一、
「……不登校は増え続けているのです。何故増え続けているのか、様々な憶測が飛んでいます。例えば、いじめが増えたから不登校も増えたのではないか、とする説です。文科のデータを見てみましょう。いじめの認知件数が上昇しています。そう学校関係のトラブルが有れば学校に来れなくなることも不自然ではない。要するに不登校が増加する原因にいじめが起因する説は間違いではないということです。」
力説が振るわれる。
講師の言葉が拡張機械を通して講堂に響いていく。前面のパワーポイントが言葉をより鮮明にさせた。
淡々と振るわれる言葉から大事と思ったものを選別し紙に落としていく。時間が経つ事に紙が黒で埋め尽くされていく。
「……かくして不登校を減らしていくために必要なこと、大きな目で見れば一人、さらに一人と不登校への理解する国民が増えることでしょう。そうした時、社会全体が不登校者を作る根本悪を許さず、不登校の数は減っていくはずです。さて、近々の目線ではどうでしょう。様々な方法があります、一概には言えない。そこで対応策を話し合って貰いたいと考えています。」
講師のトーンが徐々に上がり、そして言葉が終点に止まった。
拍手が会場を覆い、その日の幕を閉じていった。
次の日。参加者は幾数の部屋に分断された。
その内の一角。透を初めクラボラ部は全員同じ部屋に固まっていた。さらに四つに分裂したがクラボラ部は結束したままだった。
四つに分けられた机の一つ。クラボラ部四人と大人の女性二人が囲む。
女性の一人が「よろしくお願いします」とお辞儀をし、周りも返していく。
イベントスタッフによって各人に数十枚の付箋の束が配られていく。桃や橙、水色、カラフルな色が薄汚れた白に色付けていく。そこに真っ白のB紙が机の中心を陣取った。目立った白色が着色を払拭していった。
戯言が響いていた。スタッフが話し始めると数秒後には静かになった。
「今からブレインストーミングをしていきます。まず配布された付箋の束があることを確認して下さい。確認しましたか? 十分間不登校に対する対応策や実際に不登校の児童及び生徒に対して如何に対応するか。それを思い付く限り付箋に書いて下さい。一行でも構いませんから、沢山書くことを心がけて下さい」
スタッフが話し終える。始めを示す銃声が頭の中で鳴り響く。
皆が付箋に思い付くことを書き綴った。
時間が経ち、「手を止めて下さい」の合図でシャーペンが置かれた。
スタッフは続けた。「今度はその付箋をB紙に貼っていきます」
「初めにB紙を四つの分類で分けて下さい。一つ目は『親の対応』、二つ目は『学校の対応』、三つ目は『児童・生徒の対応』、四つ目は『その他』です」
ホワイトボードに貼られた大きな紙にマーカーで三つの線を引く。それに呼応するように目の前の紙に黒のラインが三本付けられた。分けられた四つのエリアに一つずつ四つの分類名が書かれていく。
「次に、その分類に対応する付箋を貼っていきます。もし同じ内容のものが他にあった場合は重ねて下さい。まずは意見の書かれた付箋を全て消化しましょう」
一つ一つ手元の付箋が移動していく。
貼って、重ねて。白い紙がカラフルな色に覆われていく。いつの間にか手元の付箋がなくなった。
グループ全員が付箋を貼り終え、ひとまの休息が訪れた。
親の対応と学校の対応とが隙間なく付箋が白を覆っている。その他は白と色が半々で、児童・生徒の対応は白が色付く付箋よりも割合を占めていた。
児童・生徒の対応、そこだけ物寂しさを感じさせる。
次の段階は、貼られた付箋を元に議論していくことであった。透のいるグループでは付箋の数が多い分類から議論していくことになった。
学校の対応。
勝呂が熱弁をふるう。将来の夢が教員になることであり、それ故に興味関心が高かったようだ。
そこに陽気な見た目の女性が反論する。その女性は教育関係者で、同じく興味関心が高い。勝呂との激しい攻め合いが行われた。その後、議論が勃発してからすぐに熱が冷め初め、議論が転換した。
次は親の対応。
もう一人の女性が強く訴える。「私の次女は現在進行形で不登校です」
気圧される勢い。
それに負けじと対抗するが、その女性が一枚上手だった。ただ、教育関係者だけは例外だった。
不登校の子どもにどのように学校に行かせるか、それを考えている女性に違う思考を提示した。「学校に行かせなくても、フリースクールなど学校に行けない子どもが別の場所で勉強する場があります」と諭す。
学校に行かせなければならない、という概念に囚われずに方法を模索すること。その思考を取り入れた女性は納得したように口数を減らした。
一時の間。そして、次の議論へと移った。
その他。
透や近見夢が創造的な意見を繰り出す。思わぬ着眼点から発信された内容。淡々と透や夢は説明するが、それ以上の議論にはならなかった。
残るは児童・生徒の対応。
半分以上を占める空白がやるせなさを与えさせる。冷めた話し合いで終わるのだろうと半ば諦めの雰囲気で話が始まった。
予想的中、冷えた議論であっという間に議論が幕を閉じようとしていた。
そこにヨッシーが「待った」をかける。
空いた空白に付箋が貼られた。その付箋に目線が集まる。そこには"不登校の子どもと一緒に遊ぶボランティア"と書かれている。周りの五人は意味が分からず首を傾げた。
ヨッシーが説明をし始めた。
「学校に行かせなくても方法があるってことを聞いて思いついたんだけど……。いきなり学校に行かせるんじゃなくて、家に引きこもってる子が外に出れるようにボランティアするの!」
説明不足で未だに首が傾いたままだった。
透は恐る恐る「どういう意味」と伺った。
「んー。ウチらがボランティアとして不登校の子と遊ぶの。そしたらさ、その子が外に出るのが苦にならなくなって、学校にも行ってみようと思うんじゃないかなー、って」
納得はしていないが頷いた。これ以上聞くのを諦めたからかも知れない。そして、ヨッシーの説明が終わり、周囲も口を紡いだ。
四つの議論が終わり、他のグループの終焉を待つのみとなった。
寂びた空気の中で不登校の次女を持つ女性が透達に話しかけた。「日向高校の生徒ですよね────」
「ええ、そうですよ」
透や勝呂が反射的に返した。
それを聞いてやっぱりね、という表情を浮かべる。一方で四人は意味が分からず途方に暮れた。
「長女が日向高校に通ってるから、制服を見て同じ高校かなと思ったんです」
「成程。娘さんの通ってる高校と同じだったんですね」
女性は優しく微笑んだ。
「桜、知ってます? 出雲桜。私の娘なのよ……」
透とヨッシーはフリーズしたように止まる。二人の脳裏に浮かぶ一人の面影。同級生であり、透にとっては同じクラスメイト、ヨッシーにとっては中学時代の友達。突拍子なる発言が二人を驚かせた。
「えーっと、今は確か二年生かな」
その言葉でさらに確実性が増す。やはり、思い浮かべた桜とその女性の言う桜は同一人物だ。
桜の母出雲真子は凍った二人を微笑みで溶かした。溶かされた二人は同時に口を開けた。
「はい。知ってます────」