三、
繋がる小さな手。
互いに持つ温もりが相手に伝わり触れている実感を与えさせる。
通学路を颯爽と歩いていく。日常と何変わらぬ風景。大きく聳える建物を見上げ、広い車道を横目に歩行道を歩いていく。
浮かれた気分で小さな一歩を踏む。背中の枷を忘れ、雲のごとく歩いていく。
その小学生は隣の友達に聞く。
「双葉ちゃん、二分の一成人式で発表する将来の夢は決めた?」
二分の一成人式。彼女らの通う学校では四年生時に成人までの半分を生きたことを祝い、児童一人一人が保護者の前で成りたい将来の夢を発表していく行事である。
将来の夢を持ってこの行事を楽しみにする児童。逆に将来の夢を持たない児童や人前で発表するのが苦手な児童はこの行事を嫌がっていた。
小さき時の双葉は後者だった。
「あたしは……まだ決めてない。どうしよう」
そして、悩みながら浮かんだことをそのまま言葉にした。
「ほんとはスポーツ選手になりたいけど……」
「へぇ、凄い! かっこいいね。野球選手? バレー選手? 何の選手なの?」
その問に首を横に振る。
「習い事で剣道やってて、あたしは剣道の選手になりたいと思ってるけど……」
「へぇ、剣道選手かぁ。すごい。……それで、剣道って何だっけ?」
純真無垢の頭で考えられ、素直に感想を述べる。
首を深く傾げる。それを見て苦笑いを浮かべた。
「木の刀で打ち合うの。野球とかバレーとかと比べるとそんなに知られていないかも」
「そうなの?」
「うん。それで、剣道の選手なんかないかも知れないし、あってもあたしにはなれないから」
十歳のヨッシーは立ち止まる。それに連れて双葉も立ち止まった。
赤いランドセルが後ろに重みをかける。その重みに負けないように背筋をピンと伸ばした。
ヨッシーは触れていた右手を離し、両手で握り拳を作った。
「いや、双葉ちゃんならなれるよ。絶対」
その熱に戸惑い話す。「そうかな?」
「そうだよ。だって、双葉ちゃんは頑張り屋だもん」
答えにはなっていないが、小学生にはそれで十分であった。優しさが空気を伝って双葉の身体中に蔓延し、無理な事でも出来る気を与えた。
そして、ターンが移り変わった。
「それで、ヨッシーは将来の夢、あるの?」
その問を待ってましたと言わんばかりの笑みで口を開く。
「ウチね、お花屋さんになりたいなーって、思ってるの。あっ、けどパリシエ? なんかお菓子の作る人にもなりたいなー」
「パティシエね」
「そうそう。ちょっとなりたい仕事が多くてどうしよー」
いいな、いっぱい夢あって────
そう言って双葉は羨望の目を向けた。
けどもう決めてる双葉ちゃんの方がいいよ────
くだらない反論。さらに、反論が重なる。
いつしか話題がズレていき、いつの間にか将来の夢とは縁のない話にすり変わっていた。
二人は残りの道を手を繋いで楽しげに歩いていった。
真っ暗闇の中で無垢に手を繋ぎ歩いていくヨッシーと双葉。
先の見えない暗闇に気付かず歩く。繋いだ手が互いに優しさを共有する。
ずっと繋いでいたかった温かいこの手────
だけど時の狭間に揉まれ気付いたら繋いでいた温もりはない。
小学生だった二人がいつの間にか高校生になっていた。それぞれの道を歩んだ末にようやく出会えた。しかし、手を繋ぐことはしなかった。
双葉は変わっていた。あの頃の双葉とは違う。
暗闇の中で自分のいる位置を見失う。あの頃から何も変わらないヨッシー。背中合わせに双葉がいるような気がした。このまま進めば距離は離れ、取り返しのつかないことになる不安が襲う。
真っ暗闇の中でヨッシーは後ろを振り返る。そこには誰もいなかった。
仕方なく今の道を進む。
双葉は床の反転側にいて、ヨッシーとは真逆の方向に進んでいる。そのことに気付かず一寸先は闇の道を歩いた。
急速に歳をとっていく。
たまたま振り返ると双葉は真逆の道に進んでいる。闇で見えないはずなのに何故かヨッシーの行き先が見えてしまった。冥界に気付かず進む。歩みを止めようと振り向いたが、その時には時すでに遅かった。
涙が止まらない。
何も出来ない。手を伸ばしても届かない。
お願い届いて────
ヨッシーは身体中に力を入れた。
上半身が起き上がる。辺りは真っ暗闇で覆われていた。皮膚の感覚を利用して自分の状況を確認した。
蹴飛ばされた布団、皺のあるシーツに触れる。
すぐ近くには双葉の気配がする。
夢か────
突然なる安堵感が襲い、すぐに疲労感に変わった。
突然降りかかった疲労を回復させるためヨッシーは再び布団にくるまった。