檜皮の乱 四
燃え盛る城。次々と上がる火の手。
早く逃げなくては・・・でも、体が動かない。
「何?一体何がおこってるの・・・」
百合は頭の中で絶叫した言葉を呟いた。
なぜ、これまで膝をついてくれていた人が敵の綾伽といるのか。
なぜ、私をこんな恐ろしい瞳で睨んでいるのか。
―――わからない。
それに、二人の後ろで膝をついている黒い男は誰・・
「この人かい?この人は甲賀忍者の一人、准嗣。私の同志さ。」
百合の質問に答えるかのように、『蒼だった人』はそう言って微笑む。
ちがう、今までの蒼じゃない。今まで隣で笑っていた蒼は―――
怖い
燃える炎の中に混じれて、烏が一鳴きした。
「さあ。」
百合は差し伸べられた綾伽の細い手にビクッと肩を震わせる。
「な・・に・・」
「いっただろ、百合様。あなたは我々の人質。綾尉をおびき出すためのね。」
綾伽は、そう言って微笑を浮かべた。
「大切な人を失いたくなかったら――来い。」
「い・・いや・・」
「来いっ!!」
百合のすぐそばで火が上がる。
「まったく往生際の悪い姫だ。」
准嗣がスラリと刀をぬいた。
「そなたの大切な人間、皆殺しにされたいか?」
「―――っ!!」
突然、体を准嗣におさえこまれた。
「は・・はなして!!」
『ザシュッ!!』
百合が叫んだのと同時に、なにかが空をきった。
「くっ・・!?何奴だ!!」
小刀が床に突き刺さった。准嗣の頬がら血が垂れる。
「百合を放せ!!」
炎の中から、刀を手にして現れたのは。
「綾尉っ!!」
アンタ来るのおそすぎよ!と、百合は綾尉にかけよった。
「フン、やっと来たか。我が弟よ。」
綾伽も刀を抜く。
綾尉は少しもためらわず、視線を禮叉に向けた。
「おまえ・・裏切ったな!」
「変なことを言わないでください。私は元から『こっち側』です。」
綾尉はため息をつく。同時に罵声が響いた。
「綾尉よ!ここで決着をつけようではないか。私がお前を倒せば、百合殿をもらい、私の女中にする。」
「ああ。のぞむところよ、兄上。」
刀をかまえる綾尉。あいかわらず百合は准嗣におさえこまれている。
禮叉はというと、だまってその様子を見つめている。
二人の間に、火花が散ったのが見えた気がした。
「行くぞ、綾尉!!」
綾伽が突進する。しかし、綾尉は器用にそれをかわした。
『キィン!!』
さびれた金属音に負けず、綾尉は叫んだ。
「私は、本当は兄上と戦いたくありません!」
「今さらなにを言う!!!」
綾伽の一撃。危機一髪でかわすと、少し後ずさる。
(強い)
でも、負けるわけにはいかない。自分には、大切な人がいる――
綾尉は、みごとな刀さばきで綾伽の髪二、三本を切断。
「くっ・・ちょこまかとぉぉ!」
綾伽は振りかぶった。
「目障りだぁ!」
「!!」
着物のすそが裂けた。さらに綾伽の攻撃はつづく。
綾尉はそれを必死に受けるだけ。
(百合――)
綾尉は視線を向けた。だが、その隙を見逃さない綾伽。
「終わりだ!」
「!?」
マズイ――
『ザシュッ!!』
「が・・はっ!!」
綾尉が腹を押さえた。紅色の血が手を染める。それを見た禮叉の表情が、変わった。
「綾尉!!」
百合は目を見開いた。必死に動こうとするが、准嗣におさえこまれているため動けない。
「死ねェ!!」
「くっ・・!」
(もはや、これまでか―――)
綾尉がかたく目をとじた瞬間、
『キイン!』
一つの刀が綾尉をかばった。
視線を向けたその先には――
「禮叉!?」
彼は険しい目つきで綾伽を睨みつける。
「!おまえぇ・・どういうつもりだ!」
「すみません綾尉様。私はバカでした。綾尉様は、あれだけたくさんのものをくださった。それなのに、私は――」
禮叉は、目を閉じる。
「もう、これ以上綾尉様をだますことはできません。」
綾尉は禮叉を見上げた。
「・・・おまえ・・」
そして、綾伽がカッと目を見開く。
上半身を見ると、禮叉の刀が腹に刺さっていた。
「ま・・さ・・か」
ドサリと崩れ落ちる。
「兄上・・・」
綾尉が、一歩近づいた。綾伽は、それに気づくと目を閉じた。
「まさか、こんなことになるとはな・・・」
「・・・。」
ごほっ、と血をはく。
「殺せ。」
「えっ・・」
「殺してくれ、綾尉。おまえのその手で。」
小さな呟きだが、否を言わせない迫力。
綾尉は禮叉を振り向いた。コクンと彼はうなずく。
「あ・・に・・うえ・・」
初めて見る、綾尉の涙。
「お許しを・・・」
鈍い音とともに、刀は綾伽の腹をとらえる。辺りは、燃え盛る炎。
「私は・・・兄上が好きです・・」
その言葉に答えることはなく、綾伽は微笑を浮かべるとゆっくりと目を閉じた。
この瞬間、檜皮の乱は終わったのである。
☆
数日後。
彼女は、一つの石にひざまづく。
花をそえると、手をあわせた。
短い期間だったが、亡き夫とすごした日々を思い出す。
彼女は、声を上げずに泣いた。
この世で、最も愛した人――あなたが恋しい。
「・・っ綾・・伽様・・・!!」
これから、新しい国が築かれようとしていた。
夫が目指していた平和な世界。それがようやく実現する。
空は、澄み切るほど青い。
「――あなたは」
シアワセでしたか・・?
百合は、その様子を黙って遠くで見つめていた。
ただ今、書き上げてぬけがらのようになっています・・・
とにかく、疲れました・・・(気力ゼロ)