願いが天へと消えた日
季節は卯月。城にも、春が訪れようとしている。
「あ~ヒマねぇ・・・」
そんなお花見ムードがただよう中、百合は一日中ゴロゴロしていた。
と、遠くの方から足音がし、障子が開く。
「百合様っ!」
叫んだのは、百合の女中の夢津美。
「ふえ?なぁにぃ~?夢津美。」
「なぁにぃ~じゃないですっ!春になってからゴロゴロしまくりじゃないですかっ!体がなまりますよ!」
百合は困ったように顔をしかめる。
「で、でもぉ・・一ヶ月前、伊豆に行ったし・・・」
「前すぎですっ!ちょっとは動いてください!もうっ・・」
そういうなり、夢津美は百合が寝ている布団をはぎとった。畳に転がる百合。
「いったぁ・・いきなり布団をはがなくてもいいじゃない・・」
「つべこべ言わずにさっさとおきる!」
普段はやさしい夢津美だが、怒ると怖い。
百合はしぶしぶ立ち上がり布団をたたんだ。
無言で布団をたたみ終えると、障子に人影が写る。
「あら、誰かしら・・」
夢津美がカラリと障子を開けた。
「失礼します。」
「蒼!」
障子の向こうに立っていたのは、綾尉の側近の蒼だった。
「百合様、綾尉様が来てほしいとのことです。」
「綾尉が?何の用?」
「それが・・急にお父様の具合が悪くなったということで・・」
「え!?」
綾尉の父というと、この国を支配する将軍様で、百合を城に招いた本人でもある。
「まあ大変ね。すぐ行かなきゃ!」
さっきまでのダラダラ、ゴロゴロぶりが嘘のように百合は着物のたるみを直しはじめた。
長い廊下を夢津美と蒼の三人で歩き、綾尉の部屋へ到着。
蒼が障子を開いて、百合は中に入った。
「百合」
時期将軍候補の綾尉が振り向く。
百合はその場に正座した。
「将軍様の具合が悪いんですって?」
「ああ・・・今、医者に来てもらったが何とも・・・」
綾尉の顔が曇る。
「・・・じきに兄上が来ると思う。もし、このまま逝ってしまう場合もあるだろうと・・・」
綾尉の兄とは、同じ将軍候補の一人の綾伽のことである。
「ジメジメしてても仕方ないわよ。将軍様の所へ行きましょう。」
百合の提案に、綾尉は「ああ・・」とつぶやいた。
将軍様には、百合は実際には会ったことがなかった。綾尉のもとへ来たときより、もっと長い廊下を渡る。
やがて、小さな部屋についた。
数人の警備の許可を得ると障子を開ける。
「・・・父上」
のれんをくぐると布団が敷いてあり、そのそばに二人の人物が正座していた。
一人は綾尉の兄の綾伽。もう一人は医者。
百合も、同じように正座した。
布団で寝ている将軍様は顔に輝きがない。歳は、佐門と同じぐらいだろうか。
「・・・う」
将軍様が、弱弱しくつぶやいた。
「綾・・尉・・・綾・・伽・・」
名を呼ばれた二人は将軍様にかけよった。
「父上!」
「・・・今まで・・すまなかった・・・な・・・」
「何を言ってるのです父上!」
綾伽が叫んだ。
「・・・百・・・合・・殿」
急に名前を呼ばれ、ハッとする百合。
「綾・・尉・・を・・よろしく・・たのみ・・ますぞ・・」
その言葉を最後に将軍様はゆっくりと瞼を閉じた。
医者が首を横にふる。
「そ・・んな・・父上――――っ!!」
綾尉の瞳には、うっすらと涙。
「三回目・・・か・・。」
そんな中、百合はボソリとつぶやいた。
これで三回目だ。人との別れを経験したのは。
戦に行って死んだ撒。そして母。
放心状態になっていた百合は、綾伽の言葉で目を覚ました。
「遺言は?」
「え・・?」
「父上の遺言の中身はと言ったのだ。」
「兄上!父上が亡くなったばかりだというのに・・」
綾尉の言葉を無視して医者から遺言状を受け取る綾伽。
『後をたのんだぞ。次の将軍はそなたたちの意思で決めるべし』
遺言を呼んだ綾伽の顔がこわばった。綾伽のこんな顔、見たことない。
「兄上・・遺言にはなんと・・?」
「うるさい!次の将軍は私だ!」
百合はビクッと体をふるわせた。そして、綾伽は障子を開け出ていってしまった。
「兄上・・?」
百合はこの時やな予感がした。
将軍様の死、次の将軍になれるのは一人のみ。しかし、綾尉と綾伽の二人の将軍候補。
この出来事が後に二人の人生を揺るがす事件に発展するとは、この時だれも思っていなかつた。
嵐が、やって来る―――――――。
何だか、意味深に終わってしまいました。
できるだけ間を空けないように投稿したいです。できるだけ・・ですが。