第09話 河童
うん、間違いなく河童だ。座敷わらしが存在するのだから河童だって実在しても何の不思議もない。河童は身長は一五〇センチに満たない位の大きさで小柄なのだが、全身緑というのはとにかく見た目のインパクトが凄い。俺と霞以外には見えていないらしいから良いものの、誰でも見えたりしたらとんでもないパニックになりそうだ。
俺は河童なんて見なかったことにして部屋へ帰宅するために歩き始める。霞が何か言いたそうに睨んでいるが、こういった連中と関わるとロクな事にならないのはすでに学習済みだ。やり過ごそうとしたところで河童に腕を掴まれてしまった。
「ほんまお願いしますわ……。 助けてください」
俺はため息を一つついて河童についてくるように言う。確かすぐ近くに公園があったはずだ。この時間になればもう人気が少なくなっているだろう、あそこなら落ち着いて話ができるはずだ。
公園の中にある四阿に陣取る。俺の左となりに霞、そしてテーブルをはさんで河童が座った。自己紹介を軽く済ませる。河童の名は安太郎というらしい。自己紹介の終わったところでどうしても我慢できずに口を開く。
「なあ、さっきお前に掴まれたところなんだかヌルヌルするし、とんでもなく魚類のにおいがするんだが……。これ大丈夫なのか?」
「堪忍してください、大丈夫やと思います。助けてほしいというのはソレに関係している事なんです」
そう前置きして始めた安太郎の話したところによると、工場の排水のせいで水がとんでもなく汚れていてそのせいでぬめりと臭いがでているのだという。
「それをどうやって助けろっていうんだ。工場なんて俺にはどうにもできないぞ」
「そんなことをお願いするつもりはありまへん。他所の川へ移してほしいんです」
「どういうことだ? ここまで来れたなら別の川へだって歩いていけるだろう?」
違うんです――そういって安太郎は教えてくれる。河童をふくめた妖怪すべてが此岸と彼岸の間に住まうもの。だからこそ俺たち人間とは別のルールに縛られているという事らしい。その一つが自らの意思で生まれた地を捨てられないという事だと。そういえば霞も俺に住んでいいか聞いたって言っていたっけ。
「そういうわけでして、人の手を借りて移る必要があるんですわ」
「で、手を借りると言っても俺は結局どうすればいいんだ」
「川に突き落として、今日からここで暮らせ。と言ってもらえれば」
水質を気にしていたようだが、何駅か向こうに日本の名水百選に選ばれていた大きな川があったはずだ。あそこで良ければ何時間かあれば往復できるだろう。そんなことを考えていると隣の霞がクスクスと楽しそうに笑っているのに気付いた。
「霞はなぜそんなに楽しそうなんだ?」
「だって小太郎やっぱ優しいんだもん。結局たすけてあげるんでしょ」
「そうだよ悪いか」
「ううん。さすがわたしが見込んだ小太郎だなあって」
俺と霞のやり取りを黙ってみていた安太郎が遠慮がちにおずおずと口を開く。
「あの、そちらの姉さんも妖怪でっしゃろか?」
「ほかの何に見えるっていうんだ。座敷わらしだよこいつは」
「でも、霞さんはほかの人間にも見えてるじゃありまへんか」
「出しゃばりだからな。飯も人並み以上に食うし、それにこの服だって勝手に通販で買ったしな」
俺の説明をきいて安太郎は目を丸くして驚いたような表情を浮かべる。
「ええっ、此岸にそんなに関われるなんてまるで――」
「そこの二人! 日没以降は立ち入り禁止だと書いてあっただろう」
河童の言葉は近づいてきたライトを持っていた警官の言葉にさえぎられてしまった。なんでもこのあたりで最近カップルを狙った強盗事件が多発しているとかで、早く帰れとその場を追い払われてしまう。
離れ際に俺は河童に向かって「明日の朝またここで」と告げる。安太郎の姿が見えない警察官は意味が分からないらしく不思議そうな表情を見せていた。
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