二、
殺気が体内から溢れ出る。
赤く充血した眼が目の前のチンピラを睨む。放つ冷気が薄暗い路地裏に広がった。
片手の木刀が敵を見定める。
緊迫した空気の中で互いに睨み合う。互いに様子見をし、空気を凍らせていく。一触即発。緊張が襲っている。
痺れを切らしたチンピラが凍てつく雰囲気を切り裂いて向かっていく。戦闘が勃発し、互いに攻めに入った。
滑らかに動く木刀。
風のような軽やかステップ。
容赦ない打撃がチンピラを襲う。赤く腫れていく皮膚。身体中が赤色に染まる。後悔が頭の中に巡っていった。
踝まで伸びたスカートが向かい風を受けて靡く。無様に転がるチンピラを見下し、冷たく「雑魚が」と吐き捨てた。
双葉は雑魚を人目につかない道端に捨て去る。
建物の間に射し込む橙の夕陽にうたれ、入り込む向かい風に抗い進む。
こんな雑魚を相手に逃げやがって────
喧嘩腰の双葉とは相容れない性格に苛立つ。もう一人の自分に対する怒りを唾に混ぜ込み、道端の溝に吐き捨てた。
帰るべき場所はない。
あるとしても、そこは地獄の中にある。直に行くような場所ではなかった。
双葉は定時前に宿り木を訪れた。
幼馴染で同じ高校に通う金治好美の家だ。事前に宿り木の段取りは済ませてある。
双葉は堅気に言う。「感謝する」
「大変助かった。野宿することにならなくて良かった」
マットの上で寛ぐ。
好美もといヨッシーは無理に双葉に合わせようとし、双葉は自我の雰囲気を貫く。馬が合わない雰囲気が空気を凸凹にしていった。
「気にしなくていいよ。幼馴染だし、友達だし、部活の仲間だし、困ったらお互い様だからね」
笑顔で歓迎を伝える。しかし、心の何処かでは同情の気持ちで暗い表情を浮かべていた。
双葉は毎日友達の家に寝泊まりをしている。その友達に極力迷惑をかけないためか、寝泊まりする家を毎日変えている。今日は好美の家が宿り木に選ばれた。
双葉には寝泊まりする理由がある。自分の家に帰れない理由が。
抱えた闇は例え幼馴染にでも見せない。
どうして自分の家に帰れないの────
そんな浅はかな問は述べられない。闇の部分に触れることはタブーであるからだ。
幼馴染だからこそ双葉の抱える闇が深いことに感知する。だけど、その闇に触れることは許されない。板挟みの中に揉まれた好美は闇に気付いた自分に蓋をして、道化を演じた。
仮面をつける程にますます心が傷ついていく。何も出来ない自分が苦痛でしょうがない。ただでさえ、嘘が苦手なヨッシーにとってその仮面は拷問であった。
だからと言って、双葉を悲しませることは出来ない。
途切れ途切れの会話が続く。
胸の内を明かして話したいのに、双葉の中に潜む闇が鉄壁の防壁を作り出し、一つ一つ言葉を吟味して話すお堅い会話になってしまう。
それでも話をしていないと落ち着かない。
無理にでも会話をしようと口を開き始めようとした時、玄関の扉が開く音がして会話に終止符を打った。
二人が寛ぐリビングにヨッシーの弟翔也が入ってきた。
翔也は双葉に気付くと軽く一礼をした。
「こんばんは。今日のお泊まりは僕ん家なんですね。ゆっくりしていって下さい。神崎先輩」
「ああ。お言葉に甘えさせて頂こう」
「それはそうと明日部活の定例会があるんで暇があったら来てください。多分みんな歓迎しますから」
「そうだな。行く気になったら行くかもな」
翔也はリビングを出て自分の部屋に向かっていった。
三人は一様に日向高校に通いクラブボランティア部に所属している。
ただ、双葉に関してはやや不登校気味であり、部活に関しては幽霊部員となっている。
それでも部長の透は双葉が来ることを待ち望んでいるのだ。
「是非来てね」
ヨッシーは翔也の代弁として言い残している一言を付け加えた。
最近は部活に顔を出していない双葉が何の隔たりなく来れるように。
月が落ちる。
敷かれた寝床で仰向けになって天井を見つめる。
翔也の「暇があったら来てください」と「みんな歓迎しますから」の言葉を頭の中でリピートさせる。最後にヨッシーの「是非来てね」が追い討ちをかけた。
久しぶりに顔を出すのも悪くないな────
そう心の中で呟いて目を閉じた。虚無の空間の中で重力にうたれる。急落下する感覚が襲い、意識が別の世界へと飛んでいった。