいっぱいなメンツで、桜の大木がある広大な庭へと出発した。
歩きながら、夢津美はこっそりと百合に囁く。
「それにしても・・・綾尉様、変わりましたよね。」
「へ、ヘッ?どこが?」
百合は抱えている弁当箱を落としそうになった。
「だって・・以前はものすごかったんですもの。ホラ、百合様が城に来た当初・・・」
「あ、ああぁ~たしかに。私に向かって『ヘッ、いいこぶってんじゃねぇぞ!』とか言ってきて・・」
夢津美は苦笑した。
「それが、今では・・・進んで花見などして。たぶん前の綾尉様だったら桜を見ても
『ヒラヒラ散ってんじゃねーぞこのバカ桜!』とか言っていたでしょうに。」
それはすごいわね~・・・と百合は呟く。言われた桜はたぶんもう咲くことはないだろう。
「これも百合様のおかげですよ。」
夢津美の言葉に顔が赤らむ。
「え。私、何にもしてないわよ!」
クスクスと夢津美が笑う。辺りに桜の花びらが舞った。どうやらもう着いたらしい。
「おーっ!桜じゃー!百合、弁当を開けるのじゃ!」
佐門の掛け声にワァーッと歓声が上がった。百合は包みを開いて桜を見上げる。
(・・・綺麗)
ヒラヒラと舞う桜の花びらに手を伸ばす。同時に、もう片方からも手が伸びてきた。
「え?」
ゆっくりと視線を向けたその先には―――。
「わたくしも混ぜてもらって良いかしら?百合さん・・・」
「さ、沙絵さん!?」
そこには、かつて綾伽の妻だった沙絵の姿があった。笑みを浮かべている。
「な・・んでここに・・・」
「准嗣から聞いて・・・皆より前に来ておりました。」
桜の花びらをつかむ。そんな沙絵を見た百合は微笑んだ。
「沙絵さん、いっしょにお花見しましょうよ!!」
「・・・ええ。」
辺りは笑い声に包まれた。
皆が花見の最中、少し遠くの桜に腰を下ろした綾尉は、青い空を見上げた。
時々落ちてゆく花びらを目で追いながら。
「綾尉、なに一人でたそがれてんのよ。」
驚いて振り向くと百合がいた。その細い右手には二本の団子。
百合は綾尉の隣に腰を下ろした。団子を口に運ぶ。
「百合・・・私は、将軍になって本当によかったのだろうか・・・」
ポツリと呟く綾尉に、百合は視線を向けた。
「何で、また・・・」
「私は、兄上の命と引き換えに将軍になるようなものだ。
兄上に申し訳ないと・・・」
綾尉が目を伏せる。百合はその様子を見ながらため息をついた。
「何シケた顔してんの!」
ポン、と綾尉の頭を叩く。
「そんなのなおさら綾伽様に失礼でしょ。ちゃんと草葉の陰から見守ってくれてるのに。」
「・・・。」
「あなたはあなたの世界を作ればいいの。自由で、平和な世界を。
そのために将軍になるんだから。」
「・・・・百合」
百合の膝に花びらが落ちた。
「・・・私に、できるだろうか。」
綾尉が顔を上げる。
「ええ。あなたなら、きっと。」
百合は微笑んだ。団子の串を丁寧におく。
「一本、食べる?」
「うむ。」
綾尉は団子を受け取った。百合は桜の木にもたれかかる。
ざあっ、と風が吹いて花びらが踊る。
将軍就任式は、三日後に迫っていた。