松重の戦い 三
いよいよ戦も終盤です。
百合はどうなるのか・・・
「ゆけぇ!」
高らかな陣太鼓の音とともに、両方の陣がいっせいに交わる。
一人が弓を引く。
すると一人、また一人と人が倒れていく。
そんな中、百合は一頭の馬に乗り、必死に弓を握っていた。
「えいっ!!」
予測不可能な百合の矢は、たくさんの敵を射抜く。
もうだれが味方だか敵だか、百合には分かっていない。
ある意味超危険人物である。
百合はただ、目の前に襲い掛かってくるやつらに向けて必死に矢を射るばかりだった。
「ぐっ!」
近くで叫び声が上がる。
百合は真っ先に反応した。
「撒!」
かつて幼なじみだった撒が、数人の敵に囲まれてるようだ。
「撒に触るんじゃねぇ!!!」
百合は必殺技(???)で敵を蹴散らす。もう何が何だかわからない・・・
「ね、姉さん・・・」
撒は申し訳なさそうに百合を見上げた。
「まったく、撒はちっとも変わってないんだから・・・ホラ、こっち!」
百合に手をひかれて走る撒は、微かにほほ笑んだ。
「姉さんらしいや!」
「撒・・・!」
な―んていい感じになっていたのも、ほんの数秒。
目の前は、敵だらけだ。
「見てなさい、撒!」
そう言うと、再び弓を握る。
撒はそれを見たとたんあわてて止める。
「ダメだよ! 姉さんコントロ―ル最悪なんだから、どこ飛んでくかわかんないよ!」
ん?なんか今、さらりと失礼なこと言われたような・・・
そう言ってる間にも、一人の敵が百合に槍をかまえて突進して来る。
「まかせなさいよ〜!」
百合は撒を馬に乗せながら勢いよく弓を引いた。
『ビュン!』
矢はへんな所にぶっとんでいったが、一秒後。 また、ユーターンして帰ってきたのだ。
「ぐわあっ!」
ふいをつかれ、敵は背中に矢が刺さった。
「すごい! 超ハイパースペクタルウルトラノーコンの姉さんが、敵を射るなんて・・・!」
その口、聞けないようにしてあげましょうか?子供でも容赦しませんよ。
「ヒィィ冗談冗談!」
そうやって、しばらく敵を倒しつづけている時だった。
「!?」
十人、二十人ともあろう敵が百合と撒をとり囲んだ。
「くっ・・・!」
さすがの百合も、これにはあせる。
「悪いが、あんたらはここで終りなんだよ!」
一人がいやらしい笑みをこぼした。
「二十対二なんて卑怯だぞ!?」
「うるせぇ、ガキが!」
スラリと、刀を抜く。
「撒!!」
その時、
「ぐわああっ!」
刀を持っていた敵が崩れ落ちた。
「な、なんだ!?」
大勢の敵の目線の先には――
「綾尉!!」
現在百合の夫である綾尉が馬にまたがり、刀を握っている。
「大事ないか!?百合!」
「なっ、なんで綾尉がここに――!?」
百合は飛び上がった。
「佐門に聞いた。」
がくっ。 フツーすぎる。
「とにかく、ここは私にまかせて百合は家に帰れ!」
「ええええっ、今さら――!?」
「ここは危険なのだ!」
「だって、撒も!」
「撒は心配ない!」
「で、でも・・・」
綾尉は百合の肩をつかむ。
「私は、百合を危険な目にあわせたくないのだ。」
綾尉の迫力におされた百合は、
「はい・・・」
と言って踵を返した。
「姉さん!」
だが、撒の声に思わず振り返る。
「僕、姉さんの分も頑張るよ!」
いつもの無邪気な笑顔。
百合は微笑んだ。
「・・・ありがとう。」
百合はその言葉を最後にし、戦地を去ったのである。
☆
それから四時間後、百合たちの軍はみごとに勝利を収めた。
不利な状況に在りながらも、見事だったそうな。
そしてついに明け方、遠くから列をなして軍が戻って来た。
「綾尉っ!」
そして、百合はこの数時間、家の前で綾尉や撒の帰りを待ち続けてきたのだ。
遠くから馬に乗った綾尉に向かって駆け出す。
「百合、無事だったか。」
百合はうんうんとうなずいた。
「で、撒は?喜んでた?」
こういう時なら真っ先に、姉さ〜ん!とかいって来そうなんだけど・・・
『撒』という言葉を聞いた綾尉は、とっさに顔をふせる。
しばらくの間ののち、百合に向かってゆっくりと顔を上げた。
「百合・・・よく聞け・・・」
「?」
「撒は・・・死んだ・・・。」
その瞬間、百合の体中の血が凍りついた。
「え・・・?」
「もう、この世にはいない。」
綾尉が後ろを振り返る。
そこにあるものは――変わり果てた撒の亡骸。
仰向けに馬に乗っかっている。
「一人で軍につっこんでいって・・・頑張りすぎた。」
「うそ」
「百合・・・」
「うそっ!!!」
百合はふるえる手つきで撒を地面に下ろす。
「撒・・・?」
撒は、かたく目を閉じたまま。その目はもう、開かない。
「ねえ、返事をしてよ・・・撒・・・」
返事など、ない。
脳裏を過ぎるのは、あの時の言葉。
『僕、姉さんの分もがんばるよ!』
あれは、ほんの数時間前の出来事。
いつも人のため、世のためにがんばっていた撒。
「撒・・・」
「百合」
「撒―――――――――っ!!!!!!!!」
百合は感情をぶちまけ、絶叫した。
「いやあああああああああああっ!!!!!」
綾尉はその姿を、だまって見つめるしかなかった。
次の日の朝。
百合は花束を持って、坂道を歩いていた。
「ふう・・・」
額の汗をぬぐい、花束をおいたその場所は、かつて撒と星を見たあの丘。
ただこの前とちがう所、丘の真ん中に一つの小さな石が置いてある。
百合はその場にしゃがみ、花をゆっくりとそえた。
撒が好きだった菫の花。
「撒・・・」
ポツリと呟く。
「ごめんね・・・撒・・・本当に・・・ごめん・・・」
大粒の涙が石の上にこぼれる。
「私、撒のこと・・・守れなかった。撒は・・・がんばるって言って・・・くれたのに・・・」
激しくしゃくり上げる。
「こんどは逆に・・・わたしが撒のために・・・いい女になるから・・・」
涙をぬぐった。
「百合――! そろそろ帰るぞ――!」
ふいに、綾尉が遠くから叫ぶ。
「は――い!」
綾尉のもとに向かう百合。その顔は、いつもとは変わらぬ笑顔だった。
だが、その途中、足を止めて丘をもう一度振り返る。
百合は、青く澄んだ空を見上げた。
ざあっと、一陣の風が吹き、花が揺れる。
声が、聞こえた――。
懐かしい、もう二度と聞けない撒の声。
『ありがとう――』
百合は微笑んだ。
一目散に綾尉のいる場所に向かって駆ける。
その頭上には、かつてないほどの鮮やかな空が広がっていた。