第72話 北国
俺と雪さんは朝一番の出発で、霞と都さんは午後からの出発になるので見送られる形になった。
都さんは夜遅くまで飲んでいたのか、ホットパンツに日本酒の銘柄がプリントされたカットソーという部屋着のままだ。眠そうな様子でオーバーサイズのカットソーの裾を揺らしながら頭を掻いている。
霞の方と言えば、ウサギのイラストが入ったエプロン姿で紙袋にはいった弁当を手渡してくる。
「新幹線の中ででも食べ易いようにサンドイッチにしといたよ」
「ありがとう。でも、わざわざ作らなくてもコンビニとかでよかったんだが」
「どっちにしろ朝ごはんは作るからねえ。ついでだよ」
「霞さんありがとうございます」
都さんはその様子をみながら、「なにか分かるといいねえ」と真面目な表情で言う。靴を履き終えた俺は二人に向かいなおる。
「じゃあ行ってくる。何か分かったらすぐ知らせるようにする」
「小太郎、忘れ物はない? ハンカチは持った? ティッシュは忘れてない?」
「母親か!」
思わずツッコむ俺に霞は楽しそうに「えへへ、言ってみたかったんだよう」と笑っている。そんなこんなで俺と雪さんは部屋を出て駅へと向かう。
「小太郎さま。刑事さんたちがついてきていますね」
「まだ諦めないのか。ちゃんと犯人をねらってほしいもんだが」
俺たちの旅支度を見た刑事たちのうち何人かが帰って行く。俺たちについてくるために準備をしに戻ったのだろう。俺たちはもう何日も前から旅行の準備をしていたというのに、追跡の準備できていないなんて、彼らの捜査能力に不安を覚えるな。
「待ってあげたほうがいいんでしょうか?」
「放っておけばいいさ」
結局、刑事たちはドタバタしながらも目的地までついてきた。警察としてはともかく、しつこさだけは一流だな。
雪女に会える宿はオープン以来人気が続いていて、空室はまずないのだが俺たちの泊まる期間だけ空いていた。考えるまでもなく霞の能力のおかげだろう。
「よく来てくださいました社長。荷物をお持ちしますね」
「いや、大した量じゃないし自分で運ぶよ。案内を頼む」
今夜から泊まることになる古民家風コテージへと歩く途中、案内してくれていた四十代に見える従業員と話をする。
「ありがとうございます。久世さんがここに宿を作ってくださったお陰で、この集落へ戻って来ることができました」
「俺も稼がせてもらってるからな。お礼を言われるような事じゃないさ」
「いえ、言わせてください。廃校になっていた学校も再開できるかもしれないと言う話も出てるんですよ。そうなればうちの集落だけじゃなく、近隣も含めた地域全体が助かりますから」
俺は曖昧な返事で誤魔化す。自分のやりたいことをやった結果な訳だし、あまり感謝されると居心地が悪い。適当に話を合わせながらうまくやり過ごす。
「それでは後ほど別の者が夕食をお届けします。お時間はどのようにしましょう?」
夕食の時間を伝えると彼は受付へと帰っていった。雪さんと二人、部屋で荷物を解いてやっと一息つくことができた。
「小太郎さま、このあとどうしますか?」
部屋に置いてある急須でお茶を淹れながら雪さんが尋ねてきた。
「古文書を送ってくれたお礼も言いたいし、とりあえず住職の所へいこうと思っているよ。雪さんの方こそ、隠れ里の方はどうする予定なんだ?」
「刑事の方たちに見つからないように、隠れてこっそり行ってこようかと思います」
いつぞやのように二人で頑張れば刑事の目をごまかして、雪女の隠れ里を見ることができるかもしれないが、疑いが晴れて自由になってからでも遅くはないだろう。
「なら住職の所へは俺一人で行くとしよう」
「では、私も一緒に出ますね。誰も居ないのに扉が開いたりしていては不自然ですし」
雪さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、お茶請けのお菓子をいただく。宿では普通だがここでもお土産品を置いてある。特産の菓子があるわけでもないので俺のところで新たに開発した商品だ。薄く伸ばした求肥に各種の餡やジャムを挟んだ板状の菓子なのだが、これがなかなかにうまい。
「これは普通のこしあんだな。シンプルでうまいしお茶によく合う」
「わたしのはいちごのジャムでしたけど、これもお茶によく合って美味しいです」
「へえ、すこし分けてくれないか?」
「いいですよ。あ、お茶もう一杯淹れますね」
しばらくそんな調子でゆっくりとくつろいだ後、俺は住職の所へと向かった。姿を消した雪さんも隠れ里へと出向いていった。
住職は境内を竹ぼうきで掃き掃除をしていたが、俺が来たことに気づくと手を止めて箒をもったまま歩いてきた。
「久世さんお久しぶりですな。どうぞおあがりください。あの遠巻きに見てる連中は何者ですかな?」
ついてきている刑事たちを見咎めた住職が俺に尋ねてくる。
「ああ、なんでも俺を殺人犯だと疑ってる刑事たちだよ」
特に隠す必要もないし、俺はそのまま説明する。それ聞いた住職は声を荒げて怒り始めた。
「なんとけしからん! 久世さんの目を見ればわかるでしょうに」
住職は「少し失礼しますぞ」と言いおいて庫裏へと入ってしまった。それから数分ほどして戻ってきた住職は、さわやかな笑顔を見せる。
「あの不届き者たちには、早ければ今夜にでも仏罰が下るでしょうな」
住職の言葉通りこの夜、なぜか住民たちから泊まる場所も、夕食も提供してもらえなかった刑事たちは、乗ってきた車の中ですごす事になるのだった。




